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 柳美里も加わっての終刊号の座談会である。この雑誌は確かに、文芸誌の何たるかをいろいろ考えさせてくれた。また最後に怖がらずに?柳美里を呼ぶのも、またそれに応えるのも、文学というものに最低限必要な筋の通し方を踏まえていると思う。そういったことすらあやふやになった時代である。

 

 物書きが中心となって編集する、という意味で、その編集に携わる書き手たちをここでは「同人」と呼んでいた。いわゆる昔の「同人誌」の文脈を踏まえたものだ。文芸ジャーナリズムが商業化した戦後、同人誌は商業誌デビューの足掛かりという位置づけだった。戦後の文壇ジャーナリズムの遺風を継いでいる文芸誌カルチャーでは、いまだにそうである。

 

 言葉の孕むイメージは、元の姿を残しつつ変容してゆく。今の若い世代にとって「同人誌」は必ずしもメジャーデビューを待つ下積みの場というばかりでなく、そういった意味合いも含みながら、好き勝手に自由にやれる場、自分で作り自分で頒布するもの、それ自体に受け手がいてマーケットが成立しているもの、というイメージではないか。それはむしろ戦前のそれ、元の「同人誌」に近いかもしれない。

 

 しかしここでの「同人」たちはもちろん、そういった若い子たちの「同人誌」のあり方に接近しようとしたわけではない。イスタブリッシュされたメンバーであり、またそれゆえに同誌からヒット作も生まれたのだが、ではそれは一種の気取りや衒いに過ぎないのか。

 

 流通も編集事務も、既成のジャーナリズムと出版社におんぶに抱っこでありながら、編集権限や編集長の椅子だけを物書きが占めるというならよくあることで、少なくとも同人誌ではあるまい。ただ、そこに複数の物書きの軋轢があり、その中で編集方針が揺れ動くなら、確かに同人誌的な風景を彷彿とさせる。この雑誌における人間関係のごたつきはその証しだったと言えるかもしれない。

 

 すなわち「同人誌」とは、そこに「人」が入っているだけのことはあって、テキスト至上主義に至る以前の、多くは未熟な「人」の集まりが作り出す雑誌である。未熟かどうかはキャリアや知名度によるのではなくて、自らの未熟さを積極的に思い起こし、引き受けるということでもある。

 

 ひたすら作品を書き、次々に専業の、つまりプロの編集に渡し、活字になるのを待たずして次の作品に取りかかるという、いわゆるプロ作家のあり方からは「未熟さ」は出てこない。その機械的に流れるような作業に支障があるときのみ「未熟さ」が露呈する。すなわち書き手が「人」に立ち戻るのだ。

 

 このところはそれがあちこちで見受けられ、要するにそれが才能ある作家が成功する前、若い頃にかぎった話で済む時代ではなくなった。だが別に特別不幸な時代に突入した、ということでもない。それがむしろ常態なら、少なくとも作家の本性として、その「未熟さ」を露わにせずにはいられない。放り出すように露呈したそれに、何を読むかを時代に委ねて同誌は終刊する。

長岡しおり

 

 

 

 

 

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