偏態パズル_第91回_cover_01偏った態度なのか、はたまた単なる変態か(笑)。男と女の性別も、恋愛も、セックスも、人間が排出するアノ匂いと音と光景で語られ、ひしめき合い、混じり合うアレに人間の存在は分解され、混沌の中からパズルのように何かが生み出されるまったく新しいタイプの物語。

論理学者にして気鋭の小説家、三浦俊彦による待望の連載小説!。

by 三浦俊彦

 

 

 

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■ 健康食品売場のため食料には事欠かなかった。左手指を引き金にあてた銃を女子従業員の腹に突きつけながら玄米パンを食った。顔を洗うのも顔の半分ずつ、目をふさがないようにして洗う。物の配置などについていかにも出まかせの関西弁で命令を出しまくり、トイレは九十秒以内と時間を区切った。ひとりの女子高生が九十秒以内に戻ってこなかったため男性従業員ひとりが射殺された。そのため誰もトイレに行くものはいなくなり、それでも行こうとする者をみなで引き留め、髪を引っ張りあう修羅場が現出しかけて銃口の前に静まり、全員が垂れ流し状態となった。永畠自身も小便は床の洗面器にし、大便は立ったままゴミ箱にして、女子従業員らに片づけさせた。

 じりじりとした緊張と疲労の二晩目。午後十一時十五分、北海道からヘリコプターで到着した母親が涙の説得。永畠は電話を切って接触を拒否。このときには永畠が一時期ビル解体現場や採掘場でごくわずかの間だが働いていたことがあると判明、ダイナマイトが本物であることは確実視されていた。(この時点では蔦崎公一本人の身元は突き止められておらず、ショットガンを買った時の永畠秋吉なる偽名をもとに別人が容疑者として特定されていた。呼び出された母親は説得の直後、東京で一人暮らししていた息子が当日朝トイレで便秘を原因とする心臓発作で突然死していたことを知らされることになる)。

 夜中に携帯電話で永畠自らラジオを要求。十五分以内に届けられなかったため男性従業員ひとりを射殺。朝、十九名の目隠しされた男の前に、従業員含めた三十七名の全裸の女が並ばされた。永畠は女たちにラジオ体操を命じる。ラジオの号令に会わせて女性全員が体操し、うちひとりの体操が間違っていたといって永畠は男性従業員ひとりを射った。大腿部を射抜かれた従業員は一時間苦悶して、絶命した。現場には死臭と啜り泣きが充満するようになっていた。

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 番組が終わっても、ラジオ体操は一時間半にわたって続けさせられた。目隠しされて跪かせられた男各々の顔に密着する形で女たちは体操を強要されたので、下腹部や腿や陰毛が男の顔をこすった。永畠の命令により男たちは、自分に密着して体操している女が自分のパートナーであるかどうかを答えさせられた。十九人中十人が自分の連れとくっつくように配置されており、でたらめに答えた場合の的中率は47.368~52.631パーセントだったが、結果は七人が正答、的中率36.8421パーセントで、理論値を大幅に下回った。永畠は激怒し、「なんたるざまや、愛は確かなんかおのれら!」正答できなかった十二人を全員射殺した。誤答に対する熱怒はむろん、路上尻嗅ぎ魔時代の自分が自ら課したブラインド評価によって並居る和尻群をさておき中華尻に軍配を上げてしまった痛恨の不首尾、への自己嫌悪自己憤怒エネルギーをこそ燃料としていたことは間違いない。女性らに命じて、死体を一つずつトイレに運び、予備の防火シャッターが閉められた。死臭は消えた。

 残った七人の男性客は、一九歳の大学生(連れは一八歳の恋人)、五三歳の自営業者(連れは四九歳の愛人)、三一歳の予備校講師(連れは二七歳の妻)、二六歳のアルバイト(連れは二六歳の恋人)、三九歳の写真家(連れは三五歳の妻)、二九歳の銀行員(連れは二五歳の婚約者)、二六歳の浪人生(連れは二二歳の妹)であった。初期おろち史上の人物がおろち紀元前画期的事件内被害者側にも紛れ込んでいないはずはなく、最適任として川延雅志&飯布芳恵がそれに該当することは既定事項だった。永畠秋吉こと蔦崎公一と元祖怪尻ゾロ川延雅志は目隠し作業完了直前にちらと目を合わせたことが諸証言で確認されており、共振する「幻覚性自己疑念」(第10回第二ブロック参照)が現場の壁や天井に遺した鱗状波紋の濃度も後に精密反復測定され、サイコメトラー捜査を補完することになった。

 「ソドムの市を知っとるか。これからわしが世界一でかいソドムの市を演じさせたるわ!」永畠はそう言って、七人の男の目隠しをそのままに女性たちに手足を縛らせ、全員仰向けに寝かせた。そして女性たちに、男一人一人の顔の上に順々にまたがるように命じた。

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 こうして男ひとりにつき十六歳~四十九歳の女性三十七人が入れ替わり立ち替わり顔に性器・肛門を押しつけてゆくという光景が現出したのである。(尻)おろせー、こすれー、やめー、ハイ次ー、おろせー、という永畠の号令にしたがってである。

 これが一巡したあと、もう一度別の順序で第二ラウンドの開始が告げられた。今度は男たちは触覚と嗅覚を駆使して、自分のパートナーの尻が回ってきたと感じたところで

 「これです!」

 と叫ぶよう命じられた。女は発声厳禁である。TV番組『愛を確かめたい』『ブラインド・フェロモン』(第51回参照)の示唆に従った命令であることは明白だろう。

 「いいか男ども、触覚と嗅覚だけや、味覚は反則や、舐めたらあかんで。男の唾がつくと後のやつらの邪魔になるよってな」

 まず一九歳の大学生が「これです!」と叫んだ。それは見事に彼の恋人が彼の鼻の上にまたがった瞬間であった。

 「よーし。ようやった!」確かに快挙である。やみくもに答えた場合の的中率は2.7027パーセントなのだから。永畠はきわめて満足そうに頷いて、大学生の目隠しを解かせ、恋人とふたり、服を持たせてシャッターの外へ解放した。後日このふたりは、饗宴開始後初の解放人質として脚光を浴び週刊誌の取材を受けたとき、ええ、彼女には治りかけのイボ痔があるのでわかったんです、日頃から騎乗位プレイを楽しんでいましたし、と明るく答えたのが話題になった。

 次に「これです!」と手を挙げたのは二六歳浪人生(私大教育学部退学後、国立大医学系浪人四年目)だった。これも正解だった。彼が四歳年下の宝石店勤務の妹の尻の臭いをいかにして嗅ぎ分けられたのか、今もって不明である。「えらいぞ! 見上げた兄妹や!」このふたりもただちに釈放された。

 永畠秋吉は正解連続に上機嫌で、試験を中断し、人質全員に一口ずつワインを振る舞った。再開後最初に「これです!」を挙げたのは二九歳の銀行員だった。永畠はただちに銀行員の目隠しをむしり取り、髪をつかんで、直前まで尻を預けていた女の眼前に銀行員の顔を持っていってがくがく揺さぶった。

 「これか! これがわれの大切なフィアンセかい!」

 銀行員の眼前にあったのは四九歳の未亡人だった。若作りの化粧はしているが、目尻と喉元の皺はとうてい婚約者たる二五歳の薬剤師のものとはかけ離れている。しかし尻は……?  「アホたれが! ピッチピチのかわいい婚約者を、こんなしなくれたオバハンと間違えるとは何事や! おれは人が愛情裏切るの見ると我慢できんのや!」永畠は涙声で絶叫して銀行員の鼻を正面から撃ち抜いた。そして四九歳の未亡人の顔にも銃口を向けたが、「いや、あんたは悪うない」凍りついている一同を見回して、「おのれがぼんやりしているから愛が一つ潰れてしまったやないかい!」五三歳の太った自営業者を、目隠しを解かぬまま真上から鳩尾を撃って射殺した。そう、永畠的に最悪のパターンなのだった。四九歳未亡人ははじめにこの五三歳自営業者の顔にまたがっており、そこで彼が我が愛人を識別して釈放されてしまっていれば、哀れな銀行員の過ちも起こらずにすんだだろうから。

 「そや。二十五歳と間違えられたんはそれなりの快挙、と言いたいとこやが……こんのアホウめが! 愛人にアピールでけへんかったのは女の落ち度や。男だけ殺したんは不公平やな!」永畠はおもむろに向き直って、「中途半端な愛で不倫すなゃ!」四十九歳未亡人の下腹部を撃った。

 三人の死体はトイレにかつぎ込まれた。ただし四十九歳未亡人は実は弾丸がかすったにすぎず、ショックで失神し出血も多量だったが一命を取りとめ、救出後三日で退院した。

 次の「これです!」は、末期的な震え声だったが三九歳の写真家が発した。そのとき彼の鼻に尻の蓋をしていたのは二十二歳の売場従業員だった。三五歳の妻がわなわな震えている。彼女は次に夫に乗っかる順番だったのだ。(三五歳妻のわななきぶりは後にサイコメトラー高塚雅代によって最もリアルに感涙とともに報告され、当該夫婦の絆の強さを印象付けた)。

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 「惜しいな。奥さんは次だったんや。たしかに奥さんと似たグラマーな尻やけどな……」ふたりとも七十キロは下らないFカップスタイルである。「一回り歳が違うわ! 古女房を買い被るのもたいがいにせい!」永畠は写真家のこめかみを二度撃ち抜いた。

 三五歳の妻がわなわな震えているのがオレにわかったのは(……と川延雅志は後にアンチ金妙塾系列主催「元祖怪尻ゾロを囲む会」にて証言している……)写真家射殺の瞬間オレの顔にまたがっていたのがこの震える彼女だったからだ。「あなた……」という古風なうめきが洩れたのを聞いて、オレは勃起してしまった。こんな時に……、オレはむしろ感動した。女のうめきに感動できる自分のペニスに、感動していたのだ。しかし恐怖は圧倒的だった。オレも顔上の彼女に劣らず、震えていたのである。

 (くそお……。どれが芳恵のなんだ……)

 オレは芳恵の下半身に舌を這わせたことはない。わかりようがないではないか。次々に顔をふさいでゆく肉塊のうちあるものは酸味強く、あるものは甘酸っぱく、あるものは無味かつ灼けつくように熱く、あるものは染み込むほどに粘着し、あるものはむっと生臭かった。しかし芳恵の人格を伝えてくるものはない。次でもう二十八人目くらいである。すでに芳恵は顔の上を通過してしまっている可能性が高い。しかし残り十人のうちどれかで「これです!」を言わなければ確実に殺されるのだから……。

 と思っているうちに、次の尻がぺたっと重みを乗せてくるやいなや、びちびちびちっ、と生ぬるい臭気がオレの鼻と唇を覆ってきた。び、び、びちりびちりびちりっ、ビブにゅぷぷぷぷぅーっ!

 液状というにはあまりに高密度重濃度の下痢が噴き降りてきたのだ。粒状繊維を無数に含んだ粘液がオレの唇の間に潜り込むようにしてたちまち口腔いっぱいに溢れ返った。オレの顔はアッというまにもんじゃ焼きになってしまった。

 オレは鼻の穴もふさがれ、窒息感に包まれた。手を挙げてオレの喉は溺れ声を叫んでいた。「これだよこれ、これですよ!」瞬間、そうだ、たぶんオレが街路で、原宿や歌舞伎町や六本木や錦糸町の街路で殴り倒しまくったやつらも同じこの苦悶を味わっていたのだろうと思うと一種の感動にぐらぐらと頭が煮えたぎっていた。猛烈な悪臭のただなか、オレは窒息して気を失った。

 一瞬の後だろう、気がつくと、眩しかった。目隠しは解かれていて、芳恵が心配そうに覗き込んでいる。正解だったのだ、と直観した。しかしこれは殺されるかもしれない……とオレは本能的に思った。味覚は反則だと言い渡されていたのだから……。

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 「ブサイクのわりには機転が利く女やな」と永畠の声が降ってくる。「いくらソドムの市いうてもな、これからの予定だったんやが。せやから反則で撃ち殺したるとこや、ほんまなら」オレはぞっとして身を起こした。「ふふん、けどこの創意工夫てやつかい、度胸に免じて許したるわ。男の方もよく判断しよったな」(そのあと小声で永畠が「イケメンかけるブサイクの組み合わせいうとこも気に入ったわ」と呟いているのがサイコメトラー捜査により確認されたという)。

 オレと芳恵はすんなり釈放された。

 薄目に開けられたシャッターから警官に手をつかまれてすり抜けるとき、「だからこれからやで!」という犯人の声が遠く聞こえた。「女は全員男の顔に今の天晴れなカップルみたいにせえ。出ない女は撃ち殺したる。出が悪い女もそれ相応にしたる。男は味と臭いで精魂込めて判断せい!」

 永畠秋吉のデパート籠城四十二時間め。

 川延雅志&飯布芳恵の釈放後三時間ほど。

 永畠秋吉は人質解放のための、ある重要な国家的取り引き条件を口走った。その言葉は、当日中に《反国家主義的科白》と名づけられて報道されたが、なぜそのような名がつけられたのかはいまだに不明である。

 《反国家主義的科白》は拡声器によってまわり取り巻く警察・野次馬・マスコミの耳に降り注ぎ、テレビを通じて全国に流された。それは「あの人たちを二十四時間以内にここへ連れてこい。あの人たちだ。いや、あの人たち系列のなかの三大美尻にしよう。三大美尻におれの言うとおりの行為をしてもらう。大革命だ! それを各キー局はアップでテレビ生中継で全国放映しろ。さもないと人質全員を殺し、このデパートを爆破する」というものだった。テレビを見ていた九割九分以上の人間には代名詞含みのこの科白の意味はただちにはわからなかっただろう。残る一分の人々から始まって、徐々に理解、もしくは当人たちが理解と思っている事柄がそれぞれの同心円を描いて波及し始めた。

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 野外で抗議集会がなされたのである。

 ネット上集会はもちろんのこと、わざわざ野外に迅速に人が集まったという成行におろち文化的萌芽期らしさが表われている。

 最初に反応したのは、幾人かのトップアイドルのファンクラブ会員たちで、このような状況で美尻を要求されるとは我らがアイドルに違いないと、身内過大評価的な同心円波紋の嵐とともに、青文字系の誰々を生贄にするな、赤文字系誰々を連れてくな、人質よりヒロスエだ、しょこたんバンザイ、フカキョンを守れ等々と(あえて微妙に懐メロ系固有名詞を交えたのはもちろん、ネットはともかく足を使った野外での集まり具合が当代最盛期のグループ系若年アイドルがらみよりも三十代以上の女優もしくは歌手の名を連呼する筋に偏っていたという思えば意外でもない事実が記録されているからである)それぞれの思い込みを吐露した座り込み抗議集会をめいめい開いたが(ちなみにグループ支持派以外の大多数の集会メンバーが犯人の用いた「あの人たち」という複数形を無視して単一対象を押し立てていたのは情報混乱のゆえよりも、大事件に便乗して最新トレンドに巻き返しを図るオールドファンの確信犯的思惑が働いた可能性が高いとされる。集会動員数ベスト3は不確実なフライング集計報告ながらキョンキョン、のりピー、悠木碧だったとされ、なぜかような結果でなければならなかったかは現代おろち学最前線的知見をもってしても微妙に謎だとされるが、ちなみに声優陣トップの悠木碧については鹿目まどか票+アイリス票+未空イナホ票の推計三倍に達した雛月加代票が主因だったことが判明している)、永畠の条件発声から平均わずか五十分程度の迅速ぶりで全国野外百七十余箇所自然発生的にそのような集会が反犯人的スタンスにおいてではなく反国家的スタンスで開かれていたその「反」の向かい具合の有様が《反国家主義的科白》という呼称の意味だとも囁かれるのだが、それらアイドル系声優系たちを尻目に、国家もまたいや国家こそ機敏に反応した。

 行政や司法がこれほど機敏に反応できるのかというくらいに反応した。

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 永畠秋吉が二度目に当該科白を叫ぶ前にと、警官隊は強行突入を命じられた。国家がアイドル防衛のために大勢の人質の命を危険にさらすとは考えられないというのが当時からの定説で、ファンクラブ群とは明らかに別種の対象を想定していたようである。永畠秋吉こと蔦崎公一の真意がどこにあったのか、もう一度あの科白が叫ばれるのを待ってみたかったというのは現おろち学者や歴史家やアイドル研究家の希望ばかりとは限るまい。人質を救うためというよりは永畠の発声を封じるための強行突入は反国家的口走りのわずか六十五分後であった。(したがって対国家的アイドル防衛集会に赴いた大多数の人々は目的地への途上で強行突入のニュースを聞くことになった)。

 警官隊は突入してすぐ、総監命令に従い、人質の間に横たわって液状化おろちまみれになっていた永畠を射殺した。後の研究によると、射殺される以前に大量の大便を喉に詰まらせて窒息死していたという説が有力ではある。人質の男たちは全員頭を撃たれて死んでいた。女たちは軽傷者を一人出したほかは全員無事だった。卵子が精子より生物学的にはるかに貴重であるごとく、XXおろちはXYおろちよりはるかに文化的需要が見込まれるゆえ生身の♀を優先的に残さねばならぬ、という犯人なりのサステナビリティ意識もしくは無意識による結果だというのがベタながら揺るがぬ定説である。

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 国家が取引に応じなかったことに対し、アイドルファン、アニメ・ゲームファンは歓呼し、ネットに警察礼賛の辞が乱舞した。ついで在日パキスタン協会をはじめとするイスラム教徒の代表団が「イスラムへの冒涜を未然に防いでくれたことに対し日本の警察に感謝する」という声明を出した。犯人のターゲットがイスラム系偉人であった場合に厳粛に備えていたものと考えられる。同様の感謝声明はイスラムに限らず、キリスト教に仏教および大小無数の新興宗教にいたるありとあらゆる宗教・宗派の在日拠点から発せられた。

 なお、警官隊突入の混乱の現場で拾われ保管されていた黒手帖に、「尻嗅ぎ通り魔(本家)」のものとおぼしき日時、女性の特徴、尻臭、分野別ランキング、総合ランキング、金額を克明に書きとめた記録が発見され、これが永畠秋吉すなわち蔦崎公一イコール尻嗅ぎ魔の正体という定説の根拠である。しかしこれは短絡的に過ぎ、その場の人質全員に嫌疑がかけられるべきであることは言うまでもない。しかも重大な事実として、尻嗅ぎ被害者の会→ボトムスペースのうち五人が、尻嗅ぎ被害現場において尻嗅ぎ魔の背後に女性が見張りをしていたようだったと証言しているのである(ただし証言者五人のうち四人までがボトムスペースのいかにも邪教らしい内紛によりおろち元年に死亡もしくは植物状態に陥っており、その真相究明は今後の研究に値するであろう)。

 本事件とたびたび比べられる梅川事件(1979年1月26日@三菱銀行)のときに劣らぬ強行突入・犯人即時射殺のテクニックは称えられたが、永畠の「要求」の真意は何であったか、なぜ国家がかくも機敏に反応したのか、事前に何かが予告、予習されでもしていたのか、何の気運が予定調和的にであれ熟していたことの標しなのか、しかしこのことの論議は今日にいたるも決着していない。国家が〈あの人たち〉なる語の指示対象を素早く察したがゆえの敏速反応だったと今日では思われているが、振り返ってみるに、アイドルシンパや在日諸々教徒の行動から推しても、政府・警察・識者・一般市民・人質そして犯人を含む事件渦中何千万人の誰一人として同じ指示対象を心に抱いていたという保証はないのである。

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 ともあれ。

 ……あの夜を反復すればきっと通じる、おろちがらみで要らぬ起伏をこうむった私たちの仲だもの、という信頼感がありました。とは後年の飯布芳恵のポスト金妙塾系勉強会内での発言である。ただ本来は飯布芳恵的には、犯人に気づかれないようひそかに放屁によって合図しようと思っていたのだという。それが緊張のあまり腹が下ってしまい、ああいう本当の彼我入れ替え的反復に結実したのだった。

 

 しかしなぜ……蔦崎公一だったのだろうか、暴発の当事者が。

 本来はあの男の方ではなかったか。いかなる波動がどのように働いたのか。そもそも憑依的に傾きすぎの事件ではなかったろうか(第60回等参照)。人間的性格の絡み合いでは説明できぬ構造的捻じれ、おろち史は黎明から一筋縄ではいかぬ一見必然性不明の捻じれをよい意味で抱えたまま出発したのであったがやはり……憑依……。さしずめ単純憑依説か……。

 いや、おろち学史上あまりに乱用されやすかったその個別的にして疑似万能の説明〈憑依〉はひとまず措こう。より包括的な理論が当面必要とされるはずである。ともあれ件の構造的捻じれは一振りではほどけない定めなのだった……。

(第91回 了)

 

* 『偏態パズル』は毎月16日と29日に更新されます。

 

 

 

 

 

 

■ 三浦俊彦さんの本 ■

天才児のための論理思考入門  下半身の論理学

 

 

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