田山了一さんのTVドラマ批評『No.096 デスノート』をアップしましたぁ。日本テレビさんで日曜日22時30分から放送されていたドラマです。原作・大場つぐみ、画・小畑健さんの大ヒットマンガです。藤原竜也さん主演で実写映画化され、そのスピンオフ作品、『L change the WorLd』も大ヒットして、主演の松山ケンイチさんの人気が一気に高まったのはまだ記憶に新しいです。
田山さんは、『デスノートとは権力の喩ではないか、とも思う。この現世にあって、権力は超常的に映る唯一のものだろう。・・・主人公は自身の定義した正義の概念に則って、結局はやりたいようにやる。その代償は、現世にある既成の国家権力、すなわち警察との攻防だ。・・・ノートに名前を書く、といった行為に殺意を証明できるのか。警察はそれをしなくてはならない。・・・主人公が警察内部者の息子であることが、関係性をより緊密にしている。互いに正義の権力たらんとする犯人「キラ」と警察とは、もちろん似た者同士なのだ』と批評しておられます。
文学者で法や権力を重要な主題にした作家にフランツ・カフカがいます。カフカの作品を読めば、法と権力の本質が見えてくるところがある。しかし彼は現実政治と深く関わろうとはしませんでした。それは明治政府の中枢にいた(高級官僚だった)森鴎外も同じですね。鴎外晩年には社会主義運動が盛り上がります。あまり知られていませんが、鴎外は社会主義を直接的に扱った短編を何作か書いています。内容から言えば、十分社会主義運動の本質を鴎外は捉えています。ただ彼もまた文学者らしい道を選択しました。歴史小説を書き始めたのです。鴎外の歴史小説の主人公もまた、法と権力だと言えるやうなところがあります。
■ 田山了一 TVドラマ批評 『No.096 デスノート』 ■