講評 辻原登
受賞の言葉
受賞のご連絡をいただいた後、ホセ・ドノソの『別荘』(訳・寺尾隆吉 二〇一四 現代企画室)という本を読む機会がありました。
その中に、二人の少年が槍でできた柵の一部を引っこ抜いて、柵の向こう側を目指す場面が出てきます。二人は柵の向こうに何があるのかもわからないままに槍を抜く作業に没頭します。その様子がとても美しく描かれていて、ああ自分はまだまだ足りない部分があるなと改めて身が引き締まる思いでした。
文章を書くことは、少年たちが槍を抜く行為に似ている気がします。僕も「柵の向こう側」に行きたいのです。ただそこが果たしてどういう場所なのか、何があるのかは、槍を抜いている僕にもわかりません。わからないままに、文章を書いています。ちなみに『別荘』の作中において、マウロという少年は自分で完璧だと選び抜いた一本の槍に「メラニア」と名付けたそうですが、世に数多くある文学賞は、そういった抜かれていった槍たちに名前を付けるようなものなのかもしれません。
今回、ありがたいことに僕は金魚屋新人賞というお名前を頂戴しました。とても光栄なことです。文学金魚様には何か恩返しをしなければいけない、と僕は考えました。でも残念なことに、僕は誰かに何か与えられるものを多く持ち合わせている人間ではないので、やることは受賞前と変わりません。
この先も「柵の向こう側」を目指します。そこに何が待ち受けているかはわかりませんが、もしかしたら恩返しをするヒントくらいは見つかるかもしれません。
だから僕は今日も槍を抜きに行ってきます。
晩ご飯までには帰ります。
この度は賞を授けてくださり、誠にありがとうございます。
この場をお借りしまして関係者各位皆さまに、厚くお礼申し上げます。
小松 剛生
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■