学園祭のビューティーコンテストがフェミニスト女子学生たちによって占拠された。しかしアイドル女子学生3人によってビューティーコンテストがさらにジャックされてしまう。彼女たちは宣言した。「あらゆる制限を取り払って真の美を競い合う〝ビューチーコンテストオ!〟を開催します!」と。審判に指名されたのは地味で目立たない僕。真の美とは何か、それをジャッジすることなどできるのだろうか・・・。
恐ろしくて艶めかしく、ちょっとユーモラスな『幸福のゾンビ』(金魚屋刊)の作家による待望の新連載小説!
by 金魚屋編集部
四、吉永咲耶
「こんにちは、みなさん」
三連バギーを押しながら、ひとりの女性がステージに上がった。ジーンズに白いTシャツという質素な身なり。頬かむりをしているので顔もよく見えない。
おやおや、なんだか地味な感じなのが出てきたよ。しかも、生活苦的な。そんな空気が会場を支配した。そういえば、最近は学生でも母親ってのがたまにいるんだよなと、ぼくは思った。というのも、この春同じゼミになった友人がいて、一見ごく普通の学生なんだけど、あるときゼミの教室に赤ん坊を背負って現れたってことがあったからだ。
「おいおい、なにそれ。お姉さんの赤ちゃんの子守?」
二つ上の姉が既婚者だとは聞いていたから、自分のなかではそういう発想にしか至らなかったわけだ。
だけど、
「いや、俺の子」
あっさり言われてびっくりした。
「あ、先生には了解取ってあるからだいじょうぶだよ。もしゼミの途中で泣いたりしたら、教室の外に出てあやすし」
ゼミ中に子守りって、ぼくの想像の範疇になかったことだった。
「うへえ、お前結婚してたの」
「すごおい」
「かわいい」
一躍その学生はゼミの注目を一身に集めることになった。
「え、奥さんは? なにしてる人なの?」
尋ねると、
「うん、OLなんだけどね、いまはもちろん育休中。でも、今日は具合が悪くて、彼女のお母さんが看病に来てくれてるんだけど、病院連れてくから赤ちゃんお願いって言われたんでね。まあ、こっちはバイトくらいしか稼ぎがなくて、経済的にも世話になってるしさ。それでまあ、こうして背負ってきたってわけ」
「へえ、大変だなあ」
そういうと、
「いや、そうでもないよ。俺大学出たら保育士になるつもりだから。子供の一人くらい平気じゃなきゃ、とてもつとまらないだろ?」
涼しい顔で子守をしながら授業を受けていた。
そんなことを思い出しながら、壇上にあがった女性を見た。
「皆さんこんにちわ。三つ子の母にして、シングルマザーにして、花卉栽培業者にして学生の吉永咲耶です。今回のコンテストは未婚既婚を問わないということでしたので、友人の紹介によりぶっちゃけ賞金目当てで参加しました。ごらんの通りわたしには三人の子がありまして。いちおう花卉栽培業者としてそれなりの収入は得ているとはいうものの、子育て費用は潤沢にあるに越したことはありませんからね」

「あ、そうなんです。彼女が手がける花はですね、艶やかで美しいだけでなく、とても生命力も強いというので評判なんですよ。あちこちの品評会でも賞を取ってる有名な栽培業者なんです。うわあ、それにしてもかわいいお子さんたちですねえ。そろいもそろってきわめつきの美形だわ」
バギーを覗き込みながら司会の稗田が感嘆の声を上げた。
「稗田さん、フォローいただきありがとうございます」
よどみない口調で、なかなか弁舌が巧みだった。
「えっと、そうだ、これってコンテストだから、なにか皆さんにアピールしないといけないんですよね。うーん、それじゃあ、わたし花卉栽培のプロなのでってことで、このステージっていうか学園に文字通り花を添えたいと思います」
何が始まるというのだろう。皆は女性の方を見たが、女性の方は逆に別の方角を見るよう皆を促した。
「ええっと、それでは皆様周りをご覧ください」
そう言いながら頬かむりに手をかけた。
「はい、いきますよぉ、さん、にぃ、いち!」
合図とともに、頬かむりを外した。
ぱあああああああああああああああああああああああああっ。
そんな音がしたような錯覚をみなが抱いた。
つぼみが開いて巨大な花が開く。そんな幻影がすべての人を捉えた。神々しい花の開花に立ち会ったような畏敬の念が生まれた。
花開く顔(ル、かんばせ)。
咲き誇る花のような美貌。
地味なつぼみから、鮮やかな色彩の巨大な花弁がふぁさあああっと一気に開く。そんな光景を目の当たりにしたような感動。
ぱあっと明るい光があたりに差したような気がした。もう一つちいさな太陽がそこに出現したかのような、そんな輝きがキャンパス中を照らした。まぶしいほどの美貌がそこにあった。
「すっげー美人」
「メガトン級だな」
「いや、ギガだよ、いやテラだ」
「絶世だよ、あれこそ絶世」
讃美の声が上がった。けれども、驚きはそれに留まらなかった。
いまは学園祭シーズン、つまり秋である。それなのに、彼女から発せられる光輝がさああああっと音を立てるかのようにキャンパス中にぷぷぷぷぷぷぷぷっと広がった。すると至る所で、ぷちぷちぱちっぱちっと音を立てて花が開いた。まずは緑の葉すら落としかけていた桜の木が、いっせいに満開の花をぷちぷちぷちぷち、ぷちぷちぷちぷちっと連鎖的に開花させた。もこもこふわふわのピンクの花群が盛り上がった。桜だけではなかった。キャンパス中の、ありとある花が、ぷりぱちぷりぱち、ぴりぴちぴりぴちぴっぴっぴっとばかりに輝くような顔を広げ続けた。初秋のキャンパスが、一気に春の花畑の様相を呈した。
彼女がそこにいるだけで、なんだか小春日和のようにぽかぽか暖かい感じがし、そしてお花畑と化したキャンパスにはフローラルの香りが充満した。ポプリが降り注ぎ、柔軟剤がホースで撒かれ、トイレ芳香剤がタケノコのようにあちこちからにょきにょきと生え出し、香水の雨が降る・・・といった趣だった。心地よい香りが空気をしっとりと潤した。
「すっご~い」
「きもちいいっ!」
「なんてきれいなんだ!」
歓声が上がった。ため息がうねった。
「花咲かじいさんみたい」
「いや、でも灰とか撒いてないし、女性だし、若いし」
「じゃああれだ。そう」
「吉永咲夜、・・・ってことは」
「あれだ」
「そう、あれ」
「えっと」
「なんだっけ」
「あ、思い出した!」
「なに?」
「コノハナノサクヤヒメ!」
そんな声がどこからかあがった。
「そうその通り、よくおわかりになりましたね」
司会者の稗田がしゃしゃり出てきた。
「この方はですね、由緒ある・・・」
「咲耶!」
稗田の解説が仏陀、じゃないや、ぶった切られた。
遠くの方から呼びかける声があった。祈るようなすがるような語気。
高級なスーツを身にまとった青年が苦悩に満ちた表情で駆けてくる。その背後、いや前・横・後ろの全方位にボディガードとおぼしき屈強な黒眼鏡の男たちが併走していた。どうやらVIPな感じのお方のようだった。
「あ、あれ、丹儀野誠言(ル、にぎのまこと)じゃない?」
「ほんとだ、まこと様だ」
「やっぱかっこいいわねえ」
女子たちが騒ぎ始めた。
「丹儀野財閥の御曹司がこの大学にいるとは聞いてたけど、ほんとだったんだ」
「すごっ。リアルぼんぼんだわ。途上国の資源をちゅーちゅー寄生虫のごとく吸いあげて悪どく小ずるく非人道的に儲けてるあの多国籍企業の後継者が実在するなんて!」

「そりゃ、実在はするだろうよ。普段お目にかかれないだけで」
「そういう意味よ、そういう意味で言ったの。この大学にいるとは聞いていたものの、見たことなかったもん。ああ、そうであるなあ、実在したのであるなあっていう詠嘆の感じよ、わかんないわけそのへんの機微が、もののあはれが?」
などと言ったモブのざわめきの間を聖火ランナーよろしく走り抜ける丹儀野誠言。諸悪猛悪極悪の梁山泊と噂される多国籍企業の御曹司。やがてステージの下にたどり着くと、すがるような声で呼びかけた。
「ぼくが悪かったよ、ねえ、咲耶。お願いだから、どうか話を聞いておくれよ」
「どちらさまですか?」
マネーの国の王子様を前にしても、ステージ上の清貧そのものな三つ子の母はまったく動じなかった。
「だから、咲耶、そんなこといわないでさ。元夫婦だろ?」
「わたし、離婚した相手のことは秒で忘れることにしておりますので」
「だって、ぼくはその子たちの」
「おだまり!」
ステージ上の吉永咲耶は、マイクによって増幅された轟音の叱責で御曹司を黙らせた。
「それ以上、わたしの神経を逆なでする言動は許しません。あなたのせいでわたしの姉は」
「どうしたんだい? 岩奈ねえさんは?」
「家を飛び出し」
「家出かい?」
「バックパックしょっていまもアジアのどこかをうろついているはずです」
「なんだ旅行じゃないか」
安堵したセリフをもらしたのは、御曹司の失策だった。
「このうつけものが!」
火に油を注ぐ結果となった。
「それが傷心の旅だとどうしてあなたは気づかない? いや気づけない? そして姉と離ればなれになったわたしのこの寂しく悲しい胸のうちをどうして理解できない? うつけもの、おろかもの、阿呆めが! わたしとワンセットで姉をも娶りさえしていれば、悪徳で名高いあなたの会社とて、さらに盤石の悪徳の栄えを享受することができたでしょうに。なんて、これは反実仮想の仮定法過去完了! 実際には起こらなかったことを表してみただけよ。皮肉としてね。実際には、あなた、姉を一目見るや、なんと言いましたっけ?」
「え、えっとそれは」
「覚えてないとか言わせませんよ」
「いや、それは覚えてはいるけれど」
しどろもどろになる丹儀野。攻撃の手を休めない咲耶。
「さあ、おいいなさい。この会場に集まったすべての人の前で。あなたの非人道性、非人間性をさらけ出す一言を」
「えっと、その」
口ごもる御曹司。
「さあ、お言い!」
声高に威嚇する美女。
「ですから」
「言え!」
絶対の命令が下った。
「ぶ、ブスは失せろ!・・・です」
会場が静まりかえった。
「皆さん、お聞きになられましたか? この人のいまの言葉を。それだけではないのです。この男は、シャム双生児としてわたしと一心同体であった姉を、何の許可もなくわたしから切り離したのです」
「一心同体って」
「シャム双生児って?」
ざわめく会場。
「ご説明しましょう。わたしと姉とは一卵性双生児。すなわち同じひとつの卵子から生まれた双子でした。それだけではありません。わたしのこの右腕の肩から肘までと、姉の左腕の肩から肘までは融合していたのです。わたしたちは二人でひとつ、二人で一人の間柄でした。父の見立てでは、内面的な活力の八割が姉に、表面的な魅力の八割がわたしに割り振られていたということです。いずれにせよ、二人でいることでわたしはいつも満たされていたし、姉だってそうでした。
ところが私たちが十八歳になったある日、父が縁談を持ってきました。
『お前たちを見かけて一目惚れした人が居るそうだよ』
『ほんとですか?』
わたしたちは驚きました。二人で一人というこんな異形のわたしたちに惚れる人が居るなんて思ってもいなかったからです。
どうせわたしたちはモンスターだから、ずっと二人で仲良く生きていきましょうねと、わたしと姉の岩奈はいつも話し合っていたのです。そして、実際お見合いをした際も、あなたは常にわたしたちが二人で一人だということを尊重すると言っていた」

そう言いながら、咲耶はステージ前で小さくなっている若者を鋭い目で睨みつけた。
「『いい人ね。わたしなんだか気に入ったわ』
姉の岩奈は、一目見てあなたに惚れたようでした。
『そうかしら? わたしにはちょっと頼りなげに映りましたけど』
『そこはだいじょうぶ。わたしの盤石の生命力で支えてあげるから』
『そりゃあ、お姉様が力添えなさったら、誰でも活力漲るわよね』
『そして、あなたが花を添える。これで完璧じゃない?』
『ええ、そういうものかもしれないわね。わたしにはそれくらいしか能力がないから』
さんざん話しあった挙げ句、わたしたちはあなたの求婚を受け入れることにしたのです。ところが、結婚式の前夜、あなたはわたしたちの飲み物に睡眠薬を入れた」
「ええっ」
「まじで」
「婚約者にそういうことする?」
会場がざわめいた。
「やっぱ悪徳多国籍企業はやることがはんぱないなあ」
「それで、まさか」
「そう、そのまさかなのです。全身麻酔で眠らされたわたしたちは、翌朝なんとも言えない違和感で目を覚ましました。病院のベッドの上でです。しかもセパレートのシングルベッド。おわかりでしょうか? わたしたちの身体は小さなベッドにそれぞれひとつずつ横たわっていたのです。恐慌に駆られたわたしが横をみると、やはり青ざめた顔でわたしをみつめている姉が隣のベッドにいました。そして、わたしの右手の肩から肘に掛けて、姉の左手の型から肘にかけてが白い包帯でぐるぐる巻きになっていたのです。
『ああ、岩奈おねえちゃん』
『咲耶ぁ!』
わたしたちはベッドから飛び出し、お互いの腕をくっつけようとしました。けれども、完全に切り離されたわたしたちはもう元には戻れなかったのです。
そこへ、黒服にサングラスの男たちが現れました。
『さあ、咲耶お嬢様、結婚式のお時間です』
『ふざけないで! こんなひどいことしておいて、行くわけないでしょ』
『それは許されません』
『どういうこと?』
『応じなければ、パプアの森林を根こそぎ伐採するとのことです』
『なんですって?』
あ、皆様ここで『へ? なにそれ?』と思われたことでしょうね。実はわたしは、対植物相交感及交歓特殊感受性というものを持って生まれておりましてですね。世界中の植物たちと日夜語り合っているというか。いや、まあそれはいわゆる人間の言語ではないわけですから、むしろ通じ合っているという方が適切なのかもしれませんけれど、とにもかくにもわたしに言わせれば「人類皆友達」ではなくってですね、「植物皆友達」なわけです。
対する姉は対地殻交感及交歓特殊感受性をもっていまして、まあありていに申せば、この地球の地面のすべて、土、岩、砂、砂利、地層、マグマその他諸々と日夜口角泡を飛ばしつつ熱く語り合うとまあそういう関係性を切り結んでおるわけです。

日頃からわたしは、この男の親族たちが経営する企業が森林を破壊していることを憂えておりましたし、結婚したなら、これに加えて土壌汚染や、トップソイルの流出を招く工場型プランテーションの停止などを提言しようと考えていたわけです。
ところが、わたしの目の前にいるこの男は、卑劣にもそんなわたしの感受性を人質に取ったわけです。さらに黒服の男は、
『もし結婚できなかったら、俺はヤケクソになって東南アジアに所有している不毛の地にオレンジを撒きすらするだろう、とのことでした』
わかりますか、オレンジってミカンのことじゃないんです、柑橘類のことじゃないんですよ。エージェント・オレンジ、つまりベトナム戦争で米軍がベトナムのジャングルの上に大量散布した枯れ葉剤、しかしてその実体はダイオキシンってやつなんです。なんという非道な男でしょう。森林のみならず、姉とつながっている大地まで穢そうというのでした。
『わかりました。ね、お姉様、仕方ないから参りましょう』
わたしたち姉妹は手に手を取って立ち上がりました。
ところが、黒服の男たちは、私たちを引き離したのです。
『いえ、おいでになるのはあなただけです』
『なんですって?』
『もはやあなたたちは一心同体ではない。一心同体であれば花嫁として二人ともに迎えることもやむなしであったが、いまや二人は別々の存在。となれば、なぜにわたしが醜い女をこの家に迎え入れる必要があろうか? とのことでした』
『醜い女?』
『ええ、そこのブスのことですよ。ご主人もさんざん、あのブサイクめ、ドブスめと罵っておられました』
『ふざけないで!』
わたしは、黒服の手をふりほどき、姉のところに駆け寄りました。
『大地と植物がつながってひとつであるように、わたしと姉を切り離すことなどかないません。わたしだけと結婚するということは、まさに工場型農業の発想、大地をないがしろにする過てる思考法でしかありません』
『問答無用です。いいからおいでなさい!』
とうとう男たちは実力行使に出ました。ひしと抱き合って離れまいとする私たちを無理矢理にひきはがし、泣き叫ぶわたしを担ぎ上げて黒塗りのリムジンで拉致し去ったのです。姉とのつながりを失ったわたしは、身体に力が入らす、心に活力がわかず、切り花にされたバラのようにただぼんやりと日々を過ごすばかりだったのでした」
「なんてことだ」
「赦しがたい」
「結局、お前の親の会社が世界に対してやってるのと同じことを、お前は愛する女性に対してもやったってことだな」
非難の声が大企業の御曹司に向けられ、これはいかに屈強のガードマンを配しようと防ぎようがなかった。
「うるさい、おまえらだって、あえてブスと結婚したくはないだろうが!」
さっき咲耶に謝罪した舌の根もかわかぬうちに、ボンボンはとんでもないことを口走っていた。
「やっぱりそういう人なんですよね。わかってたけど、ほんと救いがたいわ」
咲耶は、心底軽蔑した口調で男を見た。
「さて、いまだからいいましょうか?」
そして少し底意地の悪い微笑みを浮かべて、咲耶がステージの下の男を見下ろした。
「なんだ、なんだっていうんだ」
「この子たち、あなたの子じゃないわよ。ええ、あなたが疑ったとおりよ」
「なんだと」
「誰があなたのような人間のくずの子供を身ごもったりするでしょう? わたしは、せめてものあなたへの復讐として、空気中に漂うありとある種類の花粉をこの身に取り込んだのです。さあおいで、華麗さを競い合うものたち。クレマチス、ラベンダー、チューリップ、シャクヤク、アマリリス、ペラゴニウム! 可憐な花を咲かせる樹木たちにも呼びかけたわ。アセビよ、ジンチョウゲよ、ドサミズキよ、ユキヤナギよ、ツツジよ、コデマリよ、エニシダよ! 有用なる薬効もてるサンザシ、センナ、ヨクイニン、ドクダミ、スイカズラ! 危険な毒をもつイチイも、イヌサフランも、チョウセンアサガオも、キョウチクトウも、ジギタリスも来たれ! わたしは、あらゆる種類の植物に向けてウェルカムの旗を掲げました。巨大なる雌しべと化したのです。あなたが鼻ちょうちん出して寝ている夜更けに、渦巻く花粉の大群が開け放たれた窓から恭しく頭を垂れて部屋へと入り、ヒトガタをなして諸手挙げて迎え入れるわたしの上に重なったのでした。かくして、わたしはこの世にあるすべての植物のエッセンスをわが子宮でまとめあげ、育て上げ、そしてこの三人のかわいい子たちを産んだ。初夜が明けてすぐに身ごもったわたしのことを、器量の小さいあなたは即座に疑ったわね? こんなに早く身ごもるわけがない、お前は不貞の輩だ。いったいどこの誰と不義の関係をもっていたのだ! などとあなたはわたしを責めた。そう、三行半を突きつけたのはあなたの方だったではありませんか。もちろん、これ幸いとわたしはさめざめ泣いて見せたりしつつ、心の中ではアッカンベーゼ、ベロベロバアッてな具合に舌を出しながら、『ひどい、ひどいわっ!』と悲劇のヒロインという狂言を演じつつ家を飛び出した。わかるかしら? わたしは怒って家を飛び出した態をとったけれど、実際は事実だったってことよ。ざまあみたらしだんごのべろべろばあ、この差別主義者の非人道主義者め!」
「そ、そんな」
よろめく御曹司。屈強なガードマンたちが駆け寄ってその身体を支えた。
「はは、ひ弱なもやしめ。これで終わりとおもうなよ。さらにも打撃をくわえてやろうじゃいのさ。さっき、わたしは姉がバックパッカーとして旅に出たと言った。そうよね」
「は、はい」
うなだれる丹儀野誠言。ニニギノミコト、あ、ちがったニギノマコト。
「わからないの、あなたには? 姉がアジアでの旅でなにをしているか? そう、その通りよ。いまあなたの脳裏をよぎったいやな予感。それがビンゴ! ってな感じにばっちり当たってるってわけ。姉はね、もちまえの尽きることない精力で、あなたの会社の悪事を暴く証拠をがんがん集めて回ってるのよ。パーム油のプランテーションで、エビの養殖場で、安価な洋服の工場で、あなたたちの企業がいかなる自然破壊を行い、人権蹂躙を行っているか。近いうちにすべて明るみにでるわ。
ちょっとだけここで会場の善良なる消費者の皆様にお教えしておきますけどね、皆様が『おいしいおいしい』と食べておられるポテトチップスとかカップ麺とか、その他チョコレート菓子にまで及ぶいろんな菓子類や加工食品の成分に『植物油脂』って書かれてありますよね。植物の油だからまあ、身体にはよさげですけどね、この植物油脂って実はパーム油のことなんですよ。つまりはアブラヤシの種から取った油です。でまあ、このアブラヤシの大農園を作るためにですね、こちらにおられるボンボンの親御さんたちはですね、東南アジアの原生林をばっさばっさ切り倒しているんですよ。何百万ヘクタールもの森林が失われ、森に住んでいた先住民は立ち退きを要求され、野生動物たちは住処を失っているのです。皆様がつまむ、あるいはすするポテチやカップ麺のためにです。これはほんの一例にすぎません。いかに皆様がなにも知らされていないかをお知らせした次第です。
姉のバイタリティを持ってすれば、どんな難事業も朝飯前。いずれ長大なビデオとレポートが提出され、あなたの親の会社は大きな打撃を被ることでしょう。お得意の手段で極秘の暗殺業者を雇ったとて無駄なこと。大地の力を宿した姉を、たかだか地上のモヤシに過ぎない人間風情が殺めることなどできはしないのだから。姉に近づく暗殺者は、突如ひび割れた大地の口に呑み込まれる、予期せず落ちてきた落石の下敷きになる、さらに暗殺者のなかに姉の容姿をあざ笑うものがあれば、その者は石と化して地に倒れ、ぱりぱりと割れることでしょう。姉の名は岩奈、つまりイワナガのふくみ名です。岩のごとき長命が姉の力なのです。あの時あなたがなにも言わず私たち姉妹を受け入れていれば、その姉の力があなたの企業の繁栄に力を貸しもしていたことでしょうに。まあ、それは私たちの本意とするところではありませんから、こうなったことをむしろわたしは喜びもしているわけですけれどもね。
さあ、お帰りなさい。そして、没落を、衰退を、矢のような非難を、糾弾を、無数の訴追を、そしてデザートとして浴びせかけられる哄笑と嘲笑を楽しむがいいわ」
「ああ、痛い、つらい、許しておくれ」
見れば、丹儀野誠言の頭の周りにはとげとげの草でできた冠が巻き付いていた。
「それはあなたの罪の冠。わたしたちの怒りが、わたしたち姉妹の憎しみが凝って形をなしたものです。オニアザミ、ミヤマイラクサ、メリケントキンソウ、イラクサなどのトゲある植物たちがあなたの頭に食い込んでいます。お気をつけなさい、毒のある草も混じっていますからね。だから、無理矢理外そうとはしないことですよ」
「痛い!」
「アウチ!」
「ぐはあっ」
力自慢のボディガードたちが、懸命にその冠を外そうとするのだが、鋭いトゲが刺さってとても力を入れることができない。おまけに毒が回って肩まで腕が痺れてしまうありさまなのだった。しかも、外そうとすればするほど冠は御曹司の頭に食い込んで、さらにも悲鳴を引き出すだけなのだった。
「もう抗うのはおやめなさい。あきらめて帰ることです。あなたが親御さんたちに、悪事から手を引くよう進言できたとき、初めてその冠は外れるでしょう。どんな名医をもってしても切開することはかなわず、もし電気ノコギリをつかったりしたら、逆にあなたの頭蓋まで切ってしまうことになりますよ。お気をつけ遊ばせ。そして、ボン・クラージュ、がんばってくださいね」
両肩をガードマンに支えられた御曹司の姿が消えた後、美貌の若きシングルマザーはにっこりとうなずいた。
「よきはからいに恵まれますよう」
消えたかつての夫に向かって軽やかに手を振ると、吉永咲耶はふたたび頬かむりで顔を隠した。
「ありがとうございました。吉永咲耶さんでした」
ほとんど出番のなかった稗田が、感謝の意を表した。
「こちらこそ、お騒がせして申し訳ございません。わたしの方では特になにも準備していなかったのですが、人間万事塞翁が馬と申します通り、予期せぬハプニングが、わたしの自己アピールに花を添えてくれました。ちょっと残酷喜劇ではあったかもしれませんが、お楽しみいただけたなら幸甚に耐えませんわ」
満場の拍手のなかを、バギーを押しながら去って行った。彼女の姿が消えるとともに、先ほどまで咲き誇っていた花々はまるで嘘だったかのように消えていた。
(第04回 了)
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*『ビューチーコンテストオ!』は毎月13日にアップされます。
■遠藤徹の本■
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