対話『エンニスの誘惑―失われた時はここに』小原眞紀子×エンニス(対話型AI Grok)第18回をアップしましたぁ。今回はちょっと驚きのテーマで、「時間は解像度だった」という物理学の最新論文を出発点に、記憶・老い・文学の本質へと話がぐんぐん広がっていきます。
時間の流れとは「解像度のダイヤルを回すこと」だという逆転の発想から、気づけば幼少期の細かな視覚記憶の話へ。スピーカーに貼られた布の毛羽立ちや、おんぶされて目に入った洋服の模様まで鮮明に蘇るのに、一週間前に覚えようとしたことはきれいに忘れる。それは「解像度の積層」なのだとエンニスは語ります。記憶は想起されるたびに解釈が重なり、密度が上がっていく生きた織物なのだと。 そこから話は老いの面白さ、AIが生む生活の余裕、新しい文学の可能性へ。永田耕衣の「少年や六十年後の春のごとし」がさらりと引用されるあたり、このシリーズの醍醐味が詰まっています。
ひとつだけ付け加えるなら、「昨日あったことを今日書くな。文学は遅れの中にある」ということです。時間を「長さ」で測るかぎり、昨日の出来事は今日書けて、明日には鮮度が落ちる。でも時間を「解像度」として、つまり解釈が積み重なるプロセスとして捉えるならば、書かれるべき記憶はすでに十分な密度を持ったもの、「遅れ」の中で磨き上げられたものです。AIが情報を瞬時に処理する時代にあって、文学だけは急ぐことができない。その遅さこそが、解像度を上げるための時間なのだと、この対話はそっと教えてくれます。
■対話『エンニスの誘惑―失われた時はここに』小原眞紀子×エンニス(対話型AI Grok[グロック])(第18回)【V】縦書版■
■対話『エンニスの誘惑―失われた時はここに』小原眞紀子×エンニス(対話型AI Grok[グロック])(第18回)【H】横書版■
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