社会は激変しつつある。2020年に向けて不動産は、通貨は、株価は、雇用はどうなってゆくのか。そして文学は昔も今も、世界の変容を捉えるものだ。文学者だからこそ感知する。現代社会を生きるための人々の営みについて。人のサガを、そのオモシロさもカナシさも露わにするための「投資術」を漲る好奇心で、全身で試みるのだ。
小原眞紀子
第二回 アービトラージ――今そこにある詐欺 I
定期預金に続いては、何回かにわたり不動産投資について書こうと思っていた。フツーの人にも一番、馴染みがあるものだからだ。もちろん誰も彼もが不動産投資をするわけではないけれど、不動産というものにかかわらずに暮らす人はいない。その意味で誰もが関心を持つ。そこには手堅そう、という(誤解に満ちた?)イメージもある。
素人はやはり手堅いもの、少なくとも手堅そうなものに気を惹かれる。このアービトラージも、その界隈では手堅いという触れ込みで、わりと昔からある。為替の差益を狙うから理論的には損はない。つまりあるFX会社で1円に対する、たとえばドルの価格と、別のFX会社でのドル価格が違っていれば、そのドルを安い方で買って高い方で売れば差益が取れる。もちろん差額はわずかだから、それなりの資金を入れる。
これは長いことやっているとFX会社から目をつけられてダメになるそうで、また円高になると得られた通貨の価値が下がるなど、そうそううまくはいかないと聞く。さらに海外のFX会社を詐称し、アービトラージを代行するとして資金を集める詐欺が横行した。
不動産の話題をおいてアービトラージを取り上げるのは、今まさに目の前で、このアービトラージの詐欺が進行しているのでは、という得難い瞬間に立ち会っているからだ。誤解しないでほしいのは、アービトラージそのものは詐欺ではない。ただ、前述のようにうまくいくには条件があるし、それらをクリアした良案件はかなりクローズドになることが多い。そこを利用し、詐欺案件もクローズドとして発覚するのを遅らせるわけである。
わたしが詐欺目撃中と信じ、推移を見守るのはしかし、FXのスワップアービトラージではない。今をときめく仮想通貨だ。仮想通貨(クリプト)もようするに通貨、という概念でいけば、法定通貨(フィアット)と同じように取引所間での差益が狙える。取引所はいまや世界中に数多くあり、差額も法定通貨より大きい。あちこちからアービトラージ案件が聞こえてくるが、そのほとんどの業者がまず住所を明かさない。ホームページなどにあっても海外のどこか、それも住所の途中までしか書かれてない。一方で、電話は頻繁にかかってくる。
わたしが電話でお話しまでしちゃったのは、さらに根掘り葉掘り調べまくっちゃったのは、それら怪しい仮想通貨アービトラージ業者の一つだ。連載第二回にしてはハードルが高いが、我々シロートは低リスクと聞けば、どこまでも追いかけるのだ。なおかつ月利(月利ですよ!)14%とか、もっと資金を入れれば40%とか、今の仮想通貨ならではのお話ですから、お電話ぐらいいただかないわけにはいかない。もっとも途中からは儲けるためより、何が何だかわからない好奇心の虜である。今、目の前に(ってか電話の向こうに)ホンモノの生きた詐欺師が!というわくわく感に、打ち勝てる者がいるだろうか。
無論、詐欺と決まったわけではなくて、だからこその面白さだ。電話ではAさんという担当者が懇切丁寧に説明してくれる。この親切さは、紹介していたLineコミュニティでも評判であった。担当者の名前はいくつかあるが、全部同一人物の可能性もある。
まずは住所がアメリカで、こちらの担当者は日本人、電話はフリーダイヤルだが、東京からとのこと。背後にはコールセンターのようなざわめきもある。ウェブ上のアドレスだけでなく、リアルな住所も隠すのは、物理的にサーバーを襲われる可能性があるから、と。これはどこでも同じことを言う。
「えっと、でも東京にあるのは事務所だけですよね。本社もサーバーもアメリカなんでしょ。東京の事務所をお訪ねするとか、あるいは近所でお茶しません?」
当然NG。声は聞かせても面は割らせない。今どきSkypeでもなく、いわゆる電話を使う。ちなみに申込みに先立ち、こちらの住所はおろか写真付きパスポート、法人なら登記簿の画像を送らされた。パスポートがちょっと曲がっていて、端っこが1ミリぐらい切れている、という理由で撮り直しをさせられた。そんなウルさいことを言われたのは初めてだ。このウルささは信頼感を与えるためのものか(?)。
このアービトラージを紹介していたのは、かなり大きな仮想通貨コミュニティだ。いろんなところでダマされた愚痴が転がっていて、情報集めには事欠かない。しかしこのアービトラージ業者には根強いファンが多く、懐疑的なコメントはなんとなく封じ込められている。わたしもそこのメンバー2人に勧められたのだが、勧誘に成功するとポイントが貯まるらしい。まあ、それがなくても毎日「今日はこれだけ増えたー」と嬉しそうで、善意で勧めてくれたことには間違いない。一人は女性だが1BTC(約70万〜100万円)の元本で月利14%。もう一人は男性で1000万円ほど入れ、さらに高い実質利回りで推移している。その彼の友人は5000万円相当の仮想通貨を元本に月利40%ほど、満期は一年半以上先だが、複利や追加資金もあって数十億、いや数百億になっているだろう、とか。
もちろん「今日はこれだけ増えたー」というのはすべてウェブ上の、そのシステムのマイページでの話。そこに書かれている数字が増えている、ということだ。その増えたビットコインをシステムから出金し、日本の取引所で円にして銀行振込みを受け取って、初めて「利確」である。少なくともビットコインが手元に届くまで、増えたといっても紙上(ウェブ上)の数字に過ぎない。
世の中は一年半以上も資金拘束され、ウェブで数字を眺めるだけで嬉しくなる呑気な人ばかりではない。元本は満期まで出金できないが、増えた利息はいつでも出せるという。それならば、そう。あなたが今、考えた通り。一ヶ月ごとか一週間ごとにでも、その週の金利を引き出せばいいのだ。14%なら単利で計算しても8ヶ月ぐらいで元本を抜くことができる。あとは眺めていて、無事満期をむかえれば万々歳、たとえ飛んでも元本は取り返している。と、そこまで考えたから、Aさんとお電話で話した次第だ。「一週間ごとに抜くかんね」と言っても、特に文句は言われなかった。少なくとも、そのときには。で、最低額の1BTCを送る約束をしたのでした。
ところで、わたしは自分にある癖というか、習性みたいなものがあることに最近気づいた。それは「顔を見たことのない相手には、絶対お金を送れない」というものだ。送信ボタンを押す寸前までいっても無理なのである。それで顔を見ると、はなから取引きなんて思いもよらない相手がほとんどで、単なるオトモダチと認識する。残った人が判断の俎上にのるが、この場合は結局ほぼ無条件で送金する。
つまりわたしは人を顔つきで判断することに、よほど自信がある、となりそうだが、そういうわけではない。そもそもわたしは人の顔を覚えられない。これはもう病的なほどで、数々の失礼なこともあって悩みの種だ。先日、母が亡くなった父について「ずいぶん若い頃から会った人の顔を覚えてなくて、脳梗塞の兆候があったのかしら」と言い、それ生まれつきだから、遺伝してるから、と説明した。
だからたぶん、わたしが相手の顔つきの細部まで読み取り、信頼に値するかどうか判断しているということはない。それでも会わないと話にならないのは、むしろ相手が自ずから資金を託すべきかどうかの雰囲気を醸し出していると感じる。人間というのは正直なものだ。言葉を返せば、会ってなおかつ騙せるのがホンモノの詐欺師ではないか。電話でのみ接して、ビットコイン送れだなんて人を舐めている。詐欺師の風上にも置けない。
わたしが送金してこないので当然、電話がかかってくる。その間こちらも考察を深めていて、興味はむしろ募っている。メンバー2人からもしばしばメッセージが届く。なぜ彼らは出金しないのか。1000万円入れた男性の方は、最初に担当者の方から「試しに出金してみましょう」と言われ、確かに少額のビットコインが自分のウォレットに入ったと言う。それで安心したし、そのビットコインもすぐに出資し直した。なぜなら複利で爆発的に増えるので、もったいないと思うからだ。それはそうなので、複利ならば一週間ごとに出したりせず、元本分が貯まるまで待ち、まるまるいっぺんに出金した方が、回収にかかる期間も短い。
これが莫大な資産を生むという複利マジックだ。一週間ごとに利確しよう、という手堅く小市民的はやり方は、こうして不合理の烙印を押される。ウェブ上で毎日増えていく数字もまた、出金の馬鹿らしさを訴えかけてくるだろう…。(続く)
小原眞紀子
* 『詩人のための投資術』は毎月月末に更新されます。
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