大野ロベルトさんの新連載エセー 『オルフェの鏡-翻訳と反訳のあいだ』『No.002 鞭もて駒を進めよ』をアップしましたぁ。翻訳を巡るエセーです。

 

そんなものは、本当には正確ではないのである。正確というのは、あらゆる時代を横断する辞書にかけたときに、目的とする言語として弾き出されるものと、ぴたりと一致するということだろうか。だがそんな辞書が、すでに幻想の産物であり、緻密と甘美とが同居するという夢に裏打ちされた妄執である。

 

こういった箇所に、大野さんの翻訳に対するお考えが表現されているのでせうね。「翻訳は裏切りだ」と言ったのはエリオットだかヴァレリーだか忘れてしまひましたが、昔からその〝正確さ〟については議論があります。〝正確さ〟は時代ごとに、言語的、情報的、人々の感受性といふ面でも変化する相対的なものだからです。欧米的恋愛概念が浸透していない時期に日本で『ロミオとジュリエット』を訳しても、どーしてもエゲレス版〝心中物〟の雰囲気になってしまふでせうねぇ。でも無駄かといふとそうでもなく、ある文化の核心へは、じょじょに近づいてゆくしかなひのでありまふ。

 

外国文学のエッセンスの吸収については、パロディといふ方法もあります。茶化すといふ意味で使われることが多いですが、未知の外国文化に触れた時に生じる文化的スパークは、パロディだと言ってもいいようなところがあります。外国文化を正確に受容・理解すればいいってもんぢゃないことは、日本のダダイズムやシュルレアリスム、フランス印象派の作品などを見れば明らかです。どの文化も接ぎ穂的なんですなぁ。大元の自国文化に何を接ぎ穂するかを見極められる能力が、翻訳を通した海外文化受容のセンスかも知れませぬぅ。

 

 

大野ロベルト 新連載エセー 『オルフェの鏡-翻訳と反訳のあいだ』『第二回 鞭もて駒を進めよ』 ■