第17回 金魚屋新人賞(辻原登奨励小説賞・文学金魚奨励賞)を以下の通り発表します。
■ 辻原登奨励小説賞受賞 ■
ケニー敏江『四角い海』(小説)
酒井聡『新人賞!(「タイムスタンプ」より改題)』(小説)、『貧乏のたまもの』(エッセイ)
紫雲『無差別の法則』(小説)
【総評-辻原登】
■ 辻原登奨励小説賞受賞 ■
ケニー敏江『四角い海』(小説)
【受賞の言葉】
作者のメッセージを表現する方法の中で、音楽と絵画に対して文学は両極端の場所に位置すると思う。
音楽なら大きく分けて長調と単調の曲に分類できる。長調の曲は明るく楽しいが短調の曲は陰鬱な印象を受ける(歌詞はないとして)。短調の曲を聴かせて「楽しくなってください」と聴く人の感情をコントロールすることは難しいだろう。絵画は文学とは全く違うと一概に言えないかもしれないけれど、見る人は使われている色やタッチや描かれている対象物によってやはりその絵の印象を決めてしまう。
文学は文字だけで綴られる芸術であり、文字は単語を作り、単語のつながりが文になる。その繰り返しによって物語は作りあげられ、その中で作者は世の中の喜劇と思われている事柄を悲劇に作り変えることができ、その逆も可能だ。また、読者は文字・単語・文の繰り返しを体験することで、文章の向こう側に読者それぞれの景色を想像し、見ることができる。それは時に作者が意図しなかったものだったりする。作者の手によって紡がれた文章の組み合わせは無数の色や音や景色を表現し、読者との会話の手段となる。
読者との間で幾通りもの会話が生まれる、そんな作品を作っていきたい。
ケニー敏江
【著者略歴】
兵庫県出身 大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)アラビア語科スワヒリ語専攻卒業、米オハイオ大学、ケント州立大学にて修士号取得 現在ニューヨーク州立大学バッファロー校にて日本語講師として勤める。ニューヨーク州バッファロー在住
■ 辻原登奨励小説賞受賞 ■
酒井聡『新人賞!(「タイムスタンプ」より改題)』(小説)、『貧乏のたまもの』(エッセイ)
【受賞の言葉】
仕事柄、現代アーティストやファッションデザイナーと関わることが多い。自分よりもずっと若いクリエイターの作品を前にして痺れる機会も少なくない。膨大な制作の積層や、そこから抽出された一本のストロークに底知れない奥行きを見る。彼らが天才であることは疑いようがない。では文学と対比してアートの世界にタレントが偏っているのかというと、そうではない。
アートやダンスや映像といった他の芸術分野がコンテンポラリーとラグジュアリーとストリートの三点を行き来しながら螺旋を駆け上がっていく中で、文学は埃をかぶったまま地上近くに取り残されている。かつては横並びだったはずの隣接芸術が生い茂る足元で光を遮られいつまでもじめじめしている。この構造をどうにかしなければならない。
ガジュマルみたいなやり方からでも良い。種を飛ばして這い上がる。樹木にしがみついて光を浴びる。つたを下ろせば蜘蛛の糸程度の道筋にはなる。生態系の中で役割を得るのは少しずつかもしれない。それでも文学をコンテンポラリーにすること、地上に繋ぎ止めている足かせを取り外すこと、時計の針を百年くらい進めることに、僕は努めていきたい。AIやSNSが幅を利かせる現代にこそ、文学は息を吹き返すと信じている。
酒井聡
【著者略歴】
九州大学芸術工学部で美術やデザイン、工学を学ぶ。
2009年に卒業後、株式会社マイナビ、株式会社ランチェスター(現: MGRe)でデザインやメディア編集、アプリ開発を生業としながら、中小企業診断士を取得。刺繍メーカー、墓石卸、出版社など複数社をコンサル。
2014年に株式会社ニューロープを設立。ファッション特化の人工知能でトレンドの予測データやEC接客機能などを様々なアパレル企業に提供する。 個人事業としてPARCO、東京工芸大学、ポケットマルシェなどのグラフィックデザインも手掛ける。
2023年4月より国際ファッション専門職大学 准教授を兼務。
同年にART TRAVELERを共同創業。メディア、250人規模のコミュニティ、現代アートの展覧会企画などに取り組む。
・『TOKYO AI Fashion Week』最優秀賞
・『カセラサラ ファッションコンテスト』入選
・『ソフトバンクアカデミア』事業プレゼン3位入賞
・東洋経済誌『すごいベンチャー100』選出
・『ICCサミット スタートアップ・カタパルト』準優勝 ほか
■ 辻原登奨励小説賞受賞 ■
紫雲『無差別の法則』(小説)
【受賞の言葉】
出版不況と活字離れが常態化している。その反面、SNSの魔力に中った者たちは、批評家や作家を気取り、せっせとアップロードを重ねてきた。おまけにAIの進化が目覚ましい。
なんという皮肉だろう。これほど「文章」が跋扈した時代はない。玉石混交こそが真の覇者であり、専門家さえリアルとフェイクを見誤る。
それでもなぜ書くのか。すでに文壇デビューした身とはいえ、私は、世に数多いる「鳴かず飛ばず」の小説家に過ぎない。
乱文と駄文を繰り返すたび自問は強まった。なぜに書くのか。売れるならとっくに売れている。才があるなら早々に見出されている。まして、五十にして天命を知る、という。さっさと諦めて、もっと時間を大切に扱うべきだろう――。
そんなとき、ある映画の一場面に惹きつけられ、腑に落ちた。絶望的なミッションに挑む主人公と助手(マシン)の会話だった。
助手 「It’s not possible.」
主人公 「No, it’s necessary.」
そういうわけで書き続けています。
応援して下さい。
紫雲
【著者略歴】
國學院大學卒 第5回「このミステリーがすごい大賞」優秀賞受賞(筆名 高山聖史)
* 金魚屋新人賞関連情報は「編集後記」にも随時掲載されます。
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