〝よし、その売れていない、秘法を使った旅のプランに、僕たちが最初の顧客になってやろうじゃないか。僕は何でも初めてが好きなんだ。初めてを求めるとき、僕は誰よりもカッコよくなれる・・・〟この旅はわたしたちをどこに連れていってくれるのか。青山YURI子の新しい小説の旅、第二弾!
by 青山YURI子
ルート88
とりあえず空港でレンタカーを借りることにした。まだ今夜の宿泊先も決めていない。けれど僕たちはこの国に対する興奮を抑えることが難しい。それを咳き込むほど塗り込めた、血気盛ん色のオープンカー(お気に入りの赤リップ色、とアンヘラは表現した)を借りた。同時にこの赤にはどこか行き場のない感じがある。不意打ちで僕らを待ち受ける砂漠をイメージする。赤い砂漠はさすがに現れないだろうが。
これでルート66ならぬ88を突っ切ってやるぜ!僕たちはとっても幸福だった。
彼女は車に合わせて、赤いハイヒールを用意してきて、それに履き替えた。僕のアメリカンガールが助手席に乗り込んだ。彼女の扉を閉める音が、鮮やかな鳥の羽音のように、いつもよりずっとシンボルめいて聞こえた。
ルート88をしばらく行くと、いくつか町の看板が現れた。僕たちはコラージュの国にいて、どこに行くのにも自由だった。僕たちには地図も、ガイドブックもなかった。旅行会社の女には手渡されていなかったし、第一、一つ一つ旅の形、どころか国の構造が違うんだから、そんなものの作りようがない。しかしただ一条件、3日目の昼すぎに『空港』に着いていなければならなかった。<1の国>全土にあるどの空港を選んでもいいと聞いている。実際に<1の国>はどれほどの面積なのか、どういう全体像をしていて、どこに砂漠や湖や森林が配分されているのかも定かではない中で、一体僕たちはどこに向かっていけば最終日、無事に空港にたどり着けるのだろう。それを確認してから、これからの旅順を練っていかねばならないと男らしく理路整然と思い立った僕は、一度ヤドカリ女に電話をすることにした。幸い、空港周辺にネット環境はあるようなので、Sonyのノートパソコンでスカイプを開き、僕たちの国へと電話をかけた。…つながった。僕たちが渡されていた電話番号は、コラージュの国旅行カスタマーセンターのものだったが、そこには懐かしいあのヤドカリ女の声はなかった。自動アナウンスが鳴る。「1.ご予約の確認、変更について 2.ご旅行中の紛失、盗難について 3.空港について 4.その他のご質問」『3.空港について』はよくある問い合わせなのだろうか?少しアバウトすぎないか?『移動のご質問』とかでよくないか?と思いながら僕は、Num Lkを解除、3をプッシュし、切り替えを待った。もしかしたら、単に空港内で迷い、コラージュの国へ通じる出入り口を探す人のためのボタンではないだろうか?まあ、いいや。
太くゆるい男の声が電話口に現れる。「はい、こんにちわ」日本を始めアジアでは、「お電話お待たせしました。(会社名)の(名前)です」と対応がされるというが、それは本当だろうか。そんなに丁寧に対処されては、緊張して話せなくなりそうだ。友達に相談するように気軽に尋ねることが出来た方がいい。この担当の男のパーソナリティとその感情は、透明人間のようにどこでもすり抜けて、スピーカーの黒穴から顔をよく覗かせる。彼は、物事を尋ねやすそうな中年男の声をしていた。
「こんにちは」
「はいはい、こんにちは」
「あの、今コラージュの旅プランで一つ目の国に入ったのですが、<2の国>に移動するのに、どこの空港へ向かえばいいのでしょうか。『空港』は、だいたいどの都市に位置しているのでしょう。地図など、ありますか?」
「でも君たちは今、一つ目の国に入ったところでしょう。空港の心配はいらないよ」
「旅の道順を決めるために、知っておきたいんです」
「空港なんてどこにでもあるよ。君たちはまだ若いんでしょう。若者がそんなこと言っていてどうするの。はは」
「しかし…僕は事前に物事を把握しておきたい人間なんです。あなたの迷惑になるというのなら別ですが」はは、シニカルに笑う。
彼は、愉快に受け取る。
「はい、そこまで言うなら大丈夫。少しお待ちくださいね。国ナンバーを頂けますか」
「はい…」用意してあった紙切れ、例のイエローカードを手にし、コラージュの国番号とある太字の横にある、「000034」を読み上げた。
「えっと、5つの0、ううん、ごめん4つの0に、3、4でよろしいでしょうか」
「はい」
「誕生日をお願いします」
「2月1日」
「分かりました。ではですね、アルツール様は今『1の国』の中腹に乗っていらっしゃいます。マドリード空港で降りられたかと思いますが、その空港は、1の国でも中央に位置しています。スペイン本国のマドリード州のように。空港はやはりそちら以外にも各地に点在しておりますので、どれでも近いものをお使いください。(トイレみたいな物言いだ…!)ローカル駅ほどのイメージでいてください。
コラージュの国の中で出くわすどの空港が『アメリカ』の空港であり、『スペイン』の空港であり、『ケニア』の空港であるのかお分かりにならないということでしたが、『アメリカの空港』を探される必要はございませんよ!1度混ぜ合わさった国では、元の3国の区別はないですからね。本当に私どもの商品はよく出来ていまして、どの都市にも付近にいくつか空港がありますので、国の中でお好きな方向へと気ままに進んでいって、最終日、お近くの空港を目指すのが良いと思います。必ず、街で空港の案内が出ていますので。大きな駅や案内所へ行けば確実ですね。足を運んでみてください。それまでは、自由に、気持ちの向く方向へとあらゆる交通手段を使って旅でもしてみたらどうでしょう。コラージュ内であればどこへするすると割り入っていっても、磁石で戻されるようすっと空港へと着けるのが私どもの商品の特徴ですよ」
「もしも、向かった先に国立公園や砂漠、サバンナの平原が広がっていたらどうするのですか?」僕は聞いた。
「ご安心ください。一定の距離ずつに、都市と空港を配置させてあります。延々と砂漠が続くようなことはないでしょう。どこからでも1、2時間で着けるはずです。何しろ3カ国分の空港がこの国には凝縮されていますので」
男は続けた。「それと、私達は専用アプリのご用意もしています。起動した画面に旅券ナンバーを入れていただければ、GPSが起動しお客様の位置と空港はもちろん、周辺の施設をご案内します」「でも、でもね」と男は補足した。「決して、決してですよ。僕はこれをお勧めしません」ヤドカリ女の親類めいた話し方をした。自社の利点を勿体ぶるように。「どんなに自由に動いても最後には簡単に空港へ辿りつくことが出来るように作成しております。コラージュの国を信じてみてください」
謎の電波の波に乗り一人踊りする男の口ぶりから意識が離れるとふと、『どういう結果になってコラージュの国が立ち現れ、ホテルがどの位置に配置されるのかまでは事前に分かりかねる』『宿泊先は現地で支配してください』というヤドカリ女の言葉を思い出した。
アプリを使って予約ができる?
「ホテルのことを聞いてもいいですか」「なんなりとどうぞ!」再び親密さが透ける。
「ホテルのリストを手に入れやすい場所はどこでしょう」
「町の観光案内所を訪ねていただければ、もしくはこれからの旅では空港でも、一般的な旅行と同様に、街のホテルの一覧の載ったリストがあります。もちろんアプリを使ってお近くのホテルを検索されることもできますし。もうあなたたちはコラージュの国に滞在されています。私どもの技術を導入し、2年前からコラージュの国でもネット環境を整備しておりますのでぜひ町名検索を掛けてみてください」
僕はそんなこと思いつかなかったと思いながら、小さな身震いをくしゃみのように一つして、男のトーンを踏襲し「そうですね!確かにそうです」と隣のアンヘラの顔を伺いながら言った。彼女はこちらを見ていない。足を曲げている。足を伸ばす。彼女は鞄の紐のもつれを直し、鞄の口を開ける。何やら取り出し手に触れる。
「ありがとうございました」「どういたしまして。それでは、よい旅を」
電話を切ると、彼女は鞄からリップを取り出して唇に塗り終わった所らしく、親指でニベアの薔薇の香りのリップクリームの筒の側面を回し、先を出したり閉まったりを繰り返していた。確かにこの土地は少し乾燥している。僕の唇にも、Vの形に切れ目が入っていた。この文字の右肩上がりの斜線には、さらに幸運のクロスフィンガーを描くように細い線が下から滑り込んでいる。それを指で抑え、気にするようなそぶりをすると、素晴らしい彼女はそれに気付いてもう一度先をくるくると回して、僕の唇に当てた。バラの香りがして、小さなリップケースから一本の花がするすると伸びてくる様子を今、早送りで確認した気がした。僕は、ありがとうの笑みを返した。
とりあえずカフェに入り、じっくり計画を練ることにする。近くにスターバックスはないだろうか。空港のカフェは高いし、人混みがひどい。(オプションで『人混みなし』を追加すれば良かったと思った。)落ち着いて旅を考えたい。見知らぬ土地でも親しみを感じ、馴染みの駅のように安心感を得られるだろうスターバックスへ向かうのがいいと意見が合致した。僕たちは、空港からルート88に沿い『ナイロビ』に続く道へと乗った。そして緑の上に白光ったマーメイドを探す。と即座に地平線上へ数匹浮かびあがる。さすがに僕たちはスタバの生みの国、アメリカの混ざった国にいるようだった。
空港から離れてすぐに、空気には少しずつ塵や砂埃が混じってきており、乾燥地帯に入りつつあるのが分かった。これがアメリカ大陸南西部の砂漠の入り口にいるからなのか、アフリカの雄大な大地の只中なのか、はたまたカスティリャ王国のオリーブ地帯なのかは分からない。あるいは三層が巧妙に混じり合ったものかもしれない。雲は隙なく、多めの泡を使って掌で形作ったように、両端をきれいに止めた、一つの上向きカーブが浮かんでいる。時間が経つにつれてカーブの中央には切り口が入り、傷口の形に移り、今度は両端へ向かって徐々に割れていき、唇の形になった。それも裂けると、均等な二本の線が平行に上下に並び、ロスコの絵になった。下の線がスピードを上げて、西の空へ消え失せていった。雲の下、遠景には実在のルート66から見えるマウント・ステートホルブルックか、表面の切り立った崖の質感をした、赤味を帯びた黄金が聳える。映像で見たことのあるグランドキャニオンの一部のようにも見えた。振動がそのまま写し刻まれているような、激しく侵食された崖面。いずれにしろもっと近づかねば判別は厳しいが、前方の坂を上った先に見えるだろうそれは城壁のようにも見える。しかしその楽しみは後に取っておいて、「とりあえずスターバックスに入ろう」と車を大きく曲げた。成長期から今までのサイズの違う指紋がベタベタと付いた、実家にあるルート66の写真集。憧れていたそのままの絵で、ガソリンスタンドがあり、モーテルがあり、屋根の低い家々がある。このモーテルは昔から続いているものだろうか、看板は錆ており、ネオンはひび割れている。それでも営業はしているようで、玄関のドアは半分開き、中には受付のカウンターが見える。ソファもあれば、カウンターの後ろには客の荷物がまとめてある。アンヘラによく似たポニーテールの女の子が何やら一人で記帳をしている。
対してスターバックスの、周りのガソリンスタンドやモーテルの看板に合わせ一層大きく誇られる標識の、苔色と銀色(白の部分が銀色で塗られていた)は磨かれ艶を出しており、ネオン管で縁どられたマーメイドの肌も一際白く輝いている。スターバックスは、世界中で電源とWifiの提供を約束するので、心地よく僕らを出迎える。きれいな室内だった。空港からまだ近いこともあって、店内には多くの旅行客がいる。僕たちはレモンフラペチーノとヨーグルトフラペチーノを頼む。夏って感じだ。アメリカンサイズを受け取り、席に着く。
こうして僕たちはホテルを決めた。一つ目はこのままルート88を突っきった先にある『ナイロビ』で、2つ目はこの大都市を通り過ぎ、さらに30キロほど行った次の町、『ナイロビタウン』で予約を取った。この一帯はナイロビ州といって、州内の都市や町のほとんどがナイロビを頭に付けていた。
2日目は『ナイロビ』をゆっくり観光する予定だ。宿を取った『ナイロビタウン』から30キロ付近の位置に、一つ空港を見つけた。『ナイロビカセレス』という都市からの方が、この空港へは近かったけれど、この『ナイロビタウン』は、ちょっと特別な歴史のある町らしい。僕はこれらのホテルの予約を、コラージュの国アプリ内の、『コラージュ!マップ』や『”あなただけの国”プチ観光ガイド』なる機能を参照しながら行ったのだが、ここで分かったのは、この国は先ほど見た重く垂れこめた横長の雲のように細く、長くできており、その中心を串がソーセージを貫くようにルート88が走っていることだ。アンヘラが気づいたことだが、国全体の形は四方八方の微細な輪郭までもがニューヨーク市のルーズベルト島の形をトレースしたように瓜二つだった。「こんなところまでコラージュなのね」彼女が言う。
もし3日目、時間があれば『ナイロビタウン』から更に進むと、西部劇の撮影で有名な町があるらしい。最終日、搭乗時間は午後2時だ。コラージュの国専用航空券にはそうあった。(券の裏に2回分の搭乗スケジュールが表記してある。)
1日目は、ルート88から見える風景を堪能しながらドライブを楽しみ、憧れの廃れたモーテルで泊まる。2日目はナイロビ観光、そして3日目はゆっくり近くの小さな町で朝食でも取りながら『1の国』の残り香を楽しむ。旅のプランが決まった僕たちは、より一層引き締まった気持ちで、爽快だった。お腹が空いたので、隣のガソリンスタンドの売店で、ハンバーグと同じ厚みのオムレツが挟んであるトルティージャバーガー、南米からの移民が多いからかアメリカで流通していると聞いていたリマ産のインカコーラを手に入れた。そしてケニアの動物を意識してか、ゾウ、ライオン、ヌー、ハイエナ、チーター、ガゼル、水鳥、ヒヒ、シマウマの腹にオールドルート88の紋章が描かれたキーホルダーが並んでいたので、ガゼルをおそろいで買い、手を繋いで、赤いスポーツカーに牛のようにまっしぐらに走って行った。ーールート88を走っていれば、これだけの動物が見られるのだろうか?ーー旅に興奮して車へ突進していった。
助手席のグローブボックスにはカーナビゲーションがあった。あまりにも高揚していて、車の付属品を調べ上げることを忘れていたが、今やカーナビも、日除けのカーシェイドも、刷毛の形の先をした平べたい小型箒と塵取りセットも発見した。地図を広域にすると、この一帯は、ルート88を中心として、メロンの皮の筋模様のように、もしくはキリンの体皮の網目のようにルートが錯走している。それぞれを詳細にすると、名称がルート87、86、ルート90、ルート97、ルート188まで見つかる。「もしかして、1000ルートまである?」アンヘラは言う。ずっと憧れていたルート66はどの辺りにあるのだろう?
と、端に見つかる。国の境界線で途切れており、繋がっている道から飛び出して2キロも行けば終焉する、短く、もの悲しい直線だ。それぞれの網目の間の土地には、サッカーボールの黒い六角形の当たる割合で都市が見つかり、建物が密集した地域がある。それ以外の網目を埋める土地は、グレートサンドデューン国立公園、アンボセリ国立公園、ライデ国立公園、デスバレー2などと名前が付いていて、道の右側に砂漠、左側に湿原、右に砂丘で左には泥沼が広がる光景が見られそうだ。僕たちのいる辺りはエストレマドゥーラ大地2、エストレマドゥーラ大地3と名前が付いており、しばらくは今見えるようなオリーブの低木が並ぶ乾燥地帯が続く。しかし一旦『ナイロビ』を過ぎると太平洋、セコイア国立公園、ナクル湖国立公園、と海もあれば湖が覘け、緑豊かなイメージの土地名が徐々に増えていく。海の名前が付いているのは網目状に走る道に囲われたスペースに海が入っているということか?迷いそうではあるが、網目になったルートを、釣り堀の魚を眺めるようにあちこち進み、大地を縫って宿泊先のナイロビにまで辿り着くのも楽しそうである。
All images by collage artist © atthew Cusick
(第05回 了)
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* 『コラージュの国』は毎月15日にアップされます。
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■