偏った態度なのか、はたまた単なる変態か(笑)。男と女の性別も、恋愛も、セックスも、人間が排出するアノ匂いと音と光景で語られ、ひしめき合い、混じり合うアレに人間の存在は分解され、混沌の中からパズルのように何かが生み出されるまったく新しいタイプの物語。
論理学者にして気鋭の小説家、三浦俊彦による待望の新連載小説!。
by 三浦俊彦
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■ 印南哲治は初期のシンクロ脱糞パフォーマンスを諸々実行した。そこに至る細かい手順、配慮、計算、駆け引き、手直し、杞憂、誤解、申し開き、見直し、慰撫、照合、一夜漬け、頬かむり、深読み、訂正、催促、皮算用、奮起、隔靴掻痒の念押し、挑発、無駄骨、骨惜しみ、負け惜しみ、出し惜しみ、横槍、たらい回し、空約束、阿諛追従、調停、責任転嫁、吹聴、揚げ足取り、安請け合い、かばい合い後のなすり合い、譲り合い前の小突き合い、扇動、難詰、目配せ、貧乏くじ、なし崩し、泥縄による濡れ衣、棚ぼた、薮蛇、漁夫の利、水掛け論、背水の陣、仮病、褒め殺し、居留守、抜け駆け、固執、撤回、慰留、空耳、退屈、尻込み、居直り、尻拭い、根比べと腕試しと口止め、目移り、尻馬、〈食わず嫌い〉、焼け石に水、美辞麗句、時間稼ぎ、逆指名、後知恵、身びいきの両成敗、水泡、逃げ腰の太鼓判、早合点、二股膏薬の告発、自縄自縛、脱帽、目糞鼻糞、屋上屋、唯々諾々と意気揚々、蒸し返し、半信半疑、一石二鳥、一人二役、直談判、当てつけと見せしめによる立候補、当てこすりとないものねだり、百面相、大金星、ピンハネの口裏合わせ、濡れ手に粟、暖簾に腕押し、親不孝、発奮、ウケ狙いのドタキャン、異口同音、ぬか喜び、専断対虚勢、コロンブスの卵、暇潰しの搦め手、勧善懲悪、手ぐすね、まぐれ当たり、杓子定規、蝦で鯛、固辞、黙認、ゴネ得、猛省、安堵、もらい泣き、懺悔、毒見志願、毒見強要、毒見志願強要、毒見強要志願、口封じ、命乞い、大盤振舞いによる命拾い、瓢箪から駒、多数決、逆ギレ、ダメモト、メタKY、過信、土下座のし損ない、白羽の矢の種明かし、過剰防衛の勇み足から有難迷惑を経た逆恨みによる腹いせと高望みと選り好み、報復、失言、先陣争い、弁解、お為ごかし、絶句、買い被り、日和見と縁起担ぎと馬耳東風、窮鼠猫、目から鱗、売り言葉買い言葉、腰砕け、説得の前の誘惑、面罵、妥協、密約、空元気、等々内部分裂擬似統合再分裂気味にもつれまくった経緯は省略しよう。というようにいろいろありながらまずは大筋だけ辿れば見掛け上スムーズに実現にはこぎつけたと。ただ一つ、湊美術大学大学院志望の石黒美香という女子学生について簡単なプロフィール的導入を兼ねて印南イベントの一つを粗描しておく必要がある。石黒美香は、大学院修士課程入学案内をもらいに湊美術大学入試広報課を訪れたあと立ち寄ったトイレ内にて次のようなビラが貼ってあるのを目にした。というか、目にしたはずである。
《あなたのその黄金こそわれらが芸術!》
健康なフィーメイル緊急募集。
150gで2万円、超過10gごとに3千円。
専門家が食します。あなたは出すだけです。
連絡先 湊美術大学大学院修士課程芸術学専攻 ♯◎∴※電話……(24時間OK)
このビラを石黒美香が見たはずであるというのは、これが当時、湊美術大学キャンパスの女子トイレのすべての個室内、便座に座ったちょうど目前の壁に貼られていたからである。これが学生課・教務課以下教職員の誰一人によっても問題視されなかったのは美大なりの風土的面目自証というものだろうが、その代わりに応募者もほとんどおらず、新幹線内のワゴンのバイトではカツカツ汲々とこぼしあっていた一年生ほか片手乃指程度の女子がおずおずと「本部」の扉に唯金銭目当て・美的理解皆無の双拳を叩いたのみという次第はまた、美術大学としておろち史上ささやかな恥点を残したと言わざるをえまい。
いずれにせよ、石黒美香の視覚が捉えた黄金パフォーマンス情報が彼女の大脳皮質に顕在意識として受容されなかったのは考察に値する。彼女こそ、この「映像芸術」の実存的・芸術的意義を心奥理解し尽くせる人材であったはずだからだ。
その根拠となるエピソードに触れておこう。中学まで教師にも一目置かれる優等生・マドンナ的役割を満喫しつつそこそこ美形ですらあるいわば天から二物も三物も与えられた石黒美香は、高校生になってさっそく、クラス一のナイスガイと直感された居島慶吾にアタックを始めた。これは生粋の恋愛感情というよりも自らが素質的に持つプラスのカードを試しにかかった挙に他ならなかったふしがあるが、ともあれ美香は現場では真剣果敢な求愛を続けた。居島慶吾は客観的にはイイオトコ系とは言えなかったし、喋り方もボソボソと格好悪かったが、極太眉毛に象徴される強運勢と個性をオーラと漂わせて、何より美香が初めて出会った「自分より勉強のできる生徒」なのが大きかった。美香は高校最初の定期試験では総合点学年トップだったのだが、数学と英語という、ジアタマ測定上最重要と自ら位置づけていた二科目において居島慶吾に完敗したのである。
美香が苛立ったのは、居島慶吾がちっとも応じてくれないことに加えて、ブス系×ジミ系のハイブリッド系であるぼんやりした太目のクラスメートと居島が半ばステディ関係にあるらしいことだった。プライドが許さない彼女の、最後通牒的告白「なんでなんでなんで。何であんな子なの、あんな暗い後ろ向きな人。あんなチワワみたいな顔した。あなたにふさわしいのは私みたいな子でしょう、前向きな私みたいな!」に対し、居島慶吾が答えた科白は次のようなものだった。
「あ、おれ、前向きってダメなんだよ。後ろ向きなの、おれの趣味。後ろじゃないとダメなの。後ろ専門なの」
前向きどうしのセックスはおろかいかなる粘膜接触さらには着衣密着すらこのときまだ経験していなかった美香は動転した。一足飛びのこの回答に硬直し、一週間言葉を失った。やっとふたことみこと喋れるようになったとき、性格がほとんどクリック音をたてて百八十度転回していた。ほとんど喋らぬ孤独な一少女に変身していた。表情も一変した。慶吾好みの後ろ向き女になろうと努力したわけではなく、求愛努力が虚しく思えた。いかなる男に対しても。成績も安ドラマのように平均レベルへとがた落ちし、ここをもって美香の人生は変わった、というか折れたのである。人生のある時期に外力によって唐突な変身を余儀なくされた人間の例に洩れず、美香の残りの短い航路は以来いかなる結実とも無縁に推移した。入れ替わりに学年トップは居島慶吾が三年間保持することになるが、ちなみに居島慶吾は大学に進学せず、独自の修行に邁進することになる(なお、居島好みの女は「チワワみたいな顔」だったという美香の言葉を念頭に留めておいていただきたい)。後におろち史上最大ともいわれる完成域に達した聖人・居島慶吾方面の記録も証言も惜しむらくはほとんど残っていないため彼の偉業については後述することとし、ここでは本題に戻って、ニュー石黒美香がその生真面目な翳りを保っていた盛りに無意識裡にせよ黄金募集広告に鋭敏に反応し参加に至ったのは、彼女の意識に「後ろじゃないとダメ」「後ろ向き」という、脱糞姿勢に直で繋がる言葉がトラウマ的沈澱を重ねていたからに他なるまい、とだけ確認しておきたい。この最単純な俗流フロイト以前的図式を身も蓋もなく体現してしまう生理的素直さが、石黒美香の脆弱な悲劇繊維を織り成したといってよい。印南哲治傘下のパフォーマンス、石黒美香が参加した現場の模様を、かのふたりの無自覚一年生の図像と合わせてここで紹介することにしよう。美香は報酬つきの公募に気づくことはなく、次の引用文が明らかにするようにうかれメメンバーからの直接接触によって「純芸術的に」パフォーマンスに引き込まれることとなった。潜在的自覚者と無自覚バイト感覚とのコントラストが場の空気に作用していた上に、菅瀬兄妹と蔦崎公一の過剰自覚が絡んで複雑な化学反応を呈した撮影現場の空気だったことを忘れてはならない。以下は、印南哲治が『マニアHOUSE』vol.4(司書房、ツカサムックNo.35)pp.67-72に寄稿したパフォーマンス・ドキュメントだ。一般マニア向けの文体をまとっているが、内容的には百%ノンフィクションであることが確認されている。金銭契約内容等の細部で多少事実に反した脚色はあるものの、本筋には関係ない、というより本筋的趣旨をより際立たせていることをも微細確認されたい。
人間肥溜への吐息
石丸 φ
顔の上で見えないライバル意識が火花を散らしている図のクオリアがこうも心地よいものだとは知らなかった。僕にはこのふたりの思惑が手にとるようにわかっていた。なにせ人体の一番奥の物質を吸収しようという黄金プレイ、この上ない精神感応瞑想へ通じているのである。そうだ。今度<精神感応瞑想セミナー、受講無料>として少女雑誌に広告を出せば出費なしでたくさんの女の子が集まってくれるかもしれないぞ。みんなで手をつないで輪になってしゃがんでウンチをします。瞑想があるレベルにまで高まって魂の波長がシンクロナイズすれば、輪になった二十人全員の肛門が同時に開いて、ちょうど同じ量のウンチがいっせいに出てくる、というシンクロナイズド脱糞の境地に至ることができます。前世からつながる生体のリズムを取り戻し、大自然と同化できるのです。さすがに募集の段階でこんなこと書いては尻込みするだろうから、
<特殊整体パフォーマンス・精神感応瞑想セミナー、受講無料>
とでもすればよいわけだ。女子たちは暗示に掛りやすいから、おまけに健康法や瞑想やオカルトに飢えているときているから、きっとその場のノリで大量の参加が期待できそうだぞ。
などということを考えはじめたら今日のこの撮影のためだけに二十万も投資したことがなんだかすごく要領悪いやり方だったような気がして後悔しはじめたが、もうふたりとも気合を入れはじめている。左右両側の二つのお尻、四つの山がピンク色を帯びて汗ばみピクピクふくらみ始める。
左側にしゃがんだ子は写真学科の一年生でミヤカワという。右側の子は楽理学科のやはり一年生でエハラという。きょうのパフォーマンスには四人の女子が参加してくれたが、そのうち僕が一番好ましいと思ったふたりがこの「二人同時脱糞」に当たったのは幸運だった。いつ黄金を催すか、それはいかに金を積んでも決めることはできないからね。
ほんとうはそれこそ二十人くらいの女子を呼んで、「人間肥溜」をやりたかったのだが。僕が床に仰向けに寝て、その上に次々に途切れ目なく女子が脱糞してゆく。茶色い女性の大地に種付け役たる男子が埋まってゆく。これを丁寧に完成させれば、映像界に衝撃を与えることは確実だろう。そういう「映像界」「衝撃」の意味もあるだろう。場所も、今日のような大学スタジオでは無理だが、ちゃんと確保してある。
まあしかしきょうは二人で十分我慢だ。カメラは大丈夫かな。さっき演劇学科のカーリーヘア女子のウンコを見事に食いつくしたタナカ君が、やっぱり初挑戦じゃ無理もなかったなあ、モンダミンを三瓶使い尽くしたあげく気分ワリイと帰ってしまった。カメラ助手が一人足りなくなって大変だけど、スタッフ頑張ってくださいよね。カボチャ色の中太便を出してくれたその演劇学科キミコさんは、同じ演劇科でクラスもサークルも同じタナカ君が立候補してたというのですごく嬉しそうだったけれど、いざ始まると、しっかり残さず食べきったし皿も舐め回したしカメラ回ってる間は俳優志望の根性でさも平然堂々と構えていたタナカ君、カットとともに一転カオを真っ赤にしてトイレに駆け込み、戻ってきてからもオエオエやっていたのを見て悲しそうだった。いましゃがんでいるミヤカワ・エハラという二女子も、内心不安なんじゃないかな。でも僕はこのふたりと顔合わせるのはきょうが初めてだし、それに僕はもう食べるの何回目だっけなってくらい場数踏んでるから絶対大丈夫だよ。任してくれ。
とこんなことを考えているうちに、右側のエハラの肛門がムニーッとひろがった。あっ、酷だよ。ミヤカワが先だったらよかったのに。だってエハラは生理だって言ってたから……。十八歳の清潔感ってこんなものだろうか、肛門を中心に直径十センチ以上、ほとんど背中に届くくらい赤黒い乾いたシミが肌を覆っている。血を拭いた跡である。ぱりっぱり。ぱりぱり剥がれて赤黒いフィルム片が落ちてきそう。あっ微妙にひらひらしてやがる……僕ってばウンコ大好きのぶん血は大の苦手なのだ。ぽたっ、ホンナマの血が垂れたかと思うとエハラの捲れた肛門から太い焦げ茶色の頭が乗り出してきた。う。血がウンコに乗り移って先端に……しずくを作ってるよ。ノン生理のミヤカワのをもっぱら食べて、そっちに気を取られてるふりしてなんとかエハラの血糞はやり過ごそうと目論んでいたのに、これはヤバい状況だ。カメラが睨んでいる。仕方なく僕はあんぐり口をあけてエハラの鮮血、ではなく紫血滴る紅しずくウンコを待ち受ける。
(第54回 了)
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■ 三浦俊彦さんの本 ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■