社会は激変しつつある。2020年に向けて不動産は、通貨は、株価は、雇用はどうなってゆくのか。そして文学は昔も今も、世界の変容を捉えるものだ。文学者だからこそ感知する。現代社会を生きるための人々の営みについて。人のサガを、そのオモシロさもカナシさも露わにするための「投資術」を漲る好奇心で、全身で試みるのだ。
小原眞紀子
第二回 アービトラージ――今そこにある詐欺 Ⅱ
さて詐欺師との遭遇の続きなのだが、前回から日数が過ぎ、いろいろと状況に変化があった。当該の詐欺(と思しき?)案件の状況は相変わらずなのだが、世間の流行がちょっと変わった。まさしく日々刻々、短い間にいろんなことが起きるのは初期段階の証しである。何の初期段階なのか、それこそがテーマなのだが。
新しく流行りはじめた詐欺(?)アービトラージは、もっとスマートでメジャーに行き渡っている。行き渡っているのは初期投資の費用が6万円からで、前回から紹介しているアービトラージは1ビットコインからだから、現在価格で約10分の1だ。さまざまな評判を知りつつも「ま、6万くらいならダマされてもいっか」と始める人が多いらしい。つまり被害ではなく、損金として納得できるように設定してあるわけで、詐欺師も客もあまり潔くない。
さらにその仕組みは複雑であり、魅力を感じない。「魅力を感じる」とは普通は有利な案件に使う表現で、わたしがここで言うのは「詐欺事件としての魅力に欠ける」という意味だ。シンプルさは詐欺案件についても一定の美意識を満たす。つまりダマされた方が「ああ、そうだったか」と虚を突かれたような、一種の爽快感を覚えるものが《美しい詐欺案件》というものではないか。虚を突かれるというのは、人間としての虚を突かれるのであって、複雑になればなるほど感動をもたらさない。なんか自分でもだんだん何言ってるのか、わかんなくなってきたが。
新しく流行り始めたアービトラージはホームページの管理画面でなく、各自のウォレット、すなわち手元のスマホのアプリで運用管理できる。外国人のCEOも顔出ししているし、安心感が違うわけだ。それを大勢のユーチューバーやアフィリエイター(宣伝してフィーをもらう人たち)が流行らせている。
複雑であると同時に、規模が大きくなればなれほど、詐欺の立証は難しくなるという。堂々と顔出ししているのは、詐欺ではないと言い逃れする自信の表われであり、詐欺ではないという自信の表われではないかもしれない。皆がやっていると思わせる規模感のある宣伝、複雑なシステムの中でレートが変わり、前提条件の変化で実質利回りが下がる、少額から可能なので大きく入れ込んだのは客の判断だ、だから詐欺じゃない、と。これってどこかで見たことある。なーんだ大手の証券会社や銀行の金融商品と同じじゃないかー。
こんなつまらない新手のアービトラージよりも、もちろん前回から紹介しているものの方が詐欺として美しさが勝る(?)のだが、ここでアービトラージについてもう一度、わかりやすい例で説明する。ちょっと難しかった、という声をいただいたので。
自宅を挟んで、西のマーケットでは100円でリンゴ1個が売り買いされている。東のマーケットでは100円でリンゴ2個が売買されている。あなたは100円持って東のマーケットでリンゴ2個を買い、その2個のリンゴを西のマーケットで売る。すると200円となり、つまり100円の利益が生まれる。要するにリンゴの転売、せどりというやつだ。リンゴを安く買って高く売る。このリンゴが米ドルだったり、仮想通貨のビットコインやリップルだったりしてもよい。1ビットコイン今、何円なのか、世界中の取引所でちょっとずつ価格が違うのだから。
このめんどくさい作業を代行してくれる、というのがアービトラージ業者であり、最初に6万円なり1ビットコインなりを預けて運用してもらう。その預入金が飛ぶ、というのが詐欺の懸念である。
もちろん今日、もしリンゴ1個分儲かったというなら、すぐに円にして手元に取り寄せればよい。明日、リンゴ2個分儲かったのなら、すぐに円にして手元に取り寄せればよい。そうやって手元に円を少しずつ取り戻していけば、詐欺の被害金額のリスクは日々、減ってゆく。それを阻むものが前回も触れた「複利マジック」である。たとえばミカンをミカンのまま預けておけば、それが元の投資元本に追加され、さらに増える資金になるという。単利と比べたときの複利による増え方のすごさはよく言われるから、知っている人は多いと思う。複利で増えるのにもったいない、という計算に縛られ、増えた配当を取り出せなければそれは絵に描いた餅だ。満期までの間に飛べば結局、元本を取られて終わる。
しかしより複雑化した、詐欺と断定されないもうひとつのリスクは、ミカンのままで預けっぱなしにしておいた場合にミカンの価値が暴落した、と告げられることだ。アービトラージが米ドルやビットコイン建てでなく、そのシステム独自のミカン通貨で運用されているときには、増えたミカン通貨を最後に円に換金するまで、ミカン通貨はいつ10分の1、100分の1の価格になりました、と告げられてもおかしくない。本物のミカンならいつでも食べたい人がいるだろうが、そのシステムの独自通貨の価値など、よく考えればどのようにでもコントロールされてしまうだろう。
前回からの紹介のアービトラージは、スマートなアプリも何もなく、あくまでビットコイン建てというところが詐欺らしくていい。「ミカンコインの量を5倍に増やしたんだけどねー。ミカンコイン、最盛期の500分の1の価格になっちゃってー。またいつか上がるかなあ」なんて、騙された方が騙されたと最後まで認識できないのはよくない。成仏しない。
それでその、古典的な美しさが残存する前回からの紹介のアービトラージで、担当者とお話ししたところまで語ったのでしたね。
わたし「もともとアメリカのサービスを日本で展開されるのですね。その理由って、日本人の資産家をつくって、新しい仮想通貨の大口ホルダーになってほしいから、と書いてあります。今までにどんな新コインのICOをプロデュースされたのですか?」
担当者A「イーサリアムです!」
わたし「…。」
イーサリアムとは今やビットコインに続き、リップルと時価総額2位、3位を争うメジャーコインだ。
わたし「御社のCEOですが、Facebook創業者と関わりがおありだそうですね。でもFacebookでお名前を検索しても、それらしき方が見つからないんですけど。」
担当者A「そうですか? えーと、そんなことまでは…。」
その後、別の人から今度は担当者Bに同じことを訊いてもらったところ、しばらくしてからメールで「弊社はCEO以下、社員全員がセキュリティ保全の観点からFacebookやtwitter などSNSは全面禁止です」との回答があったそうだ。自らも禁止されているはずの担当者Aはそんなことは一言も言ってなかったし、もちろん担当者AとBは同一人物の可能性もある。
電話の後、ホームページに貼り付けてある動画をあらためて観た。動画と言っても実写はなく、写真もなくて、線画だけの紙芝居みたいだ。アービトラージの概念を説明するもので、自社のリアルを紹介するためのものではない、と言うだろうが。「日本語字幕がつきました!」とあるので、アメリカ人のユーザー向けのものを日本人に、ということになる。そのナレーションに「Amazon or Rakuten」というのが聞こえてきた。ラクテーンって? 楽天? アメリカでの楽天のシェアは惨憺たるもののはず。ラクテーンって、アメリカ人に通じるのか?
まあ、わたしの探究はこのあたりで終わった。他からの情報で、ホワイトペーパーがコピペだの、ホームページへのアクセスが日本からばかりだのというのもあったが、それらが補完的にはたらくとは必ずしも思わない。そのぐらいのことを言われて、詐欺でなかったという案件はある。だから自分で得たこの結果についても、明示的には誰にも伝えてない。もし詐欺でなければ人の稼ぎの邪魔をすることになる。もし推測通りでも、騒げばそれだけ早く飛ぶ。新しい被害者は減るかもしれないが、今いる人たちが金利を抜いて逃げられる時間が短くなるだけだ。
で、後日談だが、ほどなくして以下のような葉書が来た。ランダムな詐欺メールや電話営業は毎日あとを絶たないが、こんな自宅住所がしっかり記載された郵便物が届いたのは初めてだ。いったいどこから、と家人は首を傾げたが、わたしにはわかっていた。住所を明かし、詐欺案件の資料を自宅に送らせるような間抜けは、いつかどこかで何かに引っかかる。詐欺師たちは地下茎で繋がっているのだ。アンダーグラウンドに触れた記念に、この画像をFacebookに載せた。面を割らないなら、使ってはいけないFacebookに。
小原眞紀子
* 『詩人のための投資術』は毎月月末に更新されます。
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