元放送作家・長谷川良品氏が主宰する「テレビ悲報ch」。テレビ業界の内側を知り尽くした人間ならではの視点で、メディアの病理と構造的な欠陥を容赦なく突いてくる人気チャンネルだ。今回の動画では、猛暑のさなかに発生した大震災をめぐるテレビ報道の「過ち」と、そこにじわじわと漂う不謹慎な違和感の正体が、丁寧かつ辛辣に解き明かされる。
長谷川氏が挙げる違和感は主に四点。半壊した病院の「悲惨な映像」ばかりを狙い撃ちにする取材の偏重、商業施設の爆発映像を「衝撃映像」として何度も繰り返し流すショー化、MCや看板キャストを意味もなく現場へ送り込むパフォーマンス演出、そして被災者に当時の恐怖や車中泊の体勢を「もう一度やってみせてください」と求める無神経な取材姿勢。いずれもこう並べられると、ヒドいなと思う。
かつて避難所で被災者が発した「お前らの車が邪魔なんだよ!」という怒号を持ち出すまでもなく、「使命感」という安っぽい免罪符でもってメディアがいかに被災地をエンタメとして消費し、現場の足を乱してきたかが、元放送作家の目線で暴かれていく。内側を知る者にしか語れない分析は。メディア批評として重厚感がある。

個人的にもところどころ身につまされる。「数字が取れる絵」を求める圧力がどれほど現場の判断を歪めるか、それはテレビに限った話ではないだろう。「視聴率」という言葉を「PV」や「再生数」に置き換えれば、ウェブメディアすら無縁ではいられないはずだ。良品氏の告発はテレビという特定の媒体への批判を超えて、コンテンツを作るすべての人間への問いかけとして響いてくる。
テレビが「衝撃的な絵」を追い求め、被災者に再現を強いるのは、それが視聴率に直結するからだ。しかしそこには、わかりやすい悲劇と感情を揺さぶる映像を、結局のところ世間が無意識に求め続けているという身も蓋もない現実がある。テレビ局の功名心や「自局のMCを現場に立たせたい」というチープな自己満足は当然批判されるべきだが、そうした演出に乗って感情を消費してきた視聴者もまた、この不全な構造の共犯者とも言える。
動画の終盤で長谷川氏は「被災地や被災者をショーにするな」と訴える。その言葉は報道への弾劾であると同時に、メディアをどう受け取るかという現代のリテラシーへの問いかけでもあるだろう。
水野翼
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