偏態パズル_第63回_cover_01偏った態度なのか、はたまた単なる変態か(笑)。男と女の性別も、恋愛も、セックスも、人間が排出するアノ匂いと音と光景で語られ、ひしめき合い、混じり合うアレに人間の存在は分解され、混沌の中からパズルのように何かが生み出されるまったく新しいタイプの物語。

論理学者にして気鋭の小説家、三浦俊彦による待望の新連載小説!。

by 三浦俊彦

 

 

 

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■  蔦崎公一がSM嬢ユリカの黄金を無益に頬張って吐き出したこと。

 士農田勝也一派による「糞食刑」の洗礼を経た蔦崎公一が菅瀬貴美子の美糞を見事完食したこと。

 強制突破の余勢とばかり猛醜熟女S.W.の烈糞をすら爆食いして第二次後悔と失意のどん底に蔦崎公一がうめいていたこと。

 放っておけば際限なく並んで細分化しまうこれらあれらの蔦崎的事象と因果関係があるかどうかよりも同時関係が成り立たないことがありえたかどうかが問題となるちょうどその期間、街という街、路地という路地は「飽和状態」にあった。「臨界状態」と言い換えてもよい。すなわち、士農田一派の勘違いによるものであれかりにも――

 ネオおろち系=ニセ怪尻ゾロ

 と

 蔦崎公一

 とがよりによって

 同一視……

 とりあえず厳密な同一視……

 という形で間接的に、一瞬でも間接的に結びつけられたことにより、ネオおろちのキョーソ印南哲治、ネオおろちをついにビジュアル圏内に収めたついにあの袖村茂明(さしあたり詳細は省くが袖村流儀で三谷恒明とふたたび合流して、三谷の要請に応じまたもや全国窃視穴場めぐりにビジュアル体質パワーを提供し始めていた証拠が点在している)、そして他ならぬ真正怪尻ゾロ川延雅志、といった

 「おろち文化史の四大創始者? 創始者!」

 がすべて間接的に――そう、どのペアをとっても例外なく間接接触というのがまた疑似暗示的である――接触を遂げたことと相成り、しかも印南と袖村のごときは専門的にかなり微妙なあの31番さんという駒を介して再び間接接触するなど、まさに多重間接接触という形で複雑なニアミスに次ぐニアミスが擦りあいつつあった。

 

偏態パズル_第63回_01

 

 そこへ印南哲治と金妙塾という二大勢力が合体したことにより、印南の背後に間接分与された蔦崎袖村川延のオーラもまた金妙塾と化合することとなって、まさに〈飽和したまま街中にあてもなく充満していたおろちエーテル〉がたちまち結晶を始めたのである。そして街角のいたるところで起爆寸前にまで発熱していたというのが定説なのだ。その局所的発熱エネルギーゆえに日本全国とくに首都圏で意図せぬ路上失禁、路上脱糞が老若男女を問わず今までになく多数発生していたのだが、事件性に乏しいためほとんど記録に残っていない(おろちエーテル飽和以前、以前も以前に敏感におろち気象を予感した中年男による先駆的路上脱糞の貴重な記録の一つとして、尾辻克彦「出口」(『出口』講談社、所収)を参照せよ。この予知感性――しかも単なる路上脱糞ではなく歩行脱糞の実践――は、主人公赤瀬川原平が路上観察の専門家であったという事実に由来する。という解釈は一見後知恵だがどうしようもなく正しいだろう)。

 S.W.激糞食いを成し遂げたあととなっては蔦崎には課題も突破口も補助線も鬼手も埋め草も抜け穴も秘策もリセット法も呪法も何も残されてはいなかった。と思われた。蔦崎は日夜街をさまよいつづけた。

 この時点で、蔦崎公一とネオおろち系との直接接触がついぞ成し遂げられなかったことは注目に値する。

 それはもう値する。

 蔦崎公一が、何週間経っても消えないS.W.糞の烈臭に起因する胸焼けに苦しみ、ゲップに悶え、喉と口と腹からなんとかしてあの熟女腐臭を追い払おうと闇雲に酒を煽ってはふらふらさまよっていた夜々は一ヶ月にもわたった。確かに、醜女醜男共振説により蔦崎にとってあの醜熟女は拒絶対象とは言えなかったが、しかし熟女糞の悪臭そのものは心理的共振云々とは無関係にも無関係以上にも純粋生理的に一刻も早く解消されねばならないほどのベタな酷さだったのである。その一ヶ月の間に、まさに「食ワサレ体質」蔦崎公一が路上に転がって熟睡したことも二度三度ではなかったのだから、街に蠢くネオおろち少女たち、まさに「食わせ団」と特徴づけられるイケイケ少女隊のお尻がひとつたりとも蔦崎の鼻口をふさぎにこなかったのは

 「奇跡? 奇跡!」

 と評してよかろう。「食ワサレ体質」と「食わせ衝動」とはともに数学的にマイナス質を帯びており(身体の裏側に定位する体質気質であることがその根拠となっている)、出会うとプラスに転化し前向きに晴れ渡ってしまうため夜の食わせ-食わされ現場実現には至らなかったというのが最近のおろち生理学の知見である。

 

偏態パズル_第63回_02

 

 しかしそのような解釈よりも、この時点で蔦崎がネオおろち系少女脱糞隊に一度も襲われなかったことこそ、蔦崎の食ワサレ体質と拮抗するほどの「蔦崎-金妙塾相互引力」、より正確には「蔦崎-印南邂逅運命力」の強さを表わしているという解釈が正しいだろう(現在の素粒子物理学では、最強食ワサレ体質の上限値とおろち的邂逅運命力の上限値とは、室温においては0.000001%の誤差範囲内で等しいことが算出されている)。すなわち環境が蔦崎の食ワサレ体質に任せてネオおろち少女らを差し向け、その口になみなみと

 少女糞を注ぎ入れていたら……!

 どうなっただろうか。

 体温の微妙に異なる肉付きも微妙に異なる幾種類の少女尻が、いやそのうちたった一つの尻でも内奥臓物内壁より剥離した少女細胞破片断片を食物滓にまぶしてみっちりどっさり注ぎ入れていたらだ。稀代の食ワサレ体質男の口に。

 それはもう。

 それはもうあの醜女五十九歳の腐臭とはあまりに対照的な、新鮮な生命果汁たっぷりの十六歳臭が蔦崎の消化管粘膜に染み込んで、たちまち熟女腐臭を

 醜邪臭を――

 さだめしアあ、その浄化作用たるや。

 殺菌浄化作用たるや。

 除菌防腐清浄化慰安作用たるや。

 そして活性化作用たるや。

 ただいかんせん、浄化作用は中和作用でもある。

 活性化作用は平板化作用でもある。

 生気あふれる少女臭が熟女腐臭を中和し、蔦崎にたしかに爽快な甦生感をもたらしていたことではあろう。

 そうなると蔦崎公一、その後自室に鬱々と引きこもる必要もなくなり、蔦崎路線と印南路線とは交わらずにおろち文化は分断したままの不完全幼態成熟にとどまっていたかもしれない。おろち史は潜在性にとどまっていたかもしれない。

 しかし現実には路線は交わり、歴史はうねりを始めた。

 かの蔦崎食ワサレ体質の因業にもかかわらずこの絶好時にネオおろち系に出会わなかったというこの、極低確率の一時的停滞事象こそ、おろち大統一文化飛躍の……そう、必然性兼ファインチューニングぶりを証していると言うべきだろう。

 そうすんなりとはS.W.臭は蔦崎体内外の呪縛を解かなかったということだ。

 

偏態パズル_第63回_03

 

 日夜徘徊によっても酒の力でもS.W.臭を解除できないとわかるとその失意脱力により、いやそれ以上に物理化学的に、蔦崎の心身は高濃度のS.W.臭に長期間内粘膜から浸潤され、強酸性の消耗状態に陥っており、やがて一歩も出歩けない衰弱体へとへたばってしまった。蔦崎は……鬱々と自室で丸くなる日々を費やした。自宅にプロなり中宮淑子なりを呼んでその内臓臭の洗礼によりS.W.臭を中和するという故き良き方法はあれほどの実践歴にもかかわらずもはや完全に忘れられていた。かの実践の絶望的空転ぶりが衰弱した蔦崎の心身にマイナス条件反射的記憶喪失をもたらしていたという説と、醜女醜男共振の心理的束縛ゆえという説とがあるが、いずれにせよ蔦崎はマンションの自宅から一歩も出なくなった。予備校はとっくにクビになっていた。この時期蔦崎は人格崩壊寸前だったと診断される。えてして初期崩壊人格がそうであるように、蔦崎は日夜パソコンのディスプレイの中に唯一安住の地を見出していた。ほぼ二十四時間、古典的ネットサーフィンに没入したのである。主に「ウンコ」「うんこ」「大便」「排便」「脱糞」「スカトロ」「黄金」「極太便」……といった初歩的単語のみ執拗に検索し、玉石混淆サイトを茫漠と眺めていったのである。このときに蔦崎が保存した膨大なスカトロ系サイトのファイルがハードディスク内に残されているが、大半はビデオ通販関係とSMクラブ黄金コース広告と体験談交換掲示板のページ――アングロサクソンスカトロ画像集http://www.sex-cite.com/shit/enter.htmとロリゲロ・ロリゲリ・ロリスカ・陵辱コミックリンク集http://www.bekkoame.ne.jp/ro/sion/link/link.htmlには十数回繋いだ形跡がある――で、蔦崎の経てきた修行レベルを観念レベル以上で表現している文章もピクチャーも見当たらなかったことが蔦崎の虚脱感をデス・スパイラルに倍増させた。これはちょうどグレイシー柔術登場時に、格闘技好きの柔道少年たち(さしずめ練習の合間に対空手対策を研究したりしている、地区大会ベスト4レベルの高校柔道部員あたり)が味わった二律背反的感慨に似ていただろう。なぁんだ空手のチャンピオンもプロレスのタイトルホルダーもコロコロやられちまうじゃないか柔道の技だけで。なんでぇ何が一撃必殺だプロレス最強だ、柔道技が一番じゃねえかと。そういや猪木vs.ウィリーウィリアムスんときだって猪木ったらプロレス技じゃ使い物にならんとか告白するかのように腕ひしぎ十字固め一本槍だったしなぁガッカリだよ直前までちゃっかり柔道技特訓しちゃって、ああもう柔道柔道余計なお世話だと。自己の領分が最高だという誇りは、意外と寂しい。世界とはそんなものかという、自己外未知の可能性の消滅への寂寥感・幻滅感が濃く厚く伴う。蔦崎の虚脱感はまさにそれだった。世のスカトロ文化なんてそんなものか。ちっ。もうだめだ。これ以上視界が開けることはない。

 (俺程度がほんとにドン底なのか? そうなのか?)

 この蔦崎の否定的達観は、http://village.infoweb.ne.jp/~fwiz4659/kinmyo/rinne.htmlすなわち金妙塾トップページをスクロールしたときにも微動だに癒されなかったに違いない――印南哲治がその末尾にちらりと、石丸φ「黄金に魂覚めた朝」掲載を許可していなかったならば。

(第63回 了)

 

* 『偏態パズル』は毎月16日と29日に更新されます。

 

 

 

 

 

 

 

 

下半身の論理学