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論理学者にして気鋭の小説家、三浦俊彦による待望の連載小説!。

by 三浦俊彦

 

 

 

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■ 「ラストで銃を乱射した人質の男の件ですが……」

 〈喪竿〉という名が口にされるのは、おろち研究者の間においてもきわめて稀である。

 〈喪竿〉という名が耳にされるのは、おろち研究者以外においてもさほど稀ではない。

 〈喪竿〉という名が意識されるのは、おろち研究研究者か否かにかかわらず稀中の稀である。

 そう、〈喪竿〉という姓か名か通称か判断しかねる学名で呼称されてきた一キャラクターが、正確には消去法で喪竿と同定するしかない一キャラクターが、印南事件の現場をうろうろ歩き回っていたという生還者証言が漂い始めたのはおろち紀元十数年も経てからのことではあったのだが……、

 「〈喪竿〉氏は身の危険を微塵も感じていないかのように重装備の印南哲治と人質たちの近くを夢遊病者のように徘徊していたそうですよね」

 「逆に印南と人質たちも、阿鼻叫喚のソドム現場の至近距離を行き来する〈喪竿〉氏を空気のようにあるいは直視が憚られる可哀そうな人のように無視し続けていたそうですが……」

 「この現象はほぼ確証されており」

 「果たして解明すべき謎なのかどうか、学的俎上に載せるべきなのかどうか、といったメタ議論が沸騰しているそうですね」

 「というか、沸騰してもよいのではないかという論文が人目につかない学術誌にときおり投稿されては却下されかけては削除修正版が載ったとか載らないとか、だそうですが」

 「〈喪竿〉氏は現場のラジオ体操やブラインド・フェロモンで」

 印南の号令に合わせさかんに体を伸縮させられる人質の中に、

 「パキッ」

 という関節音が鳴ると〈喪竿〉は、あるいは〈喪竿〉の影だけが、そそそそそそといちおう印南哲治の目を憚るふりをしながら音源に近寄って、瞑目して恍惚と関節音の余韻を空中にくんくんと嗅ぎあぐねているのだった。

 日本政府の大団円における過剰反応によって、その超法規判断的大破壊によってもはやサイコメトラー探査によっても曖昧になっているのが「はたして印南哲治によって何人の人質が射殺されたのか」的疑問だが、いずれにしても〈喪竿〉の耳目を惹きつければ自ずと印南哲治の視線がさりげなく当該地点を離れる案配これ人質間で暗黙に認識的に共有され、立ちしゃがみのさいにせっせと股関節のみならず肩関節や肘関節、腰関節まで鳴動させようという密かな努力合戦の熱が充満していたのだった。

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 「らしいですね。ときおりの印南の発作的激高によって発生した血しぶきや悲鳴を顔面に点々と浴びながら、ただひとり阿鼻叫喚的現場を自由に歩き回る〈喪竿〉氏は……」

 「さよう、印南哲治最後の切り札となったわけですな」

 「結果的にね」

 「現在までのおろち諸学統一公理系においては、蔦崎事件の現場にこの〈喪竿〉氏に対応するエレメントが介在していた証拠は一切演繹されておりませんので」

 「そのただ一点が、達人疑似体質・印南哲治が全面的に蔦崎事件の二番煎じに殉じたという通俗的不名誉な憫笑を免れる鍵をなしているわけですね」

 「しかし……」

 いかにも残念なことに、その「天然二番煎じ逃れ」こそは印南哲治的画竜点睛を欠いた逆説的痛恨のタネとして語り継がれることになるのである。

 「おろち文化において最も大きなダメージを当事者にもたらすのは、微温的もしくは不徹底もしくは中途半端をよしとするもしくは追認するもしくは黙認するイデオロギーであることはおろち紀元前からうすうす知られてはおりましたが……」

 「おろち紀元前における二大微温スキャンダルといえば、印南事件とエンドレスエイト事件にとどめを刺す」

 「それが定説ですが何か」

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 そう、印南事件が蔦崎事件の徹頭徹尾コピーであったならば、印南哲治なる疑似体質者の悲哀がアイロニーが焦燥が絶望が万全に表現されただろう。であればおろち史にとどまらずおろち全史を対象化したを超おろち史やメガおろち史、ギガおろち史にすら名声を残す一大キャラクターとして印南哲治は――

 「印南哲治は君臨していたはずです」

 「ふむ。エンドレスエイトも8番煎じまできっちり使いまわせばよかったということですか。中途半端な8回毎回描きおろし録りおろしのアリバイ作りで線香花火的炎上を散らすんじゃなく、完全コピー堂々使いまわしとしてループ完全表現をやってのけさえすれば、アニメ界に名声を残す超実験作として」

 「あるいは毎回描きおろし録りおろしの誘惑に負けざるをえないというなら」

 「15498回もしくは15532回エピソードとして600年ロングランを実行すればよかったんですね。実験なら実験で徹底していたならば、ふむ、あれほど白けた不評にさらされることもなかったでしょう」

 「というエンドレスエイト事情と同型だというわけですね、印南事件の生半可コピーぶりは」

 「第二次蔦崎に成りきれば却ってよかったんです」

 「〈喪竿〉というノイズを即時強制排除してですか」

 「そう。簡単なことだったでしょう」

 〈喪竿〉の現場徘徊は、完全コピーを阻む不必要な味付け的ノイズとして、エンドレスエイトにおける水着・浴衣の着せ替え人形的バリエーションに相当する、と言われる。たしかに、SOS団員の服装も立ち位置も毎回完璧に同じにしていれば、セリフ・モノローグの同型反復に違和感が生じず、印南哲治の憑依的蔦崎化も完成していたことだろう。

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 「コピーぶりをそこまで徹底すれば、印南哲治もエンドレスエイトもそういうものだと認識されて、誰も駄作だの失敗作だの自己満足だのと誹謗することはなかったでしょう」

 「京都アニメーションや角川はともかく、一個人に他ならない印南哲治にとっては、駄作・失敗作呼ばわりはたとえ死後であっても耐え難い屈辱でしょうね」

 「芸術作品ならともかく、人間でありながら……」

 「あるいは逆の方向に徹するかですね。印南哲治的には蔦崎の暴走をせせら笑って、体質的コンプレックスからの脱却の覚醒の機会にすればよかっただけのことです」

 「金妙塾では見かけ理想的教祖的ポジションを占めていたわけですしね……」

 「エンドレスエイトの場合は、優良原作をそのまま素直にアニメ化して――」

 「『消失』まできっちり電波に乗せていれば萌えオタク保守派に何の不満もなかったわけですし。消失はやはり劇場にまでもったいぶらずにⅡ期にきっちり収容すべきでしたよ。そうであれば今ごろわれわれは動く佐々木を見ることができたはず。ああ、痛恨でしたね……」

 「なるほどひとつのネックは劇場ですか。印南哲治も不必要な劇場空間を演出してしまったわけですしね。エンドレスエイト事件と同型ですね。基本線が整理できました。一方は鉄板コンテンツをアニメ職人の場違いなアーチスト気取りで派手に潰してしまった。他方は崇拝の的たりえている達人ポジションを疑似体質者的筋違いな嫉妬的焦燥ゆえにベタに投げうってしまった」

 「印南哲治が健在であり続ければ、おろち学において『ポスト印南』という形容句が幅を利かせていたはずです」

 「『ポスト袖村』や『ポスト蔦崎』に比べてはるかに、あるいは『ポスト川延』それどころか『ポスト三谷』や『ポスト笹原』に比べてすら、『ポスト印南』の使用頻度は低いという調査結果が出ています」

 「『ポスト三谷』より下か……。酷いな……」

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 「やはりエンドレスエイト事件ととことん同型ですね。『ポストエヴァ』などという空虚な定型句は早々に死語になって、ゼロ年代以降は『ポストハルヒ』で決まりだったんですけどね。エンドレスエイトで自爆してしまった……」

 「『ポスト笹原』より下か……。やはり酷いな……」

 「ラノベ界では『ポストハルヒ』が定型句気取りできていただけにアニメバージョンの自爆が……」

 「オタキング岡田ですら」

 「エンドレスエイトの悪評に怖気づいて何年も本編を観ずにいたくらいですからねぇ」

 「ポストを睨むうえでそれは痛い……でもⅠ期も観なかった理由にはならないのでは? どうせあれか、今さら恥ずかしくなったのか」

 「オタク・作品・両成敗かな」

 「メインキャラが頭にリボン付けた女の子たちだからってねえ。尻込みしても遅いっつんですよね」

 「『ポスト川延』より下か……。それは仕方ないかな……」

 「ポストなんたらってったってエヴァにしたって」

 「かなり微温の罪は犯しまくってるんだけどさ。葛城ミサト下半身発・加持リョウジ上半身着・エレベーター内液状おろち噴射ぶっかけシーンを省略描写したりしてね」

 「あの自主規制の罪は大きかったね! おろち差別の元凶だな。純おろち学的に言えばエンドレスエイトより重罪なくらいでしょ」

 「おろちオタクがいまだにポストLGBTを名乗りそびれている現状の元凶でもあるわけで」

 「『ポスト桑田康介』より下ってことはないだろうな……」

 「晴れの舞台では下痢か便秘かどっちかにしろと」

 「中途半端にふらついても極太優良便にはなりませんよと。実験するならコピーに徹するか、平然と達人的エンタテイメントを続けるか、どっちにも振り切れなかった中途半端的微温ぶりが、印南哲治&エンドレスエイトの敗因だったってことで」

 「『ポスト袖村』より下か……。これは当然だな……」

 「ああ、動く佐々木観たかったなあ。もうダメなんだろうな……」

 「あ、それで〈喪竿〉は」

 「ああ、最後になんらかの動きがあって印南哲治が悶絶死したと同時に俄然……」

 「〈喪竿〉氏が銃器を取って警官隊に乱射し始めたと?」

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 「それってどうなんでしょうか」

 「下痢でしょうか、便秘でしょうか」

 「どうでもいいでしょもう、〈喪竿〉氏は。動く佐々木が観れそうにないんじゃ、もはやどうでも」

 人質の遺族が警察と特定の役所を相手取って全国で訴訟を起こしたが、「〈あの人たち〉〈三大美尻〉とは誰として解釈されたのであり、解釈されるべきだったのか?」的争点に十年に及ぶ論争が法廷で続けられ、内外あらゆる分野のビッグネームが現実味を度外視したまま乱舞し、特定政治的立場への関与を露呈することを恐れた証言者が互いにけん制し合い指示対象の推測候補を口先次々と変更しあう中遅々として進まず、おろち時代に入って久しい今日にいたるも一審判決すらまだ一つも出ていない。犯人の意図した指示対象をどう理解したか、すべきであったかということが既成措置をとった政府・警察の罪状に深く影響する以上、当然のことだろう。

 「日本政府当局は即座に察知したはずですよ。〈三大美尻〉の〈あの人たち〉を説得して現場につれていきさえすれば、多くの人質が殺されることもなかったものをなあ……」

 「そして今ごろは」

 「今ごろは動く佐々木を前に微温的嫉妬を抱え悶えたハルヒ産閉鎖空間で、しょんぼり佇む神人を前に古泉一樹らが穏やかに苦笑していたことだろうになぁ……」

 「しかも佐々木は貴重な貧乳美少女設定。返す返すも……」

 「ポスト山田奈緒子・美貧乳ブームが巻き起こりそこねただけでなく……」

 「貧尻ブームへ延焼する可能性が消えたことも痛い……。豊尻よりも貧尻においてこそ、おろち放出風景が映える、という法則には皆さんお気づきでしたか」

 「あ、なるほど」

 「わかります、言われるやいなやすぐ浮かびます」

 「そういう相対論的視覚論において現代おろち学は意外と遅れている……との指摘が昨年の全国大会でありましたが」

 「なるほど本当でしたね」

 「ポスドクのあなた方の立ち位置心構えにおいては、貧乳萌え・貧尻萌えはとりあえず軽々とまたぎ越しておいて、来たる……」

 「来たる喪乳萌え・喪尻萌えを睨んで先回りしなければ、ですね」

 「って喪竿を参照する必要なんてありませんよね、もちろん」

 「参照せずにいる必要もありませんが」

 「印南哲治が〈喪竿〉から視線を逸らすでもなく逸らさないでもなくあえて無視し続けていたらしい理由……もそのへんにありそうだとかそうでもないとか」

(第98回 了)

 

 

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* 『偏態パズル』は毎月16日と29日に更新されます。

 

 

 

 

 

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天才児のための論理思考入門  下半身の論理学

 

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■