批評や創作の現場で、言葉にひそむ真理と物語構造を解き明かしてきた小原眞紀子。単に物語を楽しむ読者とは違う「創作者ならではの読み」を提示し、表現のヒントをひもとく。取り上げるのは、まさに創作の副読本(サブテキスト)となる古今東西の作品。必ずしも名作ばかりではないかもしれない、だからこその書き手を刺激する厳選レビュー。ページをめくり、創作のヒントを掴もう。あなたの物語に、新たな発想のスパイスを添えて。
by 金魚屋編集部
これは筆者にとっては大学二年生の頃のバイブルのような一冊。金井美恵子の『岸辺のない海』。前の澁澤龍彦の回を書いていて、あの頃の自分にとっての世界の雰囲気、文学の茫洋とした海に漂っていた感覚が蘇った。それはまさにこの本そのものだった。
この作品は、金井美恵子の初めての長編小説で、いわゆるプロットのはっきりした物語ではない。語り手は日常の風景、記憶の断片、身のまわりの物たちを、その存在を際立たせる独特の文章で語り継いでいく。出来事が積み上がって結末へ向かう、という小説の作法は顧みられず、言葉が次の言葉を呼び、イメージがイメージを呼んで、読者は流れの中に身を浸す。しかしそれでもその世界は、ある種のクライマックスを迎える。今振り返ってみると、タイトルも内容も当時の筆者の状態にぴったりだった。岸辺がどこにも見えない海にわけもわからず漂っていたのだ。
プロットらしいプロットがないのはその時代のことでもあるし、金井さん自身の当時の年齢もあるだろう。しかしそれが未熟さではなく、若さゆえの諦念すら抱えた逆説的な老成に見えるのは、やはり才能と言うほかない。天才少女と呼ばれた作家なのだ。

金井美恵子はそれこそ、その頃の筆者と同じくらいの年頃でデビューしている。だからデビュー作『愛の生活』から『海の果実』、この『岸辺のない海』くらいまでの作品の感性が、筆者にフィットしたのは当然かもしれない。作品が書かれたときの作家の年齢と、読み手の年齢が近いというのは案外大きなことなのだろう。
この作品のテーマは「書くこと、あるいは書くことの始まり」である。人生の経験を書くような年齢ではない以上、思想もしくは哲学に近づいていく。とはいえ若い思想、若い哲学であるから、直観的で鮮烈だ。読者に訴えてくるのは、何よりその鮮烈さである。
最近、金井さんは海外で人気だと聞く。嬉しいことだ。海外の読者が読んだ作品はどれなのか、また文化的な誤解も相まって、我々が捉えていたものとはズレがあるに違いない。もちろん、それでよいのだと思う。いくつかの部分は、絶対に重なっているはずだから。間違いなく捕まえている部分があるとしたらほかでもない、この鮮烈さではないか、とも思う。
ただ、その頃の金井さんの作品と以降の作品とは、だいぶ異なる。そして読者は、それぞれ自分の心象風景に合致したものを読み取っていく。読書の楽しみそのものを与える作家、と言ってよいだろう。
読書の楽しみを象徴する作家であると同時に、筆者が物書きになるきっかけの一つを与えてくれたことも確かだ。その世界の空気感、存在する物たちへの愛惜、そしてそれらと同等に存在する言葉たち。書くこと、読むこと、それによって世界を把握しようとする若い情熱を、あの本から受け取ったのだと思う。
そう、でも天才少女が書いた、この『岸辺のない海』の書き方をもって小説を書き始めてはいけない(笑)。我々はまず構造の作り方を勉強しなければね。創作者は海に漂うことと、海図を描くことの両方を身につけなくてはならない、と理解するのはまた後の話であるが。いずれにしても海はあの頃のまま、どこかに広がっている。
小原眞紀子
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