ルーマニアは正教の国であり森の国であり、ちょっと神秘を感じさせる物語の国でもある。ドイナ・チェルニカ氏は作家で翻訳家、ジャーナリストだが、小説ではなく〝物語〟作家を自任しておられる。彼女の清新な物語文学を、能楽の研究者であり演劇批評家でもあるラモーナ・ツァラヌさんの本邦初翻訳でお届けします。
by ドイナ・チェルニカ Doina Cernica著
ラモーナ・ツァラヌ Ramona Taranu訳
第1章 少女は王子たちに出会う
むかしむかし、あるところに目の大きい女の子がいました。周りの人に「少女」とよばれていました。部屋におもちゃがたくさんありましたが、彼女は窓の外を見るのが何より好きでした。日がのぼる前の、バラの花びらのような色に染めた空、そして夜になったら、星を見るのがとても好きでした。雨が降っている時も好きでした。しかし彼女を何よりも感動させていたのは虹でした。オーロラや夜明けの明星よりも珍しかったし、いったん消えたら、いつまた現れるか分からないから、虹を愛おしく眺めていました。
ある日、いつもより長く待たされた後、虹がまた現れました。心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、少女は嬉しくて、虹をじっと見つめていました。虹が天の原を片側から向こう側まで照らしているうちに、少女はいつの間にか眠りに落ちました。
どのくらい眠ったでしょう? 一時間か、一日か、数日だったでしょうか? 目が覚めた時、分かっていたのは一つだけ。虹は、その間に去ってしまいした。少女はため息をついて、泣きそうになりましたが、外を見たら突然、赤くて小さい二匹の馬がいたのです。子馬たちのしっぽやたてがみは火のよう、体はガラスみたいで、壊れやすそうに見えました。子馬たちは、周りに目を配りながら、庭の花の間を歩いていました。花びらに残っていた雨の雫を吸い、すばらしくて珍しいものであるかのように、その味を長いこと楽しんでいました。子馬たちの遊びを見るために、少女は窓枠の上にしゃがみこみました。空気は暖かくて、さわやかな香りが漂っていました。窓の外にあるもみの木の枝は、音楽のような音を出していました。その音がますます大きく聞こえ、ますます激しくなりました。誰かに見つめられていると感じた少女がもみの木のほうに目を向けた瞬間、あの二人の姿が目に入ったのです。
下の枝の上に、赤い子馬たちよりも可愛くて小さな姫と王子がおとなしく座っていました。優しい光を放つティアラを被っていた二人は、子馬たちと同じように透明で、彼らの身体の中に、夜空の星やどこか遠くにある森の中の明かりが光っていました。少女と目が合うと、その子供たちはもみの木から離れ、少女が座っていた窓枠の前まで近づいてきました。
「ね、アイレ」と、王子が大声を出して言いました。「アイレ、見て! 僕らに似ているけど、あの方と同じだよ!」
「ほんとだ」姫がうなずきました。「お身体の向こうも、その中も見えない。目だけが、さまざまなお話を宿しているようね。」
姫はため息をつきながら少女にたずねました。
「あの方、ここに来ていない?」
「誰のこと?」
「銀狐。」
「いいえ」と、少女がちょっとくやしそうに答えました。
二人はそれを聞いて、あまりにも悲しそうな様子になったので、少女は二人を励まそうとしました。
「家に入らない? 少しでも、濡れたお洋服が乾くまで。暖かいお茶があるよ。お二人は、遠くから来て、遠くへ行くのよね。焼きりんごもあるよ。どう?」
「お茶? 焼きりんご? イル、どう思う?」
「お茶、焼きりんご…ね、アイレ。あの方も言ってたでしょ。ここは、何もかもが違うって。」
それから、少女に向かって、王子は笑顔で言いました。
「まあ、これからの道は本当に長くなりそうだし、次の雨までは時間がまだあるし。」
「次の雨までだけだよ」と、アイレが強調しました。「まあ、でも…」
二人は窓の向こうの赤い子馬たちに見守られながら、窓枠をひょいと飛び越えて、少女の隣のカーペットの上におとなしく座りました。少女はお茶と焼きりんごを持ってきました。しかしイルとアイレは、飲もうとも食べようともしませんでした。お茶の香りとりんごの美味しい匂いだけを、ただただ吸い込んでいました。彼らがまた旅に出るための元気をつけるには、それだけで十分なのだと、少女は分かりました。
「で、教えてくれない?」彼らを優しく見つめながら少女は言いました。「あなたたちはどこから来たの? そして銀狐ってだれなの?」
「僕ら、虹の向こう側の世界から来たの。」
「へえ。その世界の生き物はみんな、あなたたちや子馬たちみたいに透明なの? 香りと露だけ食べてるの?」
「みんなそうだよ。銀狐以外。あの方は、あなたみたいにね、ここに生まれたの。」
「あ、そうだったの? じゃあ、あの方はどうして虹をこえてきたの? 何のために戻ってきたの? そしてあなたたちはどうしてあの方を探してるの?」
「僕らは、あの方が必要なの。また一緒にいたい。虹の向こうに行くために、この世界を後にしたとき、あの方は代わりに大切なものを残していくよう求められたの。」
「それはどうして?」
「これで銀狐は天に生きるようになったからなの。死ぬことは、ここで、地球の世界でしかできないことなのよ。」
アイレはイルの肩に顔をよせました。目に涙があふれていました。
「私たちは幸せだったわ。本当に幸せ…」
「じゃあ、どうして帰ってきたの?」少女は遠慮しながら尋ねてみました。「とても年老いちゃったの? それでもうすぐ…」
「いいえ、いいえ、まだ若いのよ!」
「とても美しいよ」と、イルが付け加えました。「でも、心臓が危険な状態にあるって感じたみたい。僕らも危険だと…」
「心臓?」
「代わりにこの世界に残してきた彼女の大切なもの」と、アイレがため息をつきながら説明してくれました。
「それに、あの方には、二つの虹の間の時間しか残されていない。一つはもう去ってしまったから、次の虹が出るまでに何とかしないと、死んじゃうんだよ。まだ若いのに、そして僕らがまだこんなに小さいのに。」
「銀狐の心臓は、森の奥にある水晶の塔に中に残っているの。彼女の親友、ヴズに見守られているみたい。」
「ヴズ?」
「灰色の毛をした狼だよ。」
「それで、あなたたちは?」
「雨と太陽がすでに次の虹を織りはじめているのを見て、銀狐がなかなか戻ってこないから、怖くなったの。だから、こっちへ来ちゃった。彼女は大変だから、何とかして力になりたいと思って…」
「会いたい…」アイレが小さな声で、震えながら言いました。
「お二人にとって、銀狐はなんなの?」
「僕らは、あの方をこの名前で呼んでるけど、地球の世界では、彼女のような者は、とても優しい言葉で呼ばれているみたい。そう教えてくれたんだよね、アイレ?」
露のような目をしている姫は、夢の中に沈んでいるようにささやきました。
「お母さん」
あまりの驚きで、少女はしばらく声が出せませんでした。それから言いました。
「私の世界には、昼と夜があって、全てを明らかにする目と、全てを隠す目をした生き物がいるのよ。深いふちに行く路もあって、光へ導く道もあるの。私は、あの方のことを何も知らないけど、あなたたちを見捨てることはできないわ」と、少女が決意して言いました。「あの方と私にも、何かしらの縁があるかもしれないし。銀狐を、一緒に探そう!」
「え、ほんとう?」
「うん」と、少女がまじめな顔でうなずきました。
そのあと三人は、外にいた赤い子馬たちが草の中で淡い火花を散らして楽しく遊んでいるのを見て、笑いだしたのでした。
絵 アンナ・コンスタンティネスク
縦書きでもお読みいただけます。左のボタンをクリックしてファイルを表示させてください。
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■