偏った態度なのか、はたまた単なる変態か(笑)。男と女の性別も、恋愛も、セックスも、人間が排出するアノ匂いと音と光景で語られ、ひしめき合い、混じり合うアレに人間の存在は分解され、混沌の中からパズルのように何かが生み出されるまったく新しいタイプの物語。
論理学者にして気鋭の小説家、三浦俊彦による待望の新連載小説!。
by 三浦俊彦
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■ 男子トイレ盗撮ビデオがAVショップ-通販ルートに乗って全国に流通したことは前述した通り。インターネットでの女性向けアダルトページにトップ賞品として掲載されつづけたというのも前述の通り。金妙塾消滅後、さらには〈あの事件〉を経ておろち元年になってもキャンペーン製品としてエントリーしつづけていた『これがオトコの脱糞だ!! 颯爽たるエリート社員から紅顔の美少年まで』。しかるに、これはおろち史学7つの謎の筆頭に挙げられるべき現象なのだが、通算して見事一本も売れなかったという記録が残されているのである。1日に二百件以上のアクセスのありつづけたサイトなのにである。
ただし、全く売れなかったわけではないところが微妙であった。女性向サイトの通販では一本も売れなかったが、首都圏と関西を中心としたAVショップ店頭では、計150本ほどが売れたという調査結果が出ている。ただし、おろち元年以降における追跡調査によれば、購入者は全員男性、ゲイであって、体育会系の気合絶叫脱糞と、ジャニーズ系美少年の無言排便の部分がコピーされてしばしゲイ社会の聖典のようにして流通し、被写体を探せ、の賞金付き探索すらなされていたという。やはり探究心を抱いたのは女ではなく男であったという事実により、男女の科学的傾斜について導かれる結論は自ずと明白というべきである。
盗撮文化の非対称性は科学的適性の格差をそのまま示しているという金妙塾内準定説については、もっと真剣に議論されてもよい。女が男のためにひいては金のためにピンホールカメラの設置や風呂内・トイレ内密着盗撮を請け負うことはしばしばあったにせよ(女子校トイレ盗撮ビデオにはたいてい、「裏切り! 現役女子高生持込映像! 部外者は絶対入れない箇所にカメラ設置」「援助交際女子高生がおこづかい欲しさに盗撮した女子高生による女子高内部の映像。かつて設置不可能だったトイレ天井に仕掛けたCCDカメラによる2部屋同時盗撮。それに加えトイレ床からの超ローアングル仰ぎ見盗撮とカメラ位置は一段とパワーアップ」といった売り文句が踊っている)男が男を女のために盗撮したという事例は、知られている限りでこの『これがオトコの脱糞だ!! 颯爽たるエリート社員から紅顔の美少年まで』が初めてであり、以後も未だ出ていないのである(少なくとも観賞用商品としては。『これがオトコの脱糞だ!! 颯爽たるエリート社員から紅顔の美少年まで』に触発された別口の男子トイレ盗撮ビデオが後に恐るべき政治的道具としてフル利用された事情については後に略述する)。
かくも『これがオトコの脱糞だ!! 颯爽たるエリート社員から紅顔の美少年まで』の顛末により、男女の傾斜した現状の自己解消・均衡回復は少なくとも自然的には望めないことが実証された。おろちフェミニズムにとって、『これがオトコの脱糞だ!! 颯爽たるエリート社員から紅顔の美少年まで』の作成実現・流通が、目的とは逆の現実を顕わにする方向にのみ作用したということが、おろち史のその後の皮肉な経緯を予示しているともいえよう。
■純愛完全欠如のおろちプレイのむなしさが、亡き妻鮎子との思い出の塔をますます悲哀に満ちた廃墟へと蝕んでゆくのに耐えかねていた印南哲治は、朝鮮人少女による和尻凌駕の挙に遭って大錯乱し、その後しばらく黄金魂熟成的育成の隠棲生活に潜伏していたという経緯。それはすでに述べた。四割の失意と三割の諦め、二割の苛立ちと一割の希望をもって街を徘徊していたある夕方、東銀座で都営地下鉄に乗ったところ、隣の車両になにやらドア際、猫背で立ってひとりで雑誌を朗読している中年女がいた。真っ赤なワンピースをまとって赤髪を長く背にたらして、ああ、よくいる「ヘンな人」だな、にしても独り言じゃなく朗読とは珍しいパターンだ、と聞くともなく聞いているうちに、
うっ?
印南的人生にして最大の角度で首を傾げた。
朗読されているのはどうやら、石丸φのペンネームで印南自身が何年か前、ニューエイジ系通販雑誌に書いた文章だったからである。ちょうど鮎子の死の衝撃から魂が醒めかかって「鮎子細胞によって殺されるのではないかなどという恐怖におびえる自分に不甲斐ない怒りと罪悪感を覚える反動で、純愛の慣性を貫こうとし」(第18回)ながら世の女性誌的セックス記事に「一人ゲリラ」を仕掛け始めた時期である。ちょうどその頃に、己の生命運を試す意味で、すなわち鮎子亡き後も生きる意義があるのかどうか試す意味で――半ば以上異議なき目が出ることを希望しながら――「黄金に魂覚めた朝」に記された通りの「黄金死」に身を挺したのである(なお「黄金に魂覚めた朝」冒頭に「三十五歳になった朝」と、自分の誕生日であったかのように書かれているが、本当は鮎子の命日であったということが確認されている。その他の部分はおおむね事実の忠実な記述になっている)。
しかしなぜ今頃「黄金に魂覚めた朝」がこんなところで。
印南はいったい、我が過去命題が見知らぬ女とどのようなかかわりをみせているのか、気になって隣の車両に移っていった。むろんこのときヘンな人を装って朗読していたのは金妙塾のネオクソゲリラ要員、イラストレーター多田峰晴子四十二歳であった。
この出会いは偶然ではあるが、不思議な偶然ではない。すでに述べたように「黄金に魂覚めた朝」は「傾黙」検出実験(第29回)のために都内三箇所の電車内で同時に朗読されていたのであり、この時刻ランダムな駅から乗車したとして可聴範囲内に当たる可能性は極小ではなかったし、たまたま朗読文の筆者本人でもなければ隣の車両のヘンな人の呟きなど聞き過ごし降車とともに忘れ去っていたことであろう。それにそもそも、金妙塾ネオクソゲリラにおいては石丸φの文章はこの時までに少なくとも五種類計八回は使用されており(前述のとおり非業界出版物掲載のスカトロ色といったら当時執筆者も限られていたのである)そのうち一番当たる確率の高い「黄金に魂覚めた朝」に印南が行き合ったのは妥当きわまるとも言える顛末だからである。いずれにせよ、つまりたとえネオクソゲリラ目撃がなかったとしてもおろち文化発祥の二大拠点・キョーソにして達人・印南哲治と、金妙塾ならびに深筋忠征とは遅かれ早かれ必ずやおろち状に交わらずにはいなかったはずなのである(川延雅志と袖村茂明そして蔦崎公一さえもがネオおろち系少女部隊の所業を媒介としてすでに印南哲治と間接接触していたことを想起せよ……)。
和尻を遥かに凌いだ朝鮮尻の脅威まだ冷めやらぬ印南は、奮起の拍車をかけるためにもう一度さらに過激な黄金死(三十人の女王様に顔面にシンクロ脱糞してもらい一瞬にして窒息昇天という「人間肥溜」方式。同時脱糞の実現法、三十個の尻の密接配置の方法などについて詳細なメモが残されている)を試みんと決意しかけていた矢先だったのでこのシンクロぶりに背筋が粟立ち(作為シンクロ脱糞の妄想と無為シンクロしたという二重のメタシンクロニシティにも要らぬ大運命を感じてしまったのである)、朗読者多田峰晴子を車内そして車外へと尾行した。
多田峰晴子が「よくいるヘンな人」だという常識的解釈を、朗読されているのが見知らぬ言葉ではなく他ならぬ自分の文章であることがわかった時点で印南が放棄していたのはもちろんである。(不思議にも往々的を射る独我論的解釈というべきだが)自分が関わっている以上なにか必然的ウラがあるはずと自己中読みに夢中になっていたのである。案の定、途中の喫茶店で彼女が連れの男と合流したのを確認した。その男が車内の一部始終を小型ビデオカメラで撮影していたことが二人の会話から察知できた。ふたりでコーヒー飲みながら乗客の反応をモニターで検討している有様にさらに興味をそそられ、耳そばだてるうちに
「金妙塾……」
なる集団の存在を知った印南哲治は、以後、第二次黄金死に代わる刺激的打開策として金妙塾活動の追跡に勤しむこととなったのである。「タイプψ」はかくして確率論的にではなく、必然的に出来していたのである。
かくして伊奈芸術大学のほぼ全講義を隔週休講にしながら精力的に金妙塾ネオクソゲリラの尾行に努めはじめた印南哲治は、ネオクソゲリラのみならず塾生によるトイレ盗撮、覗き、屁合わせ会などの多様なる諸活動をつぶさに観察し、塾生一人一人を念入りに尾行し、鮮渋堂を訪れて幾度か店主お薦めの古本や古ビデオを買い集めもした。小柄な中学生が入り浸って背伸びしてまくし立てたりしてる様をつい微笑ましく眺め、電車内で『覗き日誌』を塾生の鞄から盗み出しては落書きして鮮渋堂のビニ本の棚に差しておき(印南のこの行為のおかげで桑田康介が金妙塾入塾に至るコースに乗ることができたことは第30回に示唆したとおり)、軽井沢別荘までつけていっては寝小便合宿や虹合宿のありさまを双眼鏡や望遠カメラで観察・記録し吟味しつつ傍観に徹していた印南哲治だったが、調査を進めるにつれなにやらだんだん腹が立ってきたのである。
いったいやつらはみなスカトロマニア気取りらしいが、誰一人として肝心の「糞食い」を実践していないではないか。
どいつもこいつも、見たり、出したり、嗅いだり、比べたりしてはしゃいでいるだけだ。
ちゃんちゃら甘い。甘すぎるわ。
食糞を主題とした我が文章がもったいないわ。文章を朗々朗読しておりながら食糞イデオロギーを観念的に弄んでいるに過ぎん。
えええいだめだ。だめだだめだ。
ほとんど許せんレベルだダメダメダメ。
「達人」たる自分がかような低レベルディレッタントどもの回りをなぜかコソコソ嗅ぎまわっている現状に印南が急速に情けなさを覚え始めた折も折、我慢の限界線がとうとうぷつんと切断された。「……、……!」いつものようにネオクソゲリラを電車内へと尾行してゆくと、東急東横線・代官山から、金妙塾最古参にして最大の論客とかいう肛門科医・吉丸八彦四十九歳が、またしても――
――またしても印南の身に覚え深き重要文書を、つんのめるような咳を二つしてから読み始めたのである(石丸φ「極性変換の錬金術」(『イマーゴ』1996年5月号)。
(第42回 了)
縦書きでもお読みいただけます。左のボタンをクリックしてファイルを表示させてください。
* 『偏態パズル』は毎月16日と29日に更新されます。
■ 三浦俊彦さんの本 ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■