高島秋穂さんの詩誌時評『No.018 角川短歌 2015年08月号』をアップしましたぁ。特集『保存版 大特集 没後五年 河野裕子の魅力 全歌集解説』を取り上げておられます。高島さんは、『戦後には現代短歌という新しい短歌潮流が起こりました。この〝現代○○〟はおおむね二つのベクトルに分けることができます。一つは戦前に文学が全体主義体制に巻き込まれていったことへの反省から生まれた社会批判詩です。もう一つは新たな言語表現を探求する詩です。歌壇では現代短歌と総称されますが俳壇では社会性俳句と現代俳句、自由詩壇では戦後詩と現代詩という区分けになります。もちろん社会批判派と言語派を厳密に分けることはできませんが多くの戦後詩人たちがその影響を受けました』と書いておられます。

 

こういった大局に立った分析は絶対に必要です。当然ですが、創作の現場では散文的分析はほとんど役に立ちませんが、だからこそ散文で分析できる認識は、できるだけ論理的かつ無理のない形で突き詰めて考えておいた方がいいのです。その作業をしておかないと、創作現場で無用な混乱が起こってしまう。特に俳人や自由詩の詩人は思い当たるところがあると思いますが、一ヶ月後には自分でも何を書いたか忘れてしまうような批評をいくら書いても無駄です。難解さが作家の側に思想的内容が無いことの隠れ蓑にされがちな時代だからこそ、平明な文章を書かなければなりません。

 

みごもりて宿せる大きかなしみの核のごときを重く撫でゐつ

必ずや吾を喰ひつくす男なり眼をあけしまま喰はれてやらむ

しつかりと飯を食はせて陽にあてしふとんにくるみて寝かす仕合せ

さびしいよ息子が大人になることも こんな青空の日にきつと出て行く

左脇の大きなしこりは何ならむ二つ三つあり卵(たまご)大なり

誰か居てわたしは怖い 母が死ぬ真水の底のやうなこの部屋

何年もかかりて死ぬのがきつといいあなたのご飯と歌だけ作つて

手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が

 

さて、高島さんが論じておられるのは、河野裕子さんの短歌です。引用は河野さんの生活短歌ですが、これだけではありません。河野さんはこの他にも観念の世界にまで超出した素晴らしい作品を数多く詠んでおられます。高島さんは、『技法も内容もオーソドックスな河野さんの歌には彼女特有と言える空虚が認められます。そのブラックホールのような空虚が彼女の生活短歌を華やかにし一方で不穏なものにしています。河野文学についてはしばしばオノマトペや重層表現や特徴的な格助詞の使い方が論じられます。しかし技法は技法に過ぎません。河野文学の技法を学ぶことは本質的な意味で短歌の新し味には寄与しないのです』と批評しておられます。

 

 

高島秋穂 詩誌時評 『No.018 角川短歌 2015年08月号』 ■

 

 

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