イケメンチンドン屋の、その名も池王子珍太郎がパラシュート使って空から俺の学校に転校してきた。クラスのアイドル兎実さんは秒殺でイケチンに夢中。俺の幼なじみの未来もイケチンに夢中、なのか? そんでイケチンの好みの女の子は? あ、俺は誰に恋してるんだっけ。そんでツルツルちゃんてだぁれ?。
早稲田文学新人賞受賞作家にして、趣味は女装の小説ジャンル越境作家、仙田学のラノベ小説!
by 仙田学
第四章 ジュニアとコラコラ問答(上)
天守閣は壁に激突して粉砕していた。
本丸はブルドーザーに轢かれたようにぺしゃんこだ。
石垣は木っ端微塵となり、米粒大の金のシャチホコとともに床に散乱していた。
中学の頃に一年かけて完成させた、プラモデルの大阪城は残骸に変わっていた。
おれは言葉もなくしゃがみこむ。
「ヤクザキックからのフロントネック・チャンスリー・ドロップって。つなちゃん神だね」
「いーしゃんも、みちのくドライバーⅡはんぱなかった」
おれのベッドの上でふたりしてあぐらをかき、未来とつなは汗に濡れた顔を寄せあって談笑している。
ちなみに、ヤクザキックだのフロントネック・チャンスリー・ドロップだのみちのくドライバーⅡだのってのは、プロレスの技の名前だ。
いつものように夕食の後片付けを終え、おれが部屋にあがってくると、すでに一戦を交えた後だったらしく、おれの中学時代のメモリアルは女たちの尻の下敷きになっていた。
こんなことになるなら、押入れにしまっておけば……。
「はいよ~、気あい入れてくぞー!!」
「っっしゃあっ!!」
未来とつなは勢いよくベッドから飛びあがり、部屋の両隅に散開した。
両手を広げて円を描くようにじりじりと歩きはじめる。
「えーいやめんか! 何時だと思ってんだっっっ」
おれはふたりのあいだに割りこんだが、
「おぅわっ」
前後から同時に飛び蹴りを食らってもんどりうった。
「せいやっ」
「とおっ」
肉と肉のぶつかりあう音が立つ。
ふたりの息遣いやかけ声が熱気とともに部屋じゅうに充満していく。
本気だ。
ふたりの目は魔物に誘われたひとのように一点を見つめて動かない。
おれの存在は空気そこのけの勢いでガン無視されている。
未来がプロレスの強化特訓をつな相手に始めてから、一週間が経っていた。
池王子をヘコませるべくコンパクトミラーを隠したことは、逆効果となった。
池王子には新たに母性本能をくすぐるキャラという強みが加わっていたのだ。
そのことを意識してか、池王子のふるまいはさらに傍若無人さを増していた。
とりわけ兎実さんはいつのまにかパシリと化していた。
顎で使われるがままにジュースを買いに行ったり、ロッカーから体操着をだしたり。
甲斐甲斐しく池王子の世話を焼く姿には哀れさを誘われた。
未来にたいしては、他の女子たちよりも、より念入りにからかう姿が見受けられた。
未来が理科の実験で爆発騒ぎを起こしたとき。
未来が体育の準備体操でひとりだけ異様な動きをしていたとき。
未来がなにもないところで蹴躓いてコケたとき。
必ず背後には池王子が立っていて、辛口なひとことコメントでツッコミを入れるのだった。
それがまた絶妙なことばのチョイスとタイミングで、吹きださずにはいられない。
じっさいおれも何度か吹きだし、他の連中と顔を見あわせ、手を叩いて大ウケしたものだった。
腕組みをしてこちらを見つめる未来の顔に気がつくまで。
その夜には決まって、円山家のおれの部屋からはおれの悲鳴が街じゅうにこだました。
ない知恵を絞り、おれは穏便に解決をはかる案をいくつもだした。
まず、下駄箱に嘘のラブレターを仕こんでおいた。
池王子は鼻で笑って破り捨てた。
のちにわかったことによると、連日のように池王子の下駄箱はラブレターでぱんぱんになっているのだが、いずれも焼却炉に直行しているらしかった。
机のなかにトカゲを入れてもみた。
驚くかと思いきや、池王子は表情ひとつ変えずトカゲをぶらさげながら、クラスで飼育しようと真顔で提案をしたのだった。
全員一致で却下となったが、池王子にはさらに、動物好きの博愛家という属性が加わった。
コンパクトミラーをまた奪うよう、未来には再三せがまれた。
だがそれは難しそうだった。
騒ぎになった一件いらい、池王子はコンパクトミラーを真っ赤なジャケットの内ポケット深くにしまいこみ、肌身離さず持ち歩いているのだ。
しびれを切らせた未来は、体育のバレーボールの時間に、池王子の顔面めがけて全力でボールを投げつけた。
ふつうの人間なら、救急車送りになっただろう。
ところが池王子は軽く片手でボールを受けとめ、怪力女、と公衆の面前で未来に呼びかけたのだ。
怒りのあまり湯気がでそうなほど顔を真っ赤にしている未来に、近寄って耳打ちをしたのはまたしても羊歯だった。
未来と池王子でプロレスをし、池王子のコテンパンにやられている姿を録画して動画サイトにアップする。
羊歯のアイディアを未来はいたく気に入ったらしい。
未来のプロレスファン歴は軽く十年は超えている。
研究のみならず実践も含めての十年だ。
現役ばりばりのプロレスラーと対戦しても、おそらく未来は勝ってしまうんじゃなかろうか。
その晩から、未来はつな相手に激烈なスパーリングを開始したのだった。
「どおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!」
振り向く暇もなかった。
ゴンッッッッッ!!
空気を切り裂きながら飛んできたのは、未来のダイヤモンドヘッドだった。
頭を直撃され、おれは意識を失った。
決行の日は、兎美さんの塾のある日を狙った。
授業が終わると、兎美さんは池王子へ未練たらたらな視線を向けながら教室を出て行った。
やがて池王子も、金魚のフンのように群れる女子たちを引き連れて腰をあげた。
おれは足音を殺してあとをつけていく。
チャンスはすぐにやってきた。
一階まで降りると、池王子は先に女子たちを校舎の出口へと向かわせ、男子便所に入ったのだ。
校舎をでたところには、いつものように自家用セスナが待機している。
便所からでた池王子は、高笑いをしつつセスナに乗りこみ、上空へ消えていくはずだった。泣きながら手を伸ばす女子たちを放置したまま。
今しかない!
「危ねっ! 気をつけろいっ」
勢いよく便所に走りこんだおれは、危うく池王子と正面衝突するところだった。
「よく便所で会うよな。はは」
「ふん」
そのまま出て行きかけた池王子は、ちらりと鏡に目をやった。
ポケットから七つ道具を取りだし、メイクを直し始める。
手を動かしながら鏡の前で上目を遣ったり、斜め立ちで流し目をくれたり。
未来でなくともナル男!! と呼びかけたくなるほどの自己陶酔ぶりだった。
鏡依存症の池王子は、一日に何十回と鏡を見なければ気が済まない。
同時に、鏡恐怖症でもあるため、ひとりで鏡を見ることができない。
――いっとくけど、この話したのおまえがはじめてだからな。みんなにはぜってー内緒だぞ。
数日前に、便所で池王子に囁かれたことばが蘇る。
大物の魚のかかった手応えを感じる漁師のように、おれは腕の震えを抑えきれなくなった。
引っかかったぞこいつ!!
ようやくメイク直しを終えた池王子は、仕上げにおれの顔を鏡越しに覗きこむ。
「ぼくってかっこ……ん?」
池王子は改めて振り返り、おれの顔をまじまじと眺めてきた。
「おま……それ……ぶははははははは」
おれの顔を指さそうとするものの、勝手に膝が曲がり、腹を抱えてしまうらしい。
うずくまりながら涙を流して爆笑し始める。
おれは心のなかでガッツポーズを作り、鏡に映ったおのれの顔をチェックした。
タイ式ボクサーにぶん殴られたように、目のまわりは黒々とふちどられている。
顔ぜんたいは、暗黒舞踊の踊り手のようにドーランが塗りたくられ真っ白だ。
喉笛が掻き切られたように、口のまわりははみだした口紅で真っ赤に染まっている。
池王子のあとをつけながら、柱の陰に隠れて三秒でほどこしたメイクだった。
「やっぱおかしいかな、これ。どうもおれ、下手っぴなんだよなあ」
「いやいやいやいやいや。下手とかそーゆー問題じゃ……ぬはははははははは」
もういちどおれの顔を見あげた瞬間、池王子はふたたび吹きだした。
便所の床を叩いてひとしきり大爆笑したあと、涙を拭って立ちあがる。
「いいもん見してもらったわ。じゃあな」
便所の床を叩いた手で肩を叩いてくる池王子に、おれは首を振ってみせた。
「なんでなんだろうなあ、なんでおれ、かっこよくなんないんだろうなあ」
「ぶはっ。もういいって。ふざけてねえで、顔洗って帰れよ。まあひとつアドバイスするなら、メイクの問題って以前に、もともとの素材が致命的だからとしかいいようがないかな」
「ふうん。おっかしいなあ。ドーランはDiol、アイシャドウはChannel、口紅はBulcaliなんだけどなあ」
「なにっ」
池王子は目を剥いた。
「おれとまったく同じブランドじゃねえか。ありえねえ。なんでここまで不細工になれんだよ」
「素材の違いなんだろ」
「それにも限度がある。うおお……」
頭を抱えて座りこむ池王子の前で、おれは肩をすくめてみせる。
「だよな? ってことはやっぱ、化粧品の問題かあ。こんなの使ってちゃダメだよなあ」
「待て待て、そんなはずはねえ。なんかが狂ってる……よしっ」
勢いよく立ちあがると、池王子は便所の床を叩いた手でおれの両肩を掴んできた。
「おれにまかせろ! おんなじ化粧品使って、見違えるような顔にしてやるから!」
「んー、でもここ便所だし。それに女子たちと自家用セスナが待ってんじゃ?」
「そんなもんどーでもいいって!! 早くいじらせろよ。どっか落ち着いてメイクできるとこねーかっ」
池王子の唾をよけながら、おれは白々しく両手を打つ。
「あっ思いだした! そんならいいとこがある」
(第09回 了)
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