偏った態度なのか、はたまた単なる変態か(笑)。男と女の性別も、恋愛も、セックスも、人間が排出するアノ匂いと音と光景で語られ、ひしめき合い、混じり合うアレに人間の存在は分解され、混沌の中からパズルのように何かが生み出されるまったく新しいタイプの物語。
論理学者にして気鋭の小説家、三浦俊彦による待望の新連載小説!。
by 三浦俊彦
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■ 岩石っぽい。
ぶつぶつと繊維が飛び出した……見るからに硬い……極太系だ。ああ、表面の割れ目模様に血がすっと染みて、ビビっているとニュ、と伸びて、いきなり傾いて落ちた。おっと予想外。この太さのまま長く伸びてきてくれると思っていたのが、こりゃいわゆるコロコロ属だったのだ、下から見ているとわからない。急激な落下に我が口の待ち受けが外れ、ウンコは僕の唇でバウンドして床に
ゴツン
わざとのような音を立てて落下した、失敗だ。ちらと左側のミヤカワ尻を見る。活発ひくひく肛門ではあるが全然出る気配ではない。ぷす、とかすかな音とともにエハラの肛門からすぐ次の茶色が覗く。
また硬そう。
これまた直径だけは太い。再度すぐ切れて落ちるのだろうか。と構えているうちにポタポタ、と血が二三滴僕の頬に垂れて、
うあ、
再度ビビッてる間にウンコは不連続落下してまたも僕の顎かすめつつ床へ。
ゴツン
重量感たっぷり、相当の硬さだぞこれは。エハラ肛門を見ると、縁半周に血が滲んで、門は全開のまま、中に黄土色がみっちり詰まっているのが見える。まだまだ出そうだな。しかしこの便秘ぶりから推すに、こう一呼吸置いてしまうと次まで時間がかかりそうだ。ちょっと度胸を据え直すか。転がった塊の臭いがわきからホンノリ漂って食欲をそそるが一度落ちた黄金は死物だから拾い食いの気は起こらない。
二人のうちこのエハラはかなりの美形で、左のミヤカワは相当の不細工である。まあそれは客観的評価に投影してみた話で、僕の好みとしては同じくらいか。で血の出ていないミヤカワのがそろそろ欲しいな……と思っていたら、エハラが懸命に息張りながらうつむいて僕の様子を伺おうとしているのがわかる。
心配そうな気配だ。
台の上にしゃがんでいるから女子の目からは床仰向けの僕がウンコをどう処理しているかは見えないわけだが、さっきのゴツン二連発で、自分のウンコが僕の口にすんなり入らなかった、もしや拒絶されたのでは、的感じようらしい。
初対面でも辛いのかな。
いや、即席のシンパシーとか恋情みたいなものを想定しているわけではない。
エハラ尻が真剣さにうち震えている。そうなのだ。この同時脱糞コーナーは、ひとりあたり五万計十万の報酬を、お手柄によって分割する、と言い渡してあるのだ。つまり量と色と味を総合的に評価して、「優れている方に九万、劣っている方には一万しか払わないからね」と言い渡してあるのだ。もともと学内ビラではグラムあたりなんぼの絶対評価で募集したこの「出し役」だったが、より迫力を持たせるため、報酬総計をアップすることで二人の承諾を得、相対評価の争奪制にしたのである。
こんだけ踏ん張って一万じゃ辛いよな。な。な。
だからエハラ&ミヤカワも必死だ。しかし量はともかく色とか味とか厳密な評価基準などなかろうものを、真面目にとって真剣に力んでくれるなんて、十八歳なんて可愛いもんですね。半年前には高校生だった子たちだものなあ。環境の変化でハイになってるんですよね……ふふ……かわいい……中年も板についた僕の目が認識しているこの場より、はるかに異様な、新鮮な、神秘的な空間としてこの子らは今を経験しているんだろうな。
お。
きたっ。
きたきたきたっ。
待望のミヤカワ肛門がいよいよ痙攣して、共振系ではなくジカ痙攣して、ブイーーッ、と長いオナラがでた。深みのある発酵臭が僕の頬に強細の風鉄砲を当てた。もう一度、プイー~ッ、そしてミチミチと軟らかいヒモ状ウンコが長々と垂れてきた。肛門から僕の口まで三十センチ以上離れているはずだが、僕の舌にそれが触れたときもまだヒモウンコはミヤカワ肛門に繋がっているという儲けものビジュアル。ウンコはソウメンのようにするすると僕の喉に粘り入ってくれた。そう。きょう脱糞してくれる女の子四人全員に、お昼前にテイカロキャンディーを十三個舐めてもらっている。還元麦芽糖が便をゆるくして、通じをよくするのだ。
エハラがライバルの排泄音を耳にして焦ったかまたウンウン唸りはじめている。でも出ない。テイカロ舐めても便秘便のエハラの頑固体質が感じられてうれしい。深部はテイカロ仕立てにしてドロドロ必定だから便意は相当なはずだが蓋が抜けないといったところか。便意の想像的共感がまた醍醐味。ミヤカワの方はほどよく素直に溶けた便が今ニュルニュルと僕の胃に収まりつつある。
胆汁の苦み×テイカロの甘さ!
初対面どうしの末端と先端が胃と胃で結ばれた感・繋がってる感がまた!
外された方のウンウン必死息み唸りの伴奏がまた!
この道の醍醐味……っ!
ニュルニュルがいったん止まって、エハラ最深部の息張り声に負けじとミヤカワ自身も腹痛の苦悶を生々しく表現した最奧部唸りをウンウンあげて芸のないまま隣人と同じ唸りをウンウン降り注がせて絶妙なハーモニー二重唱が続いていたが――
一分もしたところで強臭の前触れとともに再びミヤカワの肛門が
ブビーッッッ
と震えて、山吹色のさらなる軟らかめコンブが垂れてきた。僕はスルスルと飲み込む。今度は落下速度が前より速いので時々飲み込むのが間に合わずほっぺたにコンブが垂れへばりつく。
ブビーッ、プスプスッ、ボビ。ブウーッ、プイッ、ボボボボボ。破裂音を立て続けに発しながら、ミヤカワの肛門からは次から次へと二十センチ単位でコンブが捩じれながらあとからあとから降りてくる。僕は灼熱恍惚に揉みしだかれながら一片一滴たりと逃すまいと首を左右に動かしてモグモグくわえ捕えつづける。歯ぐきのニッチにニチニチまとわり粘り付く腸内独自体質思わせる触感。横目で右側のエハラ肛門の様子もちらちら探ると、ボタ、ボタ、ボタ……小粒経血がしたたっているばかりで全然本体は頭も出さない。あんなに大きく肛門開きっぱなしで内部のゴッテリ高密度特濃詰まりがバリ見えなのに。血さえ介入していなければ指を突っ込んでほじくり出して吸い出したいくらいだ。でも今日は体に手は触れないというのが約束になっているからな。純然素人さんだし。それにやはり血が。血と約束の二重ブロックに我が口内のミヤカワウンコの風味も赤血球味に変色しかけたり。ウンウンアンウンとせつなそうにエハラがうめくたびに力みに合わせてこうも血がしたたり落ちるのでは……。
僕は目をそらしてミヤカワの次の御馳走を待ち受ける。ブイーッ、ぷすぷすっ、ビチビチビチビチビチビチビチビチッ。どさどさどさどさっ僕の頬の内側は絶妙甘辛苦さでいっぱいになった。
二十分も撮られただろうか。
「足が痛いかも……」
みるからに和式座り田舎便所に慣れていそうなミヤカワが先に言い出し、エハラもあれきり一粒もウンコ出せないままついに諦めて――これほどの通常美人の体内物質を結局食べられず終わるというのも形式的に残念だったので僕はエハラが立ち上がる寸前エハラ尻毛にひっかかってぶらさがっていた茶色繊維をこっそり取って口に入れた――そうして撮影が終わった。
僕はフェアにふたりのウンコ評を述べ、ミヤカワに九万円が渡った。
下脹れの頬を紅潮させてミヤカワは喜び、ほんとに食べてくれたなんて感激ィ、感激ィ、感激ィと料理を褒められた新妻みたいに胸の前で両手を合わせていた。エハラは口を付けられないままむなしく床に転がった我が即席分身的ウンコを
「……」
恨めしげに見ながら、格好のいい鼻筋をチラと歪めてえーんえーんと泣き真似をした。案外愛嬌もある子だったんだ。生理でさえなければなあ。転がっているエハラのウンコを改めて見ると、一個はただ丸くて硬いだけのちっこい便秘便だが、後から出た方だろう、これは思ったよりずっと長くて、太くて、つやつやしていて、量だけみればミヤカワのコンブ九連発に劣っていない――いや密度を考えると勝っているのかもしれぬ、と思った。でもやっぱり現場で食べる気になったのはミヤカワのするする便の方だし、勝負とはこういうものさ。とはいえ後ほどエハラの第二弾をビデオ画面で見たとき、繊維筋に添って経血がツツと垂れてはいるもののいかにもつやつやペニス状で美味しそう香しそうで、――普通の勇気を奮ってがっつり食べておけばよかった、としきりに後悔したものだった。
(引用者注:現場と映像での美的印象のズレに関する次元解析は、今や「おろち収差学」なる一大研究分野をなしつつあるが、このエハラおろちこそ収差学初サンプルといわれる)。
感激ィ、えーんえーんは本心だったろうか。
女子ふたりは友達のようだったからどうせ均等に分けるのだろう。それともドライに九一そのままだろうか。
僕は友情の行方の心配をしたりしなかったり、金目当て信念フリーの今どき女子ふたりが少しでもアートの醍醐味に目覚めてくれていれば、などアンチ親目線的思いを抱いたり抱かなかったりだったそのうちに、
「失礼しまぁす……」
「お世話になりましたぁ……」
あっさりふたりが帰ったあと、ひとり残ったこれはただひとり学外より参加のイシグロという体型スリム系顔立ち薄幸系女子。四年生だという。だから他の三人と比べると落ち着いた感じで、というより表情が乏しいというか薄いというか脆いというかクフ、と笑っても次の瞬間には真顔に戻っている。さっきのエハラに一歩譲る程度の美形である。顎が細すぎ顔の逆三角形が甚しすぎるのが気になるのだが。
このイシグロが今回の脱糞パフォーマンスに参加したいきさつは少し変わっている。他の女子三名がみな<あなたのその黄金こそ至高のアートだ!>というわれわれのビラを見て日当五万の契約で応募してきたのだが、このイシグロはこういう報酬契約のことは知らない。他の女子らが金を貰ってやっているとは知らず、みんな自発的に芸術活動に参加している的な高尚な文脈であると思っている。
イシグロはそもそも、来春にこの映像科大学院修士課程を受験するつもりでいるので、指導教授C先生の薦めでここの大学院生自主ゼミに参加しにきていたという。その彼女に、現パフォーマンスモデル獲得目的で院生スタッフが声をかけ、実験映像をやるんですけど出演しませんか、有志モデルも他にいるしわれわれ……
「……映像科の人間ってみんなこうしたパフォーマンスの試練をくぐって各々芸術を極めてるんだよね~」
ともちかけたとの成り行き。(「これができないようじゃここの学問にも芸術にもついてけないわよねぇ……」)。
で、イシグロは初めて覗く大学院生サークルの雰囲気にも多少かぶれ、ここで参加した方があとあと有利だと思ったかそれとも院試に通りやすくなるとでも思ったか、ともかくこの大学院に入りたい一心で脱糞モデルを引き受けたというわけだ。
待合室でテイカロ舐めながら待機中、年下の女子らを(へえ、この子らがそんなことを自発的に……微妙に圧倒される世界……)的焦りと憧れに炙られ、イシグロは下腹部を適度に温めてはいたのではなかろうか。
いい加減系十八歳女子の軽妙金儲けバイト感覚とシリアスなアート系覚悟女子の試練挑戦修業認識とのギャップがあたりの空気を清浄化していて、スタッフからイシグロの番です先生立て続けですがお願いします~の声に我が股間は自ずとオッキオッキしていた。
(第55回 了)
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■ 予測できない天災に備えておきませうね ■