仙田学_ツルツルちゃん2 _07_cover_01イケメンチンドン屋の、その名も池王子珍太郎がパラシュート使って空から俺の学校に転校してきた。クラスのアイドル兎実さんは秒殺でイケチンに夢中。俺の幼なじみの未来もイケチンに夢中、なのか? そんでイケチンの好みの女の子は? あ、俺は誰に恋してるんだっけ。そんでツルツルちゃんてだぁれ?。

早稲田文学新人賞受賞作家にして、趣味は女装の小説ジャンル越境作家、仙田学のラノベ小説!

by 仙田学

 

 

 

第三章 Gよりコンパクト(中)

 

 

未来の話によると、こんなことがあったらしい。

放課後、いつものように兎実さんと羊歯とおれと四人で下校し、おれがマンションの前まで送ってやった後のこと。

またもやアントニオ小猪木の激レアDVDを忘れたことに気がついた未来は、すぐ学校に引き返したらしい。

ほくほく顔でDVDを抱えて教室をでたところで、池王子に遭遇した。

ひと気のない廊下に池王子は例の斬新な服装でひとり立ち尽くし、せわしなくあたりを見まわしていたという。

男子トイレの前だった。

慌てた様子で髪をいじりながら、池王子は声をかけてきた。

「おまえモデルやってんだってな、名前聞いてもわかんなかったけど、何にでてんだよ? とか、やたら気安く話しかけてくんの」

「誰かが教えたんだろ。有名人だもん。てかそろそろ、おれの上からどかないか?」

「うざいからガン無視したまま通り過ぎようとしたら、通せんぼしてくんの。まじでやってんの? 整形してないなんてことないよな、それかCGとか使ってんの? いまは簡単に画像加工できるから、腹の肉とかいくらでも誤魔化しきくらしいよな、とか、ぺらぺら喋ってきて」

「かなりの暴言だな。うぐっ」

おれの腹の上で未来がからだを揺するたびに、膝が腹に食いこんでくる。

イカ飯が逆流してきそう。

「超むかついたから、体当たりで強行突破しようとしたの。そしたら、これじゃ兎実のほうがまだマシだな、とかつぶやいてきたんだよ。思いっきり睨んでやろうとしたらさ、ぐっと腕を掴んできて。そんとき初めて顔見たんだけと、髪がボサボサで、すごい汗かいてて、目が溺れてんの」

「ひょっとして、泳いでた、か?」

「あんまりにも溺れてて、きもいから離れようとしたら、腕ひっぱってきて、男子トイレに連れこもうとしたんだよ」

「なんだって?!!!」

おれは勢いよく跳ね起きた。まだ乗っかったままだった未来が、頭から転げ落ちる。

「どどどどしたんだそれでっ?」

「痛ったいなあ! どうもしないよ。思いっきり頭突きして逃げてきたに決まってんじゃん」

未来の頭は貴金属なみの硬さだ。

文字通りのダイヤモンドヘッド。おれも何度か頭突きをくらって失神したことがある。

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「かわいそうに……あっ、いや」

「でしょでしょ?! ありえなくない? まじなめてるよねっ」

うまい具合に誤解してくれたようだ。

どう考えても、かわいそうなのは池王子のほうだろう。

「う、うん。ひどいやつだな。兎実さんにも言っとこう」

「あんた。それでも男? かわいい幼なじみが犯罪に巻きこまれようとしたんだよ。どう考えてもお礼参りっしょ、この場合!」

「頭突き……もう充分かな……なんて」

ふたたび未来が腹の上によじのぼってくる気配に、おれは中腰になって後ずさった。

「なに? よく聞こえなかったんだけど。もっかいいってご覧」

「なにもいってないぞ」

ずい、と未来が突きだしてきた額を、おれはすんでのところでよける。

「あんたのやるべきことはひとつだけ!! なにをすればあいつがいちばんヘコむか、アイディアをだしなさい」

 

待ち合わせ場所の郵便局前に立っていたのは、羊歯ひとりだった。

「羊歯ちゃんおはよっ」

「おはよう」

飛び跳ねるようにして駆けていった未来は、羊歯とハイタッチを交わす。

羊歯のぐるぐるメガネに反射した太陽の光を遮るように、おれは弱々しく右手をあげた。

未来のやつ、なんでいつも以上にテンション高いんだ。

肩を抱きあって小走りに進んでいくふたりの後を、おれはヨロヨロと追いかける。

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池王子をヘコませるアイディアをだせとの難題に、おれは明け方までかかって応え続けたのだった。

背後から近づいて膝カックンをする。却下。

お化けの話をして怖がらせる。却下。

嘘のテスト範囲を教える。却下。

未来はおれのベッドにあぐらをかき、険しい顔で天井を睨みつけたまま、首を横に振り続けた。

百八つは提案しただろうか。

新聞配達屋のバイクの音が響いてくる頃になると、業を煮やした未来は部屋のなかを歩きまわりだした。

散らばった雑誌を一冊掴んで丸め、素振りをしながら、いまからイケチンを成敗しにいくと息巻いて。

説得してあきらめさせるのにまた小一時間ほどかかり、結局ふたりともほぼ完徹で登校するはめになった。

これに似た無意味な徹夜を、これまで何度繰り返してきただろう。

これから何度繰り返すのだろう。

「そうこなくっちゃ!!!」

おれの背中を全力で叩いてきたのは未来だ。

「おまえいつの間に後ろに」

「聞きなよ。羊歯ちゃんに、例の件相談したんだよ。そしたら、超いいアイディアだしてくれたっ」

そのまま未来はおれの肩を引き寄せる。

耳もとを熱い息がくすぐった。

「……そんなこと。いいのかよ」

反射的に羊歯を振り返ると、ぐるぐるメガネの底で、切れ長の目が不吉な魚の鱗のように鈍く光っていた。

 

昼休みが始まった直後だった。

チャイムが鳴るやいなや弁当を広げる者。

思い思いのグループに分かれてダベり始める者。

購買部へパンを買いに走る者。

教室は早くも動物園のサル山の様相を呈していた。

「でた―――――――――っっっっっ!!!!!! でたでたでた、でた――――――――っっっっっ!!!!!」

窓ガラスにヒビが入ったほどの大声で絶叫したのは、未来だった。

机を蹴散らしながら、未来は黒板の前まで疾走していく。

教卓にド派手なビンタをくらわせ、人間離れした大音声を張りあげた。

「Gだ――――――――っっっっ!!!!! Gがでた―――――――っっっ!!!」

「まじ? やだー」

「どこどこ? ありえないんだけどー!」

青ざめた表情で席を立ち、女子たちは悲鳴をあげる。

「わらじサイズだよ、わらじサイズ!! 外はカリカリ、なかはジューシーな茶羽根Gだよ!」

未来は楽しからぬ補足説明を加える。

男子たちからも野太い雄叫びが沸き起こった。

逃げ惑うクラスメイトたちのど真んなかに、未来は教卓を蹴り飛ばした。

その上にダイブすると仰向けに転がり、白目を剥いて両手両脚をひくつかせる。

ご丁寧にも、Gの形態模写とは!

まさに、スリッパで叩かれたGが憑依したような、神がかった動きだった。

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「いーちゃん、だだだだいじょーぶっ?」

いろんな意味で凍りついた皆のあいだから飛びだしたのは、兎実さんだった。

わしゃわしゃと手脚を蠢かせている未来の腹に両手を押し当てると、ちょっと飛んで全体重をかける。

「ぐふっ」

未来は口から泡を噴き、動かなくなった。

兎実さん、胸骨圧迫をするなら、腹じゃないよ。胸の真んなかだよ!

「ねえねえみんな、たいへんだょ? いーちゃん、虫とかほんとダメな子なんだぁ。助けてあげよーょ。やっぱ保健室、かなぁ?」

大きな目に涙を溢れさせ、兎実さんはそのへんのやつらに訴えかける。

教室が真っ暗になり、そこにだけスポットライトが当たったかのようだった。

いま未来が気絶したのって、虫が原因じゃなくて兎実さんに腹を押されたからじゃ? なんて疑問は、誰の頭にも浮かばなかっただろう。

兎実ふら劇場、という言葉がおれの頭をよぎった。

「兎実さんの頼みならっ」

「おし! 人工呼吸おれ担当するわ」

「未来ちゃんに気安く触んな!」

男どもは掴みあいをはじめた。

兎実さんと未来のまわりに、女子たちが群がる。

「ふらちゃん、ここはあたしたちに任せて」

「保健室連れてこ」

「うちら頭のほう持つからさ、脚のほうお願い」

せーの、と声をあわせて、女子たちは未来を抱えあげる。

「みんなぁ、ありがとぉ。いーちゃん、もう少しの辛抱だから、ね」

兎実さんは兎柄のピンクのハンカチで涙を拭いながら、女子たちを先導していく。

兎実さん自身は未来に指一本も触れていない。

お姫様と、獲物を抱えたその家来たちの一行のようだった。

さすがに五年来の親友だ。

未来は極度に虫が苦手だった。

自分の腕に止まった蚊を見て失神したこともある。

そのことを知っているのは兎実さんとおれくらいのものだ。

咄嗟に駆けつけてきた兎実さんの顔に浮かんでいたのは、親友を心底気遣っている表情だった。

「ふら様、目線を! 目線をくださいっ!」

一眼レフを構えた蛸錦が、女子たちのまわりを駆けまわりだした。

兎実さんはいったん皆を止め、笑顔で記念撮影をしはじめる。

だが。おれの頭にはどす黒い疑念も沸いてくる。

兎実さん、わざと未来を失神させたんじゃね?

……いや、兎実さんは超絶美白天使だ。

兎実さんを疑うなんて、まともな人間にはできることじゃねえ。

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激しく頭を振るおれの腕を、ひんやりとした手が掴んできた。

振り返るまでもなくわかっていた。

羊歯だった。

唇を引き結んだまま、羊歯はぐるぐるメガネを教室の隅へ向ける。

視線の先にいるのは池王子だ。

今日も兎実さんから渡されたらしいスペシャル★ランチボックスと、メイドお手製の重箱の入った風呂敷包みを両手に、呆然と立ち尽くしている。

羊歯に背を押され、おれは一歩を踏みだした。思いのほか強い力だった。

おれは両手でごしごし顔をこする。

ダメだダメだ、兎実さんのことからいいかげん気を逸らさないと。

任務遂行だ!

おれは足音を殺し、池王子の背後へとまわりこむ。

池王子の机の上には、金色のコンパクトミラーが置かれていた。

音をたてないよう、そろそろと手を動かして、おれはコンパクトミラーを尻ポケットに滑りこませる。

羊歯のそばに戻り、コンパクトミラーを手渡すと、羊歯は自分の鞄にしまいこんだ。

――イケチンの鏡を隠してやるんだよ。

今朝方、未来に耳打ちされた言葉が蘇る。

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――羊歯ちゃんがいってたけど、あいつ、しょっちゅう鏡見てんだって。授業中も教科書の陰でチラチラ、平均十分に一回はチェックしてるらしいよ。なくなったら探すよね絶対。そしたら近寄ってって、みんなの前で返してやんだよ。鏡よ鏡、鏡さん、この世でいちばんのイケチンは誰~れ? このナル男かな? このナル男かな? このナル男かなー? ってね。みんなドン引きだよ!

口早にまくしたてると、未来は鞄を放り投げて空中でキャッチし、小躍りしていた。

……小学生かよ。

Gがでたと、未来がクラスで大騒ぎをする。

そちらに注目が集まっている隙に、羊歯が池王子のコンパクトを隠す。

コンパクトがなくなって取り乱す池王子を皆で笑おう。

登校中に三人でまとめあげた計画は、そんな趣旨のものだった。

とりあえず、成敗するだのなんだの、物騒な方面に話が転がってかなくてよかった。

未来も満更じゃない様子だったしな。やりすぎて保健室送りになったけど。

しかし、羊歯のやつ、よくここまで未来のキャラを把握してるもんだな。

それだけじゃない。池王子が一日に何回も鏡をチェックしていることまで、よく見てる。いわれてみりゃたしかにそうだけど。癖なんだろうな。

まあ、男が鏡を取られたくらいで、たとえば取り乱したりなんかするわけ……。

「ない――――――――――――っっっっっっ!!!」

裏声で絶叫したのは、池王子だった。

(第07回 了)

 

* 『ツルツルちゃん 2巻』は毎月04日と21日に更新されます。

 

 

 

 

 

■ 仙田学さんの本 ■

盗まれた遺書 ツルツルちゃん キャラ設定画付kindle限定版 (NMG文庫)

 

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