星隆弘さんの連載演劇批評『現代演劇の見(せ)かた』『No.017 SPAC『真夏の夜の夢』』をアップしましたぁ。静岡県舞台芸術センター(Shizuoka Performing Arts Center : SPAC)さんの、フェスティバル/トーキョー15での公演作品を取り上げておられます。演出はSPACの芸術総監督・宮城聰さんで、脚本はシェイクスピアの『夏の夜の夢』に基づく野田秀樹さんの翻案です。『最大の加筆は悪魔メフィストフェレスの登場であるが、この悪魔は森の妖精パックに化けて原作の筋立てを滅茶苦茶にしてしまう。役を奪われたパックは瓶詰めのホムンクルスとなって劇の外側に追いやられる』と星さんは書いておられます。

 

SPACは優れた舞台美術で知られていますが、今回も素晴らしかったようです。星さんは『メフィストフェレスによる劇世界への介入は翻案者による戯曲への介入の隠喩であり、原作を勝手に書き換える翻案行為が本作の根源的なテーマである。ゆえにメフィストフェレスは野田秀樹の化身、そして作中で「物語」の力によって一度は森を破滅に追いやりながらもその救い手となる主人公・そぼろは、劇世界とその外とをつなぐ存在として描かれる。宮城はこの関係を衣装で表現する。メフィストは黒い衣装、そぼろは灰色の衣装、ほかの人間たちは白い衣装、妖精たちは新聞紙でできた「言葉」の衣装である。森の美術の素材も新聞紙なら、そこは「言葉の森」であり、白、灰色、黒に身を包んだ森への闖入者たちとは異なる存在であることが視覚的に表象される』と書いておられます。

 

また野田さんの脚本は、翻案とは何かという問題を提示しています。それについて星さんは、『翻案者のインクは修正の朱字ではないし、原作の印字の黒さに匹敵する黒々とした力であればこそ、メフィストはあれほど漆黒に表象される。翻案は原作に対し、ひとつの批評として等価に対立する。(中略)野田秀樹の翻案は、メフィストの登場によって翻案行為そのものを批評する翻案であった。メフィストが行う書き換えは翻案者の悪魔的暴力であるが、ある種の自己批判として提示されている。(中略)翻案者の暴力は、「読む」という行為に伴う、どんなに抑え込んでも決してゼロにはならない暴力なのであり、野田はその行為を悪魔に化身させて舞台上に提示している。いかに希薄しても透明にはならない黒い粒子として。それが筆先に濃縮されたときに翻案が起こる』と批評しておられます。どこか文学金魚で連載中の、星さんの『アリス失踪!』と共通していますね。じっくりお楽しみください。

 

 

星隆弘 連載演劇批評『現代演劇の見(せ)かた』『No.017 SPAC『真夏の夜の夢』』 ■

 

 

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