「僕が泣くのは痛みのためでなく / たった一人で生まれたため / 今まさに その意味を理解したため」
by 小原眞紀子
西
西からくる者のことを
人はさまざまに言う
髪は紅く
肌白く
目は三つ
笑うと口は裂け
口が裂けると笑っていると知れる
西からくる者のことを
僕は聞いて育った
毛布にくるまりながら
三つ目の目のありかに
思いめぐらせ
メロンを食べるときは
口を押し広げ
メロンのかたちで笑った
西からきた瓜のような
うす甘いだけの白い果肉は
高級なものではなくて
すこし青臭みがする
西からきた人が持ってきたというが
せいぜい大阪
へたすりゃ名古屋
もっとずっと遠い
西からくる者のことを
話していたのは死んだ祖母
迎えにきた者がわかるようにと
足の親指に色糸を結ぶ
今も僕は夢に見る
紅や緑の色糸が西の空からたなびくのを
食
僕はトマトを食べる
トマトは僕の心臓になる
僕は空豆を食べる
さやのなかでの眠りを思い出す
僕は手羽を食べるけど
背中に翼は生えない
窓辺に立って
陽射しの向こうの君を見る
君は僕の網膜に住む
僕の食べたトマトを食べて
僕のなかで眠る
僕は君を眺めて暮らす
おや君には翼が生えてきたね
僕に生えるはずの翼が
それでどこへ行ってしまうんだ
僕は卵を食べる
殻のなかにすべてを閉じ込めた
卵を君は放って遊ぶ
割れたらフライパンの上
僕の心臓もひしゃげてしまう
トマトのように
卵でとじて
君がそれを食べる
なんて大きな口なんだろう
食べられると気づく
きれいな噛み跡をつけられたまま
男たちがうろついている
世界のあちこちで
半切れのトーストみたいに
石
なんにもなりたくないから
なんにもならないことをしようと
僕は石をひろう
青森
新潟
岐阜
ハルビンでも
ただ石をひろう
宝石をみつけてはならず
漬物石の大きさを避けて
庭に置く風情もないのを
ただの石をひろう
美しくもなく
苦にもされず
叩いても割れず
欲はなく
雨にも
風にも
日照りの日にも
ただそこにある
そういう石にめぐりあいたい
なかなかそれは難物で
僕は石をじっとみつめる
僕だよ、とささやくと
誰かの顔が浮かんでくる
僕はいつしか鑿をとり
誰かを外に出してやる
そこにある石のかけらが
僕だよ、とささやく
写真 星隆弘
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* 連作詩篇『ここから月まで』は毎月09日に更新されます。
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