イケメンチンドン屋の、その名も池王子珍太郎がパラシュート使って空から俺の学校に転校してきた。クラスのアイドル兎実さんは秒殺でイケチンに夢中。俺の幼なじみの未来もイケチンに夢中、なのか? そんでイケチンの好みの女の子は? あ、俺は誰に恋してるんだっけ。そんでツルツルちゃんてだぁれ?。
早稲田文学新人賞受賞作家にして、趣味は女装の小説ジャンル越境作家、仙田学のラノベ小説!
by 仙田学
第四章 ジュニアとコラコラ問答(中)
三秒に一回はおれの顔をチラ見してため息をつく池王子を、導いていった先は体育館の裏だった。
体育館の壁とグラウンドのフェンスとのあいだの細長いデッドスペースには、枯れかけた雑草のまばらに生えた地面がぼんやりと広がっているだけだ。
「こんなとこでやんの? 寒みーよ!」
折から吹き抜けた北風に、池王子は両腕を抱いて震えた。
つきまとっていた女子たちは、さきほど池王子に帰らされた。
自家用セスナは校庭で待機を命じられている。
どれほどこいつが騒ごうが、誰にも声は届かない。
おれは鋭い口笛を吹……こうとしたが、唇からでたのは空気の漏れる物悲しい音だけだった。そうだった、おれ口笛吹けないんだった。いたしかたない。
「ひょえ――――――っっっ!!」
池王子がのけぞった。
「おま、どっから声だしてんだっ、うるさっ!」
最高に迷惑そうな顔で、池王子は耳を押さえおれから離れる。
その先に、人影が立ちふさがった。
「よく来たな」
「…………………!!!!」
宇宙人に遭遇したミネソタ州の農夫のように、池王子の目と口がまんまるになった。
むべなるかな。腰に両手をあてて立ちはだかり、池王子を見おろしているのは。
覆面レスラーだった。
真っ赤なラメの入ったマスクが、頭をすっぽりと覆っている。
額にはでかでかと、金色のスパンコールでMの文字が刺繍されていた。
くり抜かれた目の部分からは、アーモンド形の吊りあがった目が覗いていた。
首から下は濃い緑の全身タイツ。
腰には特撮もののヒーローのグッズとして子どもたちに大人気の、紫色の変身ベルトが巻かれていた。
ひと目で色褪せたカーテンだとわかるマントをひるがえし、覆面レスラーは天を指さす。
「このリングの上にひとり、神がいる。ミスタ~~~~アントニオ小猪木!! K-1! PRIDE! プロ野球! Jリーグ! いいかよく見てろ! これがプロレスのパワーだ! プロレスは、絶対に負けない!」
「先斗町おまえ熱あんのか? 病院行くか?」
心の底から心配そうに、池王子は覆面レスラーの顔を覗きこむ。
「………………………っっっっっ!! バレてる?!」
覆面……いや、未来はアーモンド形の目をまんまるに見開いておれのほうへ向けてきた。
あたりまえだ。
バレないつもりだったのかよ。
ここにいる三人のなかでいちばんびっくりしてるのは、間違いなくおれだ。
マスクの裾からだらしなくはみでている白金色の髪。
全身タイツによって嫌というほど強調されているJK離れした豊かな肢体。
未来そのもののような真っ直ぐに透き通った声。
同じ格好をした女が千人いても見分けられるだろう。
「おい。聞いてんのかひとの話。寒くないのかよ。変態みたいな格好して」
「なっ! へんた……? もっかいいってご覧」
「変態」
未来はがっくりと首を落とした。
「ほ、ほらほら、そのへんにしとけ。楽しかったなあ。はいどうどうどう」
おれはふたりのあいだに割りこみ、レフェリーよろしく引き離しにかかる。
その腕を、未来が静かに掴んできた。
「ふっ……ざけんじゃねえよコノヤロウっ! なにいってんだてめえバカヤロウ!!」
片腕で突き飛ばされただけで、おれは三メートルほど転がった。
未来は池王子に飛びかかる。
常人なら瞬間的に薙ぎ倒されていただろう。
ところが池王子は軽く片手で未来のチョップを防いだのだ!
戸惑いながらも、未来は素早く体勢を立て直し、大きく脚を振りあげた。
足先がうなりをあげて、池王子の後頭部に迫っていく。
延髄切りだ。
池王子は頭を反らしてよけたかと思うと……
そのまま仰向けに寝そべった?!
意表を衝かれた未来はふらついた。
「なにがしたいんだコラ!」
「なにがコラじゃコラ! バカ野郎!」
「なにコラ! タココラ!」
コラコラ問答に突入しつつ、未来の足もとへ、池王子はローキックを放ってきた。
「イヤァオ!」
獲物に飛びかかるガラガラ蛇のように、池王子の脚は未来のふくらはぎに食らいつく。
未来は後ろへ倒れかけたものの、みごとな足捌きで踏みとどまった。
アリキックだ!
七十六年に、猪木が日本武道館でのモハメッド・アリ戦で披露した伝説の技だ。
そのまま、猪木アリ状態でふたりはじりじりと睨みあう。
得意の延髄切りをかわされたうえに同じ足技で追いこまれ、未来はさぞ焦っているだろう。
と思いきや、未来は半笑いだ。
「たぎってきたぜ~」
ふだんスパーリングの相手になっているつなは、まだ十歳だ。
たまに新しい技の実験台に選ばれるおれなど、素人以下の運動神経しかない。
ひさしぶりに手応えのある獲物、いや相手に巡りあえて、未来は喜びに震えているのだろう。
緑色の全身タイツに覆われた美少女JKモデル。
校則違反の真っ青なズボンに包まれた足を蛇のように動かすイケメンDK。
目のまわりはどす黒く、口から赤いものを滴らせて右往左往している、徹夜続きの肉食パンダのようなおれ。
その全景を、グラウンドのフェンスによじ登った羊歯が、スマホで動画撮影していた。
気が遠くなるほどの時間、ふたりは猪木アリ状態で睨みあっていた。
「一、二、三、ダアー!」
いよいよ未来が痺れを切らせたように、ふたたび足を高く上げ、池王子の腹めがけて振り下ろす。
踵落とし!
なんとしても足技で決着をつけたいようだ。
だが池王子はその足を真正面から受けとめ、素早くおのれの足を絡みつけた。
「ゼアッ」
「ホ―――――!」
今度こそ、未来は仰向けにすっ転ぶ。
その両脚に、池王子の脚がさらにきつく絡みつき、締めあげる。
フィギュア・フォー・レッグロック、通称足四の字固めだ!
マスクに開いた穴越しに、未来が両目をきつくつぶり、痛みをこらえているのがわかった。
「フォーエバー―――!!」
池王子は両手でピースサインを作った。
これほどまでの強敵だとは。
呆然と立ち尽くしていたおれは、未来のうめき声で我に返った。
おれは地面に四つん這いになり、カウントをとりはじめる。
「ワン、ツー、スリー」
未来がもがけばもがくほど、技はよりきつくかかっていくようだった。
「フォー、ファイブ、シックス」
とうとう、未来は観念したように、ぐったりとちからを抜く。
そんな未来の姿を見るのは初めてだった。
これは、スポーツだ。スポーツマンシップにのっとって、ふたりは正々堂々と戦ったんだ。
未来には、帰りに豚饅でもおごってやろう。
おれはすっかりコーチの気分になっていた。
未来にプロレスを教えたことなど一ミリもないにもかかわらず。場の雰囲気に飲まれて。人間って不思議。
「セブン、エーイッ、ナイン……」
いよいよおれたちの脳内で幻のゴングが鳴り響こうとした、そのときだった。
池王子がいきなり足を離した。
「…………?!」
マスクの穴から放心したように目を見開いている未来に、池王子は手を差し伸べた。
仰向けに寝そべったまま、未来はぶんぶん首を振る。
「泣いてねぇ! 悔しくねぇ! あきらめねぇ!」
声が震えていた。
池王子は額の汗を拭い、遠くを見た。
「道はどんなに険しくとも、笑いながら歩こうぜ」
「イケチンっ」
未来は跳ね起きた。
「あんたなんて男前なのっ」
「おまえこそ、おれより男前だ」
ふたりは両手でがっちりと握手を交わす。
「よかったら、また相手してくんない?」
「望むとこだ」
「ねえ……イケチンって呼んでいい?」
「もちろん。おまえのこと、ジュニアって呼んでいいか?」
「ジュニア?」
「二年F組の小猪木だ」
「イケチンあんたって……」
池王子が、未来に向けて拍手をしはじめた。
やがて未来も、イケチンに拍手を返す。
つられておれも、ふたりに拍手を送っていた。
おれの胸の奥から熱いものがこみあげてきた。
昨日の敵は今日の友、か。スポーツって、ほんとにいいもんだな。
ここまで素直な未来を、生きてるうちに見れるとは。
性格が災いして、おれを除けば未来には兎実さんと蛸錦くらいしか友だちがいなかった。
それが、羊歯にイケチンと、立て続けにふたりも親友ができるとは。
苦労してここまで育てあげた甲斐があったぜ。
そうだそうだ羊歯。
もう撮影はいいぞ。いまのプロレスを動画投稿サイトにアップしたら、リンチだのなんだのって社会問題になりかねん。
……あれ。羊歯どこいった?
「おぅわっ。なにすんだおまえ!」
池王子の胸もとにしがみついているのは、羊歯だった。
高々とあげたその手には、コンパクトミラーが握られている。
池王子のジャケットの内ポケットから抜き取ったようだった。
ぱちん、と音をたてて蓋が開く。
円い鏡面に、赤黒く染まった冬の夕暮れの空が映りこんでいた。
振りあげたコンパクトミラーを、羊歯は足もとに叩きつけた。
地面に埋まっていた石にぶつかり、コンパクトミラーは粉々に砕け散る。
「うおおおおおおおっっっっ!!!!」
池王子は鏡の破片の上にしゃがみこんだ。髪を振り乱しながらぶんぶん首を振る。
「鏡鏡鏡っ!! 鏡だせ鏡」
池王子は血相を変えておれの襟首を締めあげてくる。
「うぐ……持ってねえよ、おまえじゃねえんだから」
「うおおおおお鏡ぃぃぃぃぃ」
池王子はおれを突き飛ばし、狂犬病にかかった犬の勢いでアサッテの方角へ駆けだした。
「なに……あれ」
覆面越しにくぐもった声を漏らしたのは未来だ。
数日前にも同じく池王子が取り乱したとき、未来は気絶して運ばれている最中だった。
鏡依存症かつ鏡恐怖症という、池王子の弱点を、未来はまだ知らないのだ。
親友になった直後に、相手の暗黒面を見るはめになるとは。
そういえば未来は兎実さんの暗黒面もイヤというほど見てきたんだった。
未来の不憫さに、おれは自分のことのように打ちのめされていた。
「まだ終わってない」
これまでに聞いたことのないような鋭い声をあげたのは羊歯だった。
ぐるぐるメガネを光らせると、羊歯は池王子を追って駆けだした。
不吉な予感がする。なんかわかんねえけど。
おれは未来の腕を掴んだ。
(第10回 了)
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* 『ツルツルちゃん 2巻』は毎月04日と21日に更新されます。
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