Ⅻ 時
大野露井
針と針が合わさることを何故よろこぶのか
そのとき短針と長針のあいだにいる者は
ちょん切られてしまう
誰からも同情されず
ただ秒針だけがはしゃぎながら駈けめぐる
生れたのときっかり同時刻に死にたい
生れた時刻を知っているのは選ばれた者だけだ
一冊の本を閉じるように
切りのよいところでおしまいにしたい
だが終わりのない本を読んでいるときはどうしたらいい?
まえにも見たことのある景色と
これからも見ることになる景色のあわいに
すべての邂逅がある
別れだけが滑りぬけて尻尾をつかませない
理由さえ説明できれば忘れてしまえるのに
だが忘れたことも忘れた状態をなんと呼べばよいのだろう?
濃密な酸素のように命を削ってゆく悲しみ
知りもしない人から憎まれることへの憤り
明日など存在しないと知りながら明日を畏れること
あるいは夢から覚めたことを真剣に悔しがることの辛さ
いっそすべてを正確に律してしまったらどうだろう
いわゆる軍隊式という血迷った儀式の行列をつくり
いつでもおなじ長さで妥協もせず彫琢をほどこして
いつの間にか音の粒までそろえるほどにこだわって
いつの日までも変わらぬ献身と忠誠を誓ってみては
葬列でさえ本当は崩してしまわなければならない
柩のうえに降りかかる土は時の安直な比喩なのか
亡骸の担ぎ手たちは三々五々に散ってゆく
それぞれが無数の宇宙を内包する卵の群
フライパンで焼くことはできるが味は保証しない
誰も問題にしないことが却って恐ろしいのだが
秒針の音にふと気づくということは
ふだんはそんなものは聞えていないということだ
だがどうしてあんなに大きな音が聞えないのだろう
心が時間と相容れないものだからなのだろうか
秒針と決別するにはどうしたらいい?
心臓の鼓動はちっとも身近な音ではなく
不安におののき頭を抱えているときに
涙を押し流すポンプの役を果たすだけ
かといって腹時計が鳴るほど腹を空かせることもない
習慣とは楽なことこのうえないものだ
それが仮面をかぶった苦役だと知ったとき
とたんに鼓動が響いて涙があふれだす
呼吸が肺と鼻腔に疼いていまにも窒息しそうだ
とにかく生きるために食べなければならない
誰もが昼食を摂りに屋根の下へ戻った通りの静けさ
微醺を帯びた主人が家に帰りつく夜中
わがもの顔の月と太陽の下でほんのすこしの空白ができる
そんなときに訪れる雨音だけが救いをもたらす
腐った肉体を潤す雨滴だけが針の音を鎮める
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