偏った態度なのか、はたまた単なる変態か(笑)。男と女の性別も、恋愛も、セックスも、人間が排出するアノ匂いと音と光景で語られ、ひしめき合い、混じり合うアレに人間の存在は分解され、混沌の中からパズルのように何かが生み出されるまったく新しいタイプの物語。
論理学者にして気鋭の小説家、三浦俊彦による待望の新連載小説!。
by 三浦俊彦
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■そういう段取りである。
カメラに向ってタナカ君が左側に、僕が右側にあぐらをかいて座った。その前の食卓にキミコさんが乗っかる。キミコさんもさっきの咀嚼女子たちと同じく浴衣姿。キミコさんはカメラにお尻を向けるのでしゃがんだとき僕+タナカ君に前を見せることになる。なにせ(だっふんだ~)に濁点を付けようというのだから前を見せるくらいどうってことないと思ったなら女心解さぬ野暮、キミコさんは浴衣まくりあげるときタナカくんの目からクサムラを隠そうとしたので、多少体を捩じってしゃがみ僕正面向きでそのまま静止する格好になってしまった。カメラ的意向としては正面でまっすぐしゃがんでもらって肛門バックリをバッチリ撮りたいだったのだが、キミコさんは本能的に恋人候補の目から我が恥部を隠そうとしてしまっているようだ、意識か無意識か羞じらいポーズの命ずるまま。まあいいか。僕目線からはキミコハマグリの湿った裂け目がバッチリ露出でなんだかもったいないのだけれど。
キミコさんが顔紅潮モードで踏ん張りはじめる。
横でゴク、とタナカ君が唾を飲み込むのが聞こえる。
試練なのだ。
今日こそはごまかしはきかない。
こないだみたいに、すぐにトイレにダッシュで吐いてしまうなんてことはできない。
最後まで一口のこらずカレーライスを食べて、僕とふたりでウンコカレーの味をゆっくり語りあって、最後にキミコさんのオシッコジュースで乾杯するというところまでカットなしでやらなければならないのだ。キミコさんへの愛を証明しなければならないのだ。演劇学科の同級生としての愛の誇りをキミコさんに示さねばならないのだ。
そう。キミコさんの踏ん張りとともに灰色のオリモノが滲み垂れはじめるのを見ながら僕は思い出していた。おととい、今日のパフォーマンスへの壮行会ということでみんなで新宿で飲んだとき、キミコさんから少し離れた席でタナカ君は僕にいろいろ聞いてきたのであったっけ。
「先生は今まで何回ぐらいあれいけたんですか」
「いや、まだ十回はいけてないなあ。そう続けて食べさせてくれるプライベートはいないし、はじめていけたのは三十過ぎてからだからね」
「するとそれまでは……」
「恥ずかしながらかわいいもんでね。性感エステ専門でさ。ときどきお尻の粘膜にイタズラする程度の。今じゃ時々いけてるけど、やっぱりいける瞬間は必ずオエ、とくるのは避けられないねえ」
「そ、そうなんですよ。ボクもね、こないだ、やってみるまでは、絶対できる、と思ってたんですよ。いや、別に、スカトロ雑誌のあれいけてる写真なんか見ても自分でやりたいなんて思ったことなかったけど、キミコさんのウンコだってゆうでしょう、ならオレがやらなきゃ、他の奴にやらせてたまるか、他の奴にいかれちゃ立つ瀬がない、って気になって、それで立候補したんですけど……」
「実際やってみたら……、きびしかったかな」
「オナラなんかすると、自分の、必ず嗅ぐじゃないですか。フトンの中ですりゃちょっと捲りあげて嗅ぎたくなるし、フロんなかですりゃ泡の上に鼻もってってかならず嗅ぐようにしてますよ。結構いいにおいだったりするじゃないですか。ウンコだって体調いいときゃ自分でいいニオイだとか思ったりしますよ。だから好きな女の子のがイヤであるはずはない、って思ったんですけどね、どうも甘かったです」
「そうね、ガチンコはきっついよね。僕もビデオで妄想膨らませてた頃はウマそうだなあ、実際いけたらどんなに素晴らしいだろうって、妄想の色艶にあれこれシェイドつけては満足していたものだけど、実際にスカトロプレイメイトが見つかって、彼女のをいかせてもらったとき、うわ、やっべ、こりゃちょっと違うぞ、と思ったんだよ」
「そうなんすよね。僕、ガチンコってあの匂いの通りの味がすると思ってたんすよ。塩味かなんかで、ハンバーグみたいなね」
「そしたらイメージ違ったろ。なんか苦くて、湿ったお茶殻のカスの塊を噛んでるみたいだったろ」
「ていうか、味のない粘土みたいで、でニガイわけですよね。味のないニガミですよ、あれは。本能的にこりゃ毒だ、って感じがしましたね」
「ガチンコには発癌物質がいっぱい含まれてるっていうしね。近くで嗅ぐと腐敗臭がキツイしね。遠くで嗅ぐときとちょっと違うニオイなんだよね。肛門に口つけていければニオイは気にならないもんだけど」
「しかし先生、先生は別に恋愛感情があるわけじゃない女のをそうやって、何度もいけべてるんでしょう。よくそういう勇気がありますね」
「いままで五人のをいけたけどね、恋愛関係的な女も中にはいたけど、大半はそうじゃないね。そうね。僕はとにかく、内臓的な結びつきが感じられる愛ってのを求めてるって感じを自分への建前にしてるんだろうね」
「僕なんか、まだコクってませんけど恋愛感情まんまんでもんもんの人生唯一の女性キミコさんのですらまともにいけなかったんですよ。あのときいけるかなっていきはじめて、キミコさんのガチンコがおいしくない、ってことにモロ気がついて愕然としたわけですが、うまいまずいはともかく、ちゃんとキミコさんの内臓を自分の内臓に包み込むことができなかった、ってことがもっとショックでしたよ」
「俳優志望としての意地もあるしね。何でもできなきゃいかんと」
「それもありますけど、やっぱキミコさんに自分の愛を証明してやれなかったのが何よりも残念です」
「ベタな証明だよね」
「ベタな証明すらできないんじゃもっと高度な証明は無理だよなって」
「そうだね。あの犬食いスタイルは最底辺の証明だものなあ。だけどあさってのパフォーマンスはさ、それなりに日常的な料理バージョンだから。こないだの犬食いスタイルよりはスムーズにいけると思うよ(※補注a)。あさってのはキミコさんが出したらすぐ鍋に受けて、カレーと混ぜて食べる方式だからさ、カレーのスパイスに中和されて、ニガミもニオイも無いだろうし食べやすくなってるよ」
「そうでしょうか……」
「少なくとも色は溶け合ってしまうから精神的には楽だよ。頑張ろうな」
「あさっては、先生と僕がいっしょに並んで食べるんですよね……」
「そうだ」
そう。タナカ君の一番の心配はこれなのだ。僕が平然と、あるいは美味しそうに、キミコウンコへの愛をあらわに情感豊かに食べ切って、自分の方が顔をしかめてしまったり、オエッと来てしまったり、そんなことだったらどうしよう、と心配しているのだ。そりゃあ僕の方が食糞キャリアは長いし、試練に対して割り切る勇気にも年齢差が出るだろう。キミコさんへの愛は百対零でタナカ君が勝っているとはいえ、だからこそ逆に、キミコさんを全然愛してなんぞいない、まだ二回しか会ったことのないチンケな大学教師なんかにもし負けたりしたら、愛する男としてタナカ君は存在する資格もないことになるのではないか。キミコウンコを捨てられたら、キミコさんの本体は今度こそタナカ君に愛想を尽かしてしまうのではないか。
「先生、僕、これが最後のチャンスだと思ってます」
とんでもなく平凡なセリフだな。いい緊張の表れだ。そうだ。頑張れよタナカ君。食えよ、歯を食いしばって食べ尽くせよ、キミコさんのお尻のことを考えて、あのきれいなお尻のことだけを考えて食べればいいんだ。ウンコを食べてると思うな、キミコさんのお尻を食べるんだとおもえ。頑張れよ。絶対がんばれよ。
と見る間に、
プッスウーーッ、
と長い長いたぶん十秒にもおよぶ特大オナラが掠れ出て、
そのオナラ一発だけでカレー臭のすべてが掻き消されるほどの大便臭が部屋に充満した。
キミコさんの下腹と太腿がわなわな小刻みに震えて、
細めの長いウンコがニューッとぶら下がるのがくさむら越しに見えた。
ウンコはしばらくぶら下がったまま揺れて、やがて向う側の鍋の中に落ちたようだ。キミコさんは堅く目をつぶっている。タナカ君に気持ちよく食べてもらえる美味しいウンコであってくれますように、と祈っているかのようだ。
キミコさんはカーリーヘアを掻き上げて、食卓を降りた。目は心配そうにタナカ君に注がれている。タナカ君はヤヨイが鍋を火にかけるのを落ち着かなげに見守っている。
「あ、あのう、ヤヨイさん……」
タナカ君が小声で囁きかけた。いまカメラはウンコカレーがぐつぐつ煮えはじめているのを映している。ウンコが確かに女の肛門から鍋の中へそして二人の男の口の中へとつながっていることを連続して切れ目なしに迫真的な撮影を実現しなければならない。「ヤ、ヤヨイさあん、それ、いくらなんでもカレーが少なすぎるんじゃ……」タナカ君が囁いている。鍋の中には一人分のボンカレーとキミコウンコが等量入っている。合わせて二人分という勘定なのだが。……まずいな。早くもタナカ君は怖じ気づいているな。でもヤヨイは黙ってやさしくもう一袋カレーを鍋の中に追加してやった。
カレーがぐつぐつ熱せられるにつれ、モノスサマジイ臭気が部屋中に立ち込めはじめた。う。なかなかだ。これは僕も予期していなかった。高温によってウンコの成分が活性化して、ニオイが四倍か五倍くらいに暴れ回りはじめたのだ。カメラの連中があわてて後ろの窓を開けたりしている。
カレーがご飯に注がれた。ひとつが僕の前に、もう一つがタナカ君の前に置かれた。僕はタナカ君の息遣いを気にしながらも、食べても大丈夫なんだということを示してやるために、さっそくスプーンをとって食べはじめた。こういうのは無理に演技せず、淡々と食べるのがよい。
「む」
僕は一口食べて不覚にもうめく。だけどタナカ君がまだスプーンでちょんちょんとウンコカレーを突っついているだけでフンギリがつかないようなので味の感想を述べるのはまだ控えることにした。
でかい焦茶のシオカラみたいなウンコが崩れて混ざった二色カレーをいつまでもツンツンつつきながら、片手で額と目を押えながら
「く……これは……これはなあ……」
タナカ君は溜め息まじりに呟いていたかと思うと、
「せんせーえ」
真っ青になっている。
「だめです。ボク、だめですわ……」
タナカ君はだめです、ボクだめですと十回も泣き声で呟きながら、足を伸ばして尻であとずさって、食卓から離れカメラの視界の外へ消えてしまった。
ああ。ついにタナカ君はカレーを一口も食べることなく脱落してしまった。恋のオーラは無残にもウンコの蒸気に蹴散されてしまったのか。僕はキミコさんの様子も、タナカ君の様子もなんだか見るに忍びなくて、まだ部屋の中にいる二人からことさらに目をそらして、ひたすらウンコカレーを食べることに専念した。苦かった。カレーの味が全くしなかった。まったくのウンコ味だった。カレー色表面からもうもうと立ち上る湯気が二人の愛の虚しく蒸発してゆく末路の具象化に見えて泣けてきた。などと感慨に浸る余裕は実はなかった。意外にもカレーのスパイスが中和剤として働くこともなかった。むしろウンコのニガミを強調する役に立っていた。僕はカメラにむかって味を精一杯克明に説明しながら、食べ終えた(※補注b)。隣りで手つかずのまま放置されているタナカ君の分のカレーライスもついでに食ってしまえば映像として完成したのだろうが、自分の分を食べ切るのが僕も精一杯だった。
ちなみに僕は痩せ型で、タナカ君はプロレスラーみたいに太って口髭を蓄えたマッチョタイプである。その豪傑タナカ君が降伏してカメラから逃げてしまったというのは、当て外れではあったが結果として変なオモシロ効果を映像にもたらすことになったかもしれない(※補注c)。
その日はキミコさんはすぐにひとりで帰ってしまって、フォローのしようもなかった。カンタロウによると、階下でタナカ君はひとりでどこかの野良ネコの背中を撫でながら泣いていたという。僕は二人の女性のウンコが食べられて大満足の一日だったけれども。
その後キミコさんとタナカ君は僕たちの撮影会には来なくなったのでどうなったか知らない。どうなったのだろうか。大学の同じクラスで顔を合わせ続けるのだろうから妙に気まずいことになりはしなかっただろうか。多少責任を感じてしまうのだが。ただその後風の便りに聞いたところでは、遠くだったから確かじゃないが東急ハンズでふたりがいっしょに買い物しているのを見た、って奴がいるらしいから。まあいろいろつまずいた挙句ハッピーエンドだったんだ。
と思っていたらそれは見間違いで二人とも別人だったとか後から聞こえてきて。
そうか、でも一方だけが別人だったという見間違いに比べればまだ望みありだな、とそういう消極的ハッピーエンドで満足することにしよう。撮影スタッフ一同そう納得したのだったが。
さあ次のパフォーマンスは一転、古都の舞妓さんたちのほっかほかに挑めの巻だぞ。
※補注a かくも上から目線なセリフの代わりに印南哲治の良心が発するべきだったセリフはもちろん、たとえば次のようなものである。「こないだ君がやったのは、キミコさんがお皿に出して、全部出つくすまでそのまま置いといて、で君が食べたわけだろう。あれ、はっきり言ってキツかったと思うよ。ウンコが十分間近く空気にさらされていたんじゃないかなあ、その間に細菌が繁殖してニオイも強くなってたと思うし。はっきり言って僕より君の課題の方がずっと厳しかったんだ。落ち込むことはない。僕にもあんな死物食いは到底できないよ。いったん飲み込みおおせただけでも君の方がハイレベルだよ」。良心の欠如というより認識能力の不足ゆえの当該状況というべき印南的悲惨を考慮に入れても、おろち史上の良心系痛恨事の五指に入る微妙因業と言えよう。
※補注b 湯気と臭気に包まれた中での完食は、タナカ君の目にはまたしても英雄的行為に映じたに違いない。もちろんこれも過大評価であり、湯気と臭気の激しさそのものが、腸内雑菌に対する殺菌効果を直接示しており、衛生的安全性をしっかり確保した中での表面だけ派手な欺瞞的印南伝説の底上げが結実したパフォーマンスその2にすぎなかったのである。
※補注c パフォーマンス2回分の映像は、印南哲治の関知しないところで流出し、プレスDVD『排泄日記』⑤⑥⑦⑧のタイトルで市場に流通し、後に『排泄遊戯Ⅱ』(DTMG-10)の一枚にまとめられた(レーベル名「地下マニアグループ」、¥6300)。このビデオ中、ネットで最も好評を博したシーンは、タナカ君が顔面蒼白でカレーご飯から後ずさってゆく場面だったことは言うまでもない。本物愛の背景にリアルに支えられたシーンが概して多くの支持を得るというのは、アダルトビデオ業界では密かに検証され知られた科学的事実である。
(第58回 了)
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■ 三浦俊彦さんの本 ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■