「僕が泣くのは痛みのためでなく / たった一人で生まれたため / 今まさに その意味を理解したため」
by 小原眞紀子
独
待つときは独り
ながれてゆく時を
肌と目と
鼻の粘膜で実感する
時間には匂いがあると気がつく
たった独りで
そこに立っていると
進むときも独り
手を振りはらって
行かなくてはならない
あるいは手を振って
どちらも同じだ
ただ振りはらった手に
温みがのこるだけで
出逢うときは独り
それが何であるか
見なくてはならないから
その声に似たものを
思い出さなくてはならないから
やがてはすれ違う
ゆっくり顔を見合わせ
笑みを浮かべながら
前を向いたら互いに忘れる
だから今
僕は存在する
独りでなければ
存在しない
君の姿を
眺めるだけ
壁
壁をのぼる
生まれたときには
壁をたよりに
立ち上がり
壁をつたって
おやつまで
ちゃぶ台の向うに
取りにいく
扉を開くと
高い壁
天辺にのぞくバナナの木
足場もなしに
壁をのぼる
五歳になると重くなり
窓枠つかみひと休み
部屋のなかではよその子らが
誕生会のケーキを食べて
台所から母親が
おいでおいでをするのだが
僕は真上のバナナを見上げ
おさるよろしく
壁をのぼる
洗濯物がはためいて
頭にかかって落ちそうになる
ふわふわ飛んでゆくストッキング
それがひどく気にかかり
十八歳までもたつくが
成人すればなおのこと
バナナのほかは目に入らない
遊
灯がともる頃
僕は出かける
世界は色を変えるので
近所でいい
縄跳びや缶蹴りを
最近のガキはしないから
どこもかしこも
昼間から僕のものだが
灯がともれば
美しく装った女が寄り添うように
僕をつつむ
僕は独りで
孤独ではなく
あちこちで声をかけられる
おにいさん
遊びましょ
もういいかい
まだだよ、とこたえて
僕は走り出す
革靴で鉄柵を越え
かつての
秘密基地へ
息を切らして
夜空をあおげば
白く霞んで
星も月もなく
僕は体勢を整えて
出撃する
あの灯めがけて
写真 星隆弘
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