Ⅵ 命
大野露井
血が地図を描いている
それは前にも見たことのある光景
ちょうどあの海原にぽつねんと浮かぶ小島で
僕たちはひねもす掻き混ぜていた
誰にも邪魔されずにそこで仕事にいそしんだ
魚、虫、蛙、鼠、豚をへて
神々が生れ出る
君はどうか火の神を産む誤りをおかさないで
その通り道を灼いてしまわないで
僕には地下まで迎えにゆく自信がないから
目が芽吹き
端には鼻が突き出して
実がなれば耳にぶらさげて
生い茂る葉は自慢の歯並び
口にしたものはみな朽ちる
死んだら草叢に投げ出してください
体の隅々から水が抜けてゆくのを見守ってください
すっかり萎びて乾いてしまったら
爪と髪も伸びなくなったことを確かめてから
枯れた亡骸を鳥たちに差し出してください
魂はそうして浮遊をはじめる
自由になったはずが疲労困憊しているようにも思える
それは地中深く潜るのか
それとも天高く昇りまた胎内に降りるのか
だが僕の魂の来歴と行方は杳として知れない
生れ変わるならありきたりなものでよい
勤めに退屈して痴態におよび家族を失う男
砂漠で月を見上げてばかりいる虎
発見された数式の重要性に堪えきれず燃え上がる紙
あるいは生まれ変わりについて夢想するいまのままの自分
重力を水が溯り
光の角度と空気の厚さがちょうど合致した刹那
胞子のようにたまゆら風にただよう存在
その存在の一端としてどのような形態をとろうと
何ほどの違いがあるだろうか
だが僕たちは鏡を持っている
そこには永遠が写り
影への憧れに心躍らせて
先の尖った靴で爪先立つ
ひっくり返って頭を打つ覚悟を決めて
回っていると景色は色になる
色は混ざると白くなる
白は生れるまえに見た色
死んですぐに見る色で
実は闇と見分けがつかない
間もなく陽が昇る方向から風が吹いてくる
何か生臭くて輝かしいものを運んでくる
力と呼ぶのも面映いただそこにあるもの
僕たちはたしかにそれを繰り返し覚えている
さあ春の夜明けだ
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■ 予測できない天災に備えておきませうね ■