Ⅹ 音
大野露井
雨を降らせてみたいなら
雨だったらと言うだけでいい
雨だったら、
だったら、だっだら
たらっ、だら、
たらっ、たらっ、だら
だらだらだらだらだらだらだらだらだらだら
雑音は層をなして乗りかかる
苛立ちの様式美を知りつくして
図書館も闘技場も
踏み外してしまった日には
とんでもなくやかましい
ようやく逃げ込んだ夜の静寂も
耳を聾せんばかりの謝肉祭
たっぷり半日も寝たところで
鶏が遅ればせに時をつくる
遠くで牛が鳴く
窓の外で洗濯夫が下着を水浸しにする
信じられないほど鮮やかに
くりかえし痰を吐きながら
寝床を出る頃には疲れ果てている
濁流に呑まれて
行き場を失った人間が
帰ってゆけるのはただ言葉だけ
しかしどうやって戻ればよいのだろう
確かに落としておいたはずのパン屑は
風にさらわれたかさもなくば
鳥に食べられてしまった
そんなときあなたと向き合うのは恐ろしい
外では子供たちが花火をあげている
自転車が駆け抜ける
虫たちが命のかぎり叫ぶ
杯が投げつけられて割れる
拳と骨がぶつかりあう
それでも最後は笑い声が包む
屋内では途切れがちな食卓を煙草が歩く
待っている待っている
言葉の接ぎ穂が見つかるのを
倦怠がもたらす沈黙と
満足がもたらす飽和とは
疲れた目には同じに見える
色は光よりも生き急ぐ
塹壕を掘れ
退路を染め出すためではなく
その場しのぎを締め出すために
ゆく手に涙を織りなして
甘やかな霞の中を歩くために
雨が手助けをしてくれるだろう
雨だったらと言いさえすれば
だらだらだらたらっだっだらだったら
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■ 予測できない天災に備えておきませうね ■