〝よし、その売れていない、秘法を使った旅のプランに、僕たちが最初の顧客になってやろうじゃないか。僕は何でも初めてが好きなんだ。初めてを求めるとき、僕は誰よりもカッコよくなれる・・・〟この旅はわたしたちをどこに連れていってくれるのか。青山YURI子の新しい小説の旅、第二弾!
by 青山YURI子
ああ!結局僕たちはここで夜を明かしたのだ。
明け方には、続く言語、哲学、そして最後の〈奇妙な試験〉を受けたのだった。
〈奇妙な試験〉
「以下のものを作ってください」と書かれた紙を渡されたものの、そこには細く均等に切られた細長い紙がたくさん写った写真が添えてあった。
大きく平らで、布または紙のように机に置かれた食材または植物のようなものを千切りにして一寸違わずにシュレッダーにかけたような形に切る、ことが課せられた。食べられそうな、白みがかった大きな白い生地、黒い生地、二種類の餅か何かの生地を、ひたすら細かく切っていく。辺りは暗く洞窟にいるようだった。洞窟だったかもしれない。木のテーブルの上にまな板が一つずつ配られ、垂直に包丁を押し付けていく。暗い穴を進むように、ひたすら包丁を下に向けて押し付けていった。(何を測られるのかもわからないから、きれいに切ってみたり、細く切ってみたり、包丁の腕さばきを良く見せてみたり、個性的な形にしてみたり……。あとで聞いたところによると、何をやらされているのか、どこを目指すのか、分からない中での僕たちの葛藤、試行錯誤の度合いを試されているらしかった。)
ゆっくりと外で夜が明けていくのがなんとなく分かった。誰一人眠ってはいない。眠ってしまえばまな板から包丁を取り上げられ、こちらへ向けられるかもしれない、とまでは考えられないほど眠く、みな、ぼうっとしながら下に向けて包丁を押し続けていた。
試験は1教科につき10点満点になっており、40点中27点取り、僕は及第したようだった。
建築でよく模型を作っていたから紙を細く切るのは得意だし、はじめの数学と最後の奇妙なテストで20点満点を稼いでいた。哲学の時間で、問いを考えていると眠くなってしまったが、アンヘラは逆に言語と哲学で高得点を稼いでいた。最後の奇妙なテストもうまくいったようで、数学の3点を合わせても合計30点だった。
厳しいのか、簡単なのか、25点以上が及第点で、僕はギリギリだ。アンヘラは優秀だったから僕たちは同時に出られるけれど、そこにいた半数の人々が出られずもう1日残り、再度夜通しのテストを受けるようだった。終わってから試験官と話したところ、このテストは夜にしか行われないらしい。この建物に迷い込んできた者は、みな、試験を受けるため、ここから出るために、夜まで待つ。だからさきほど通ってきたようなホールで待つ者もいるのだという。彼らはその日テストを諦めた者たちだ。
彼らは、どのような気持ちでその1日を過ごすのだろうか。昼は寝て(もちろん仮眠室もない)、夜に起き出し、そのまま試験を受ける。外へ出るために。そんな生活が続くと、だんだんと生気をなくしていくだろう。壁に生気を奪われていく。夜テストを受け、日の出ている明け方に床に着く。床に着くといっても集会所で、複数の人の「今日も駄目だった」との嘆息を子守唄に眠りにつくと、夕方、日が沈んだ頃に不安と緊張の面持ちをした見知らぬ人々に迎えられ目を覚ます。だんだんと憔悴していって、正常な状態で次のテストが受けられない。当然、1日また1日経つごとにテストの得点はコロコロと落ちてゆく、そうして一生ここから出られなく、彼らマフィアのような(マフィアだったかもしれない)この建物と試験の職員の一員になるのかもしれない。
僕たちは外へ出た。空気が美味しい。新鮮な果物を食べた気がした。徹夜したとは思えないほど、1日の始まりを新鮮に感じる。見知らぬ人に挨拶をしたくなる。
しかしそこは、いわゆる貧民窟だった。上を見上げても、下を見下ろしても。僕らは丘の中腹にいた。丘の一面を貧民窟が、畑のように広がり、丘の表面を覆っていた。袋を抱えて、コカの葉を食べる人たち。路上でコカのマテ茶を煮ている女性。街の人々は、視線で僕たちの場違いなことを教える。それでも彼らに笑いかけながら、駅まで着いた。ロープウェー駅だ。
ロープウェイに乗せてもらう。木造の家、緑色の瓦。Y字路で地面に座った外を眺めている人と目があう。外は晴れている。青空が出ている。ロープウェイの駅はにぎわっていた。ロープウェイの駅に着くと、何人もの僕たちのような外国人旅行者がいた。みな〝下〟からやってきたのだ。彼らの多くはカメラを手にしていて、これから上の貧民窟へ〝人間〟を撮りにいく。みな人間なのに。空は全てを忘れたように晴れている。ホテルに着いて、昨夜帰れなかった事情を話すと、彼らはそれを不思議もなく受け入れ、僕の話の句読点代わりに頷き、話を聞いてくれた。
「それは大変でした。しかしこの手口は近年流行しているものです」
彼の話を聞いて驚いた。もしもテストに及第出来なかったら、多額の賠償金を支払うことになったというのだ。お金を払えば、テストをクリアしなくとも解放してもらえる。しかし粘ろうと、1日また1日と滞在を延ばしていくと、1日ごとに解放金は加算されていく。3日を超えると、国の親族にまで、政府を装った支払い命令の詐欺紛いの手紙が届くという。それは、観光客とその家族を狙った手口で、近年摘発が多くなっているものの、未だに強盗目的の監禁、誘拐事件としては重大に取り締まることが出来ずに、警察もなかなか介入出来ないそうだ。
落とし穴のように罠をあちらこちらと仕掛け、彼らはアジトを変えていく。彼らとは、あの建物の案内人と試験官らのことだ。
ここまでが、僕たちの2の国の旅だ。
(第20回 了)
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