偏った態度なのか、はたまた単なる変態か(笑)。男と女の性別も、恋愛も、セックスも、人間が排出するアノ匂いと音と光景で語られ、ひしめき合い、混じり合うアレに人間の存在は分解され、混沌の中からパズルのように何かが生み出されるまったく新しいタイプの物語。
論理学者にして気鋭の小説家、三浦俊彦による待望の連載小説!。
by 三浦俊彦
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■ 「異類同類挟撃説。それ相応端正なる構図描写可能の条件には、壱原光雄の同類性実証されるを要す。その正否を問う」
「不可解。自明。毎回嘔吐してまでXY糞浴び続けし壱原光雄たるや印南系求道的努力家たる旨疑いの余地微塵も無きが如し」
「求道的努力家とて印南系たるとは限らず。等発展問題へ進みうる論理展開なれど当面問題はるかに単純なり。壱原光雄は求道的でも努力家でも非ざる由が真相なり」
「といいますと?」
「流布したる概念ここに適用せるが当面適切なり。最たる部類が鈴木論文以前に想起不可なりし事これこそ不可解なり」
「最たる部類とは該当概念これ如何に」
「おろち紀元前といえども知らざる者およそ無し、LGBTなる呼称を」
「LGBT。性的少数者中多数派権力閥を指す古き良き党派名なるか」
「然り」
「然るに壱原光雄にしてLGBTに該当せる要素なし。然も該当如何はこの際無関係。求道的努力家如何がこの際唯一要因なり。無関係要因の強調即ち無神経哉。無反省哉。加うるに無責任哉」
「唯一要因たるやXY糞に胃液逆流的側面のみの謂いか」
「もちろんですよ」
「XY糞に胃液逆流せしはG性と両立せるとも求道的努力家への確証たるにも又十分との含意なるか」
「然り。G性ありとてО性なき場合にては全ての非G者必ずしもXX糞に胃液逆流せざるに非ざるが如し。XY糞におけるG者において蓋し同様なり。須らく同意すべし」
「О性即ちおろち性の略との前提にて同意に異存なし」
「然るにG性なき場合О性の有無にかかわらずXY糞顔面受容の如きは求道的努力家の証し以外の何事にも非ず。他方G性ありてかつО性なき場合XY糞顔面受容の如き又求道的努力家の証し以外の何事にも非ず。更に他方G性ありてかつО性ある場合XY糞顔面受容の如きは求道的努力家の証しに足りずとも、毎回失神かつ胃液逆流の史実に矛盾す。仮定は誤りなり」
「而して壱原光雄の求道的努力家性の証明完了と唱うるか」
「GかつО性の可能性除去されたがゆえに証明完了なり」
「GかつОの可能性未だ排除されおらず」
「毎回失神かつ胃液逆流は最深ダメージの証しなり、求道的努力家ゆえの最深ダメージ敢て追求哉」
「そこに過誤あり」
「理解不能」
「え? ほんとにわかんないの?」
「理解不能」
「誤謬二種あり。其一。論点先取的誤謬。入手データたるや最深ダメージ追求のみ。最深ダメージ敢て追求は論点先取なり」
「了解。敢ては推測なり。而して省略可。論証に影響なし。求道的努力家ゆえの最深ダメージ追求哉」
「誤謬其二。後件肯定的誤謬。求道的努力家ゆえに最深ダメージ追求、これ成立せり。然るに最深ダメージ追求ゆえに求道的努力家、これ成立せず」
「何故。不可解」
「最深ダメージ追求者にして非求道的努力家多数あり。蔦崎公一・袖村茂明サイドにも多数存在し居り」
「如何なる部類なるか」
「LGBTに次ぐ但多少不明瞭の一群を想起せよ。LGBTSMと列記するも可なり」
「LGBTSMОとすべし」
「貴殿了解の証しか」
「はい。あぁあなんでわっかんなかったかなァ」
「GかつОかつドMなれば、最深ダメージ敢て追求の要なく、最深ダメージ嬉々として追求」
「嬉々として」
「ドM体質たるや、蔦崎公一的食糞体質・袖村茂明的見者体質に比し希少価値劣れども遜色なき生来体質なり」
「まあ……そうですよねえ」
「単純体質なり」
「求道が聞いてあきれる、楽しんでただけなんですねえ、壱原光雄……」
「壱原光雄自ら求道者を未だ嘗て称し居らず」
「そういや印南哲治が勝手に思ってただけか……」
「然もドM且G且О……否ドMたること真正なればОもはや不要、ドM且Gのあまり壱原光雄たるもの、XY糞に嬉々として失神かつ胃液逆流し続け居り」
「う~む……盲点哉……」
「否ドMたること超真正なればОのみならずGもまた不要、M体質極まるあまり壱原光雄たるもの、XY糞に嬉々として失神かつ胃液逆流し続け居り」
「言われてみれば簡単なことだ……」
「とりわけ胃液逆流は自己再演的独演M戯的兆候あり」
「了解可能」
「意図的嘔吐は食道粘膜刺激痛のあまりM戯に密かに最適なり」
「了解可能、了解可能」
「印南を震撼させしXYおろち求道擬きは真実ドM体質の産物なり。壱原光雄たるもの、非求道的体質者なり。異類同類挟撃説、誤りなり。印南に挟撃なし。印南的全面錯覚なり」
「異類同類挟撃説、誤り……」
「印南哲治特有の無残、挟撃を被る自体に存せず。挟撃被りしとの手前勝手なる錯覚に存す」
「錯覚……」
「錯覚なかりせば体質者群一色への心理的対抗措置十分可能の如し」
「可能の不可能化、印南自身の自爆に因ありの謂いか」
「然り。自爆たるや無残の度、挟撃死を上回ること雲幾層の如し」
「了解」
「了解了解」
「了解。然るに唯一疑問」
「如何」
「ドMたること超真正なればОもGも不要、M体質極まるあまり壱原光雄たるもの、XY糞に嬉々として失神かつ胃液逆流し続け居り、てことですよね」
「然り」
「って、対称的に全部言えるんじゃないですかね」
「一瞬不明なり」
「これも言えませんかってこと。ドОたること超真正なればGもMも不要、О体質極まるあまり壱原光雄たるもの、XY糞に嬉々として失神かつ胃液逆流し続け居り」
「暫し考察を要す」
「でこれも言えるでしょ。ドGたること超真正なればMもОも不要、G体質極まるあまり壱原光雄たるもの、XY糞に嬉々として失神かつ胃液逆流し続け居り」
「暫し考察を要す」
「つまり正確にはこうなりゃしませんか。ドAたること超真正なればBもCも不要、A体質極まるあまり壱原光雄たるもの、XY糞に嬉々として失神かつ胃液逆流し続け居り。尚{A、B、C}={M、О、G}」
「暫し考察を要す」
「暫し考察を要せ」
「ああなるほど……」
「要せざりきか」
「私は先ほど、{A、B、C}={M、О、G}ではなく(A、B、C)=(M、О、G)と限定してしまったわけだな」
「然り。順列不要、組合せたるや唯十分条件」
「全組合せにて対称的」
「如何にも対称的」
「その対称性理論、鈴木論文を改訂できるかもしれませんぞ」
「投稿してみます。結局、M性、О性、G性のいずれかが飛び抜けていれば壱原光雄体質者説は成立するわけですが、もちろんM且О且Gという確率もそう低いわけではないでしょう」
「M且О且G、M且О且非G、M且非О且G、非M且О且G、M且非О且非G、非M且О且非G、非M且非О且G、この七通りのどれであっても、壱原光雄体質者説成立です。壱原光雄求道者説はゴミ箱行きになるわけか」
「壱原光雄求道者説が生き永らえるのは非M且非О且非Gの場合に限られます」
「その確率はいかほどだろうか。いずれにしても結論としては鈴木論文が正しいということで変わりはないようだが……」
「ただですね、体質者説成立サイドの七通りはすべてが同等ではありませんね。非M且О且Gというのはかなり確率が低そうです。О且Gなら胃液逆流する理由ないんじゃないですかね、M以外にふつう。いや、M且О且Gも確率低そうだ。だってあえて胃液逆流させてるとしたらО且Gの悦楽とは別に、たまたまいつも同時にひとり胃液逆流プレイで楽しんでいる、てことになってしまいますんで」
「なるほど、意外と難しい。他の組み合わせにも無理があるかもしれませんな。対称性理論はちょっと再考を要する」
「まあそう簡単に鈴木論文を乗り越えられはしませんよ」
「いずれにしても……」
「印南哲治の最大の悲劇は、現実にはありもしない〈体質者的異類・求道者的同類による挟撃〉という幻影に勝手に怯え、体質者群に一方向からあっけなく押し潰されてしまったという、その錯覚中毒症、とも呼ぶべき自沈ぶりにあるわけですかね……」
「袖村茂明・蔦崎公一という波動的体質者ならともかく、単なるドM男もしくは単なるスカトロ男もしくは単なるホモだちペアという非波動的通俗の体質でしかない凡人にとどめを刺されたというわけだから」
「悲哀は倍増以上ですね……」
「体質は体質だから」
「非体質者の悲哀ですか……」
「О性ならば印南哲治自身もかなり有していたわけですから、なおさら悲しいですね……」
「自分で体質者じゃないとレッテル貼ってたんで。まあ袖村・蔦崎を目の当たりにしては無理なかったですよ」
「で凡俗体質者壱原光雄の見た目だけ派手なXY糞指向ニセ求道者努力家的XY糞パフォーマンスに寝首を掻かれたと……」
「然り。凡俗、非凡波動を制し、極凡俗を葬る」
「哀感痛切」
■ 最高の夫でしたね。看取る時まで最高のパートナーでした。
浮気のウの字もなかったと思います、二人とも。
少なくとも私にはありえませんでしたし。
でも一人だけ、ときどき脳裏によみがえってくる男性がいるんですよ。夫以外に。
今何なさっているのか、この世におられるのか、もう五十年以上前に切れてしまったからわかりませんが。
なんだか不思議なほどの相性を感じまして。驚いたことに今に至ってもですよ。
声も表情も鮮明に覚えてるんです。これだったらたぶんこう言うだろうなあの人、みたいな反応も読めるんです。カジュアルでくつろげて。夫とは似たような似てないようなタイプでしたが。
プロポーズされましてね。五十年以上前です。
すごくロマンチックな言葉だったのを覚えてます。それがまた自然なポーズとタイミングでね。
夫とはプロポーズなしで結ばれたので、あのプロポーズは今でも夢みたいです。
私ふわぁと舞い上がって。
ところがどうしたことか、おなかが痛くなりましてね、私。
答えはイエスに決まってましたが、すぐにもって気が急きましたが、下腹がそれ状態のままで答えるっていうのはちょっとありえないので。
ちょっと落ち着いてから、ってトイレに立って。
で、いそいそと戻ると、今度は彼が咳払いしてトイレに立ちまして。初々しいというか微笑ましいというか。
私は何度もイエスの答えを心の中でリハーサルしてました。
けっこう経ってから戻ってきた彼にイエスを言おうとした時、カーディガンの裾がズボンの中に入ってるのが見えましてね。裾のほんの端っこなんで別に見苦しくもないんですが。さっきまでは裾は外に出てたんです。
それって、個室に入ってズボン下ろしてたってことですよね。
時間からして、やはりそうですよね。
まさか同時にだなんて。
私だけならまだしも、へたすると二人してウンコ我慢しながら一生を決める言葉の儀式が交わされてしまったかもしれないなんてねえ。いくら相性がよくても。
「答えは次ね」とかいう感じで、それきり会わなくなりました。
最高のプロポーズだったんですけどね。
あんないいタイミングなのに、こんなありえないタイミングだったんです。
すごくいい思い出で、悪い印象は何もないんですけど。
よりによってああいう時にいっしょにウンコ我慢してたんではねえ。
(第94回 了)
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* 『偏態パズル』は毎月16日と29日に更新されます。
■ 三浦俊彦さんの本 ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■