「僕が泣くのは痛みのためでなく / たった一人で生まれたため / 今まさに その意味を理解したため」
by 小原眞紀子
雲
あの向うの町には
なほみちゃんが住んでる
引っ越していった日みたいに
飴玉をおはじきにして
脇道を入ると
シゲやんの弟が立ってる
もう見なくなった
井戸端に犬といっしょに
通りはどこまでも続き
病院の前で二つにわかれ
大きくカーブする
白く降り積もるのは
記憶の残骸だが
死んだ爺ちゃんが掃きよせて
ぴかぴかの勲章をこしらえている
受けとったら霧散して
またいつか出逢う
繰り返し夢にみる
広い交差点で
左に折れる
友を探して
建物の窓を指差す
ひとつずつ
そこから先は忘れてしまう
あの向うの町の
通りの名も
住んでる人たちも
木の葉越しにみえる
空に浮かばない隣りの集落のごとくに
光
君の目は瞬き
僕に知らせる
隣りにいるのはただの馬鹿だと
君は目を伏せ
僕に知らせる
出されたものに手を触れるなと
君は目を見開き
僕に知らせる
そう
ひとりで行け
どの道であれ
光ある方へ
それは微かな
波として打ちよせる
覆されながらつらなる
ビーズのように
ひと粒ずつたどれば
闇を抜ける
そして降りそそぐ
蒼空から切りとった青
石榴から零れおちた赤
僕は黙って
そこに立っている
あらゆる時が僕をとりまき
ひとめぐりして去る
その方へ踏み出そうと
君の瞳を覗き
見つめるままに吸いこまれ
僕は闇に放られる
傘
天から降るものはみな甘い
それは前から知ってる
傘をさしていても
地にあるものはことごとく濡れる
すてきな長靴をはいて
傘をさしていても
空は灰色
透けてみえるのは
おとなたちの温かな憂鬱
こどもたちの密やかな興奮
縦横に織りなす
世界は色とりどりに
あたしたちが走りまわる
傘を忘れて
家にかえる
甘いおやつがあるし
明日は土曜日
灰色の空は
どうぶつ園に似合う
どのこも静かに
どうぶつをみている
じぶんをみている
天から降ってきた
生きているものたち
甘やかな肌で
呼吸するものたち
おとなたちは空を見上げ
傘をさしかける
少し疲れた顔で
写真 星隆弘
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* 連作詩篇『ここから月まで』は毎月05日に更新されます。
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