偏った態度なのか、はたまた単なる変態か(笑)。男と女の性別も、恋愛も、セックスも、人間が排出するアノ匂いと音と光景で語られ、ひしめき合い、混じり合うアレに人間の存在は分解され、混沌の中からパズルのように何かが生み出されるまったく新しいタイプの物語。
論理学者にして気鋭の小説家、三浦俊彦による待望の新連載小説!。
by 三浦俊彦
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■ はじめからこの企画に参加させる目的で僕らがC先生に女子学生の調達を頼み、C先生すべて承知の上で推薦してくれたとはイシグロちゃん、夢にも知らないだろうなあ。といういきさつでイシグロだけはロハでウンコ、僕の供出した二十万の浮いた五万は編集費などに回せることになったのだ。
イシグロのパフォーマンスは、黒い水着パンツを穿いたイシグロが二つの台をまたいでしゃがみ、僕が下に仰向けになっておもむろにハサミをかまえ、水着を肛門中心にジョキジョキ丸く切り取ってゆく。そして露出した肛門からイシグロが排泄して僕が食べる、そんな手筈だった。
で、僕はイシグロのパンツを切り抜いた。布越しに肛門くぼみの空洞をジョキッと挟むときふと流血光景が予感されたかされなかったか、アッサリ穴はあいて、……
「ふんむ」
イシグロはふんばった。
ウウッ、うんっ、ウウウアッ、とまぁ拷問でもされているような唸りようだった。真下からイシグロの表情が見えたが、彼女は真下を向いて目を固くつぶって歯を食いしばって、まるで漫画の典型的頑張り表情で紅潮膨張していた。ぶるぶるとお尻と太腿が力み震えた。うんっ、あんっというウメキは先ほどの十八歳ふたりとは違って、金が絡んだ乾いた割切りに晒されてないぶんナマの湿った羞恥がさらけ出ている。
プス、
とかすかな放屁が一度あったきりで、肛門がむなしく開いたり閉じたりするだけ。イシグロの苦悶の表情が千変万化するうちに十五分が経過してしまった。ビデオカメラは8ミリテープを使っているので編集の手間も考えるとそう無駄にはできない。チーフのナカイが休憩を宣言して、イシグロはぐったりした様子でステージから降りて女性スタッフらといっしょにトイレに行った。
あーあ、最後のこれは空振りかなあ。
僕たちが話し合っているとき、レイコが戻ってきて、イシグロさんが吐くのよぉ、と報告した。どうも気分が悪くなったらしい。きょう何をするかは始めから心得ていたはずだが、前の撮影をやっているとき控え室で待ってもらっているあいだ、
アブランド
ああ、なつかしの……
キューブの前身、アブランド
ビデオインターナショナルと双璧をなしたキューブの前身
ああ
あのアブランドのプライベートスカトロビデオを流しておいたのが裏目に出たらしい。イシグロには馴れておいてもらおうと思って流したのだが、ついていた女性スタッフによると、イシグロは次から次からかわりばんこに出てくる極太大便と下痢便の映像を見ながらだんだん青ざめてきてしきりにトイレに立っていたという。そう。いよいよ出番となる前にすでに腰が引けてしまっていたのだった……。しかしやがて戻ってきたイシグロは、「ウンコ出ないんなら、嘔吐でもいいよ。出るものなら何でもおれ、食べちゃうから」という僕の申し出にもかかわらず、いえ、がんばってみます、とまたしゃがみはじめるのだった。このままでは二ヵ月後の大学院入試に落ちてしまうのだといわんばかりの意気込みである。しかし下で口をあけて待つ僕の顔にさっきよりずっとずっと気合入りのお尻近づけてウンウンウンウンウンウンウンウン息張るイシグロの努力もむなしく、オナラ一つ出ないまま……
十二分が経過した。イシグロは涙を流しよだれを垂らしながらうなり続けていた。(下からアングルフェチになってしまいそうだな……)ウンコ出る出ないに今後の芸術家生命がかかっているのだとでも一段抽象化された必死ぶりで、ついに灰色のヌルヌルしたおりものが垂れてきた。仕方がないのでこれを食べてもいいのだがやはりウンコに賭けたい。蠅取りリボンのようにブラブラひとしきり揺れて落ちたオリモノはやり過ごして、待ち続ける。オリモノだけが次から次に伸び降りてきて、派手に揺れて、時には灰色のと肌色のと二本粘液が並んで降りてきてペタペタくっついたり離れたり絡み合ったり巻きつきかけたりしながらポットンと落ちたり。オリモノだけで僕の頭上の床にこんもりとトコロテンみたいな山ができた。パフォーマーとしてはこれにガブッとむしゃぶりつくというのが即興実演の次善の策だったのだろうが、カメラの陰だしあいにく僕は血に次いでオリモノは嫌いだ。女の前半身関連廃棄物というのが僕はきらいなのだ。とにかく後下半身に、ウンウン涙だらけの真っ赤な顔をゆがめて頑張っているイシグロの恍惚の意志力に敬意を評する意味もあって、僕は黙ってウンコを待ち続けた。
でも駄目だった。
オナラ一発、オシッコ一滴漏れ出ないばかりか、肛門はピクリと開こうとも締まろうともしなかった。
尻丘の両先端ばかりが無駄に充血し鳥肌に黒ずんでいた。
スタッフ一同がしーんと見守る中、イシグロのせつない唸り声、唸り声、唸り声だけが高らかにスタジオに響いていた。もうすっかり夜。いかなるセックスの喘ぎ、いかなる出産のうめきもこれほど(エロチック?)な響きを孕むことはないだろう。イシグロはのっぴきならない自分の将来を賭けて体内から芸術品を生み出せるかどうかの瀬戸際なのだ。しかし自然のリズムは冷酷だ。
チーフからついにカットのサインが出た。
イシグロは泣いていた。
美の出産に失敗したのだ。
ズタズタだった。イシグロは裸体にバスタオルをかぶせてもらってレイコやユカに抱えられるようにして再びトイレに消えた。ゴールして全力を使い切ったマラソン選手みたいだ。どのゴールにも到達できなかった選手だ。
イシグロは号泣しながら帰っていった。ショートケーキを持たせてやった。
撮影会は終わった。編集を経てビデオ作品が二本出来上がった。女の子たちの吐息が全画面を膨脹させていた。
二ヵ月後、結局イシグロはこれほど頑張った現場現地の大学院を受験しなかった。小企業の事務に就職したらしい。
次はC先生も食通役で参加してくれるはずだ。かちあってはまずいからこのイシグロという小娘を呼ぶことは今後二度とないだろう。
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人間肥溜までの道のりは遠い。
石黒美香は、この約七年後、死の瞬間において再び姿を一瞬現わす以外は、二度とおろち事件簿の主流には登場してこない。記録が仄めかすとおりの壊滅的打撃を実際蒙ったものと推測される。
端的に言えば、芸術家のキャリアにとって学歴ましてや大学院などというトッピング因子が重要だと思い込んでいる時点で、というかキャリアそのものを重視している時点でおろち史本流支流傍流底流のすべてから脱落の命運にあったといえよう。
なお、石黒美香の恩師・C先生という人物は、後に別名でこれも一瞬だけ言及されることとなるが、おろち史上彼の貢献がどの程度浸透度認められるかは今後予断を許さないアクチュアルなテーマである。印南哲治、蔦崎公一のごとく明白な定評を得たおろちパーソンの群像に混じって、C先生のような評価未定の、学術的蜃気楼をまとったキャラが点在しちらちら存在感を点滅させていることこそ、健康な人間の典型的おろちの物質組織――練成基盤中の未消化物質の混在――をあまりに見事に写像して、写像しすぎて、まさしく全人類文明におけるおろち文化の無限のウイルス的浸潤性を予示するものであろう。
■ 食べられずに泣く者もいれば、食べさせられずに泣く者もいる。
食べられてもはや泣けない者もいれば、食べられてが受身か可能かわからないと泣いてら抜き公認を懇請する者もいる。
(第56回 了)
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■ 予測できない天災に備えておきませうね ■