大野ロベルトさんの連載エセー『オルフェの鏡-翻訳と反訳のあいだ』『No.009 掟の言葉』をアップしましたぁ。〝掟〟について論じておられます。大野さんは、『ジャック・デリダが注目したのは、書き言葉の優位に立つ話し言葉と、その権力構造の有効性であった。古来、複写され、捻じ曲げられ、様々な解釈に開かれてさえいる書き言葉は、概して信の置けないものとされた。一方、その場限りで生起し、唯一の意味を伝達する絶対的な話し言葉こそ、真実の言葉だったわけである。なかでも王の命令は、何人も覆しえない巨岩の如き重みを持った。首を刎ねよと言えば首が転がり、朕は国家なりと言ったその瞬間、太陽王はフランスそのものになったのだ。これこそつまり掟の言葉である』と批評しておられます。

 

そそ、ヨーロッパは音声重視なのよねぇ。なんせ有史以前から、もんの凄い激しさで異民族同士が争い大移動を繰り返してますから。文字はエジプトから中東あたりで生まれたらしひですが、最初はやっぱ象形文字でした。だけんどある民族が異民族を制圧すると、その民族が持っていた文化も吸収するのが常だったので、書き文字は抽象化の度合いを高めてアルファベット様式になっていったわけです。つまり声の方が言語として古いんだなぁ。

 

東アジアでも中国などはすんごい多民族国家ですが、ここではヨーロッパとは逆に文字が言語の中心になりました。各民族は独自の言葉をしゃべったわけですが、文字は漢字(漢文)に統一されたわけです。江戸時代までの日本でも、公式文書は漢文、日常言語は仮名交じり文でした。そのため東アジア漢字圏の人たちは、漢字の形によって意味はもちろん、その背後にある膨大なイメージを所有しております。東アジア漢字圏には、ヨーロッパとは逆に神聖文字信仰のやうなものがあるでせうね。実際に中国に長期滞在したヴィクトルセガレンは詩人の直観でそれを的確に見抜き、詩集『碑 (Stèles)』などを書いたのでしたぁ。

 

 

大野ロベルト 連載エセー 『オルフェの鏡-翻訳と反訳のあいだ』『No.009 掟の言葉』 ■