社会は激変しつつある。2020年に向けて不動産は、通貨は、株価は、雇用はどうなってゆくのか。そして文学は昔も今も、世界の変容を捉えるものだ。文学者だからこそ感知する。現代社会を生きるための人々の営みについて。人のサガを、そのオモシロさもカナシさも露わにするための「投資術」を漲る好奇心で、全身で試みるのだ。
小原眞紀子
第七回 不動産――様々なる大家 II
前回は、不動産投資の概要と、大家さんの生態についてざっくり書いた。今回は不動産投資業のいろいろ、それにともなって様々な大家さんが生息していることについて。
わたしのFB友達は前述のように大家さんが多いが、その方たちがブログや業界の記事などで使っているニックネームやグループ名を見れば、大家業のバラエティがわかるというものだ。戸建て大家、築古大家の会、廃墟不動産投資家、エレガント・オーナーズ、ストレージ大家、はてはソプラノ大家さんという美人投資家もおられるが、これはたまたま声楽家であるだけで、もちろん不動産にソプラノやアルトがあるわけではない。けれども音楽家という立場から、防音物件のニーズは実感しておられるのではないか。
賃貸経営のポイントとして、なるべく多くの利用者を対象に貸せるようにする、というのは確かにある。母集団が大きければ、借り手を見つけられる確率は上がる。が、単純にそうか。汎用性の高い物件はこれといって特徴がなく、つまりは通常の競争に巻き込まれる。誰でも望むような築浅(新築に近い)、駅近、コンビニなど施設に囲まれている、といった条件で比較され、それによって賃料も空室率もほぼ決まってしまう。
以前、勧められた物件の最寄駅の乗降客数を調べようとしたら、「そんなの凝りすぎ。何万人乗降しようと、要は自分のアパートたった6戸が埋まればいいんだから」と(超上から目線の業者に)言われた。まあ一理ある。たとえば自分に特段の事情(朝からたっぷり3時間はソプラノの歌声を張上げる、とか)があれば、もしそれが防音壁のアパートなら。どこからでも引っ越してくる。その物件が音大の近くにでもあるなら、ずーっと満室だ。
特別なニーズに合わせて物件を設計する、というのは最近の、ネットで大家さんたちが自主的に貸借人を募集する、という試みでいっそう現実的になった。どんなニーズも全国からマッチングできるようになったからだ。地域に強い不動産屋に手土産を持って行ったり、広告費(という名のリベート)を包んだりして、賃貸人を優先的に案内してもらうのもなかなか廃れないだろうが、借りる方だってネットで幅広く見た中から決めた方が納得いく。
そういえば戦前の芸術村であった池袋モンパルナスは、一人の大家さんが貧しい画家向けの下宿を始めたところから広がった、と聞いたことがある。画家にはアトリエ、子持ちには行かせたい学校、商売には仕入先や出荷先の場所が、そこを選ぶ決め手になる。こうして目的を同じくする人々の集落、村とよばれる地域ができあがっていくこともあって、人の営みに対する不動産ならではのダイナミズムがある。
どんな投資を選ぶかは、単なる金儲け以上に、いや単なる金儲けであるからこそ、かもしれないが、その人の価値観や世界観を示す。自身にとって最も効率よく稼げるのは結局、金銭面以外のところでどのくらい興味をおぼえるか、ということに尽きる。このときの効率のよさとは、資金が増える速度だけではなく、自身の時間、ひいては人生を費やすことの効率も加味される。というか、そちらがメインになる。資金が効率よく増えれば、資金を増やすために余分な時間を費やさなくて済む。それを求めることにエネルギーを費やしすぎると、ミイラ取りがミイラになるが。
大家さんたちの食事会で面白いのは、億の融資を引いて都心の一等地に新築の戸建てやマンションを建てる大家さんと、建ぺい率違反とか再建築不可とかのスネに傷持つボロ物件を買い漁る大家さんが同席していることだ。前者はもちろん物件にそれなりの愛着を感じるわけだが、それは「自分のモノ」であるからというより(まあ、ほとんど銀行のモノみたいなものだ)、キャピタルゲインも視野に入れているから、と言った方が正確だろう。立地や高級感にこだわるのは値上がり益を考えてのことで、今の都心の不動産価格の高騰をみるとうなづけるだろう。
一方で、再建築不可物件などを買いたがる(それも早い者勝ちの競争だという)のはなぜなのか、最初はさっぱりわからなかった。まだまだ不動産と所有欲、それもできるだけよいものを所有したいという欲望とを切り離して考えられなかったのだ。しかし自分がそこに住むのでないなら、よい物件とはすなわちよく稼いでくれる物件のことだ。不動産がよく稼ぐとは利回りが高いということで、安く入手できればすなわち利回りは上がる。再建築不可だろうと何だろうと、今そこを借りて利用する人たちは気にせず、普通に賃料を払ってくれるのだから。そんなインカム狙いの高利回り物件は常に奪い合いとなり、売却も心配いらない。高級物件でなくとも、ここでも出口は見据えられている。
最近、思うのは投資のプロとアマチュアの違いとは、対象への執着を断てるかどうかに尽きるのではないか。対象はユニークなものであっても、集金マシーンとして考えれば極端な話、お金が入ってくるシステムさえあれば、物件などは霧散してもよい。それは非人間的な、守銭奴じみた考え方だろうか。実際には、対象に執着することの方が多くのストレスを生み、結局は誰にも利益をもたらさない。プロとはそれを知って執心を断ち、透明な計算へとシフトさせる術を持つ人を言うのではないか。
そうすると不動産投資とは、不動産を所有して値上がりを願い、また利回りを得てゆくもの、という定義からズレていくこともあり得る。廃墟不動産投資とはすごいネーミングだが、昨今増えている空き家をタダ同然で借り、最小限のメンテナンスを施して、格安で賃貸に出す、という手法だ。仮に一軒につき月額2、3万円ほどの儲けしかなくとも、50軒ほど手がければ月収100万円は超えるわけだ。ここでのポイントは、物件を所有しないこと。借りて転貸するのだ。空き家を所有する人は、何らかの理由でそれを売りたくない、あるいは売れないのであるが、固定資産税の支払いをまかなえる程度の収入があれば、とは思っている。そこで口説き落とすのが手腕ということになる。どんな空き家も買えば土地付きで数百万円はする。融資を引くこともなく、50軒も手がけることができるのは、転貸ならではだ。
ちなみに結局わたしがアパートを買わず、3年前に始めたビジネスもこれに類する。転貸の一種のトランクルームだ。前回のオフィスビルオーナーからビル一階の店舗を借りて(格安です)、スケルトンから床を作り、壁は吹付けで、トランクルーム専門の施工会社にパーティションを入れてもらった。初めてのことで、業者選びが大変だった。口約束で依頼した内装工事会社の対応が納得いかず、断ろうとしたら脅された。ちょうどその晩、大家さんの食事会で、主催者のオジサマから「元気?」と声をかけられた。元気ですよ、と応えたら、「うそ。絶対なんかあったでしょ」。やたら携帯が鳴って、青ざめた顔をしていたのだろうか。
大家さんは様々だ。正直、自分のことにしか興味がないというタイプも多くて、一緒にいて愉快じゃないこともよくある。一方で、昔の庄屋さんのように周りを見回して世話をしてくれる大家さんもいる。そのときの大家の会で、「そんなの平気だから、蹴飛ばしちゃえ」とアドバイスされるままに内装工事会社を蹴飛ばし、別の工務店に頼み直してトランクルーム53室は完成した。ストレージをやっている人はまだ多くはないので、大家さんたちからいろいろ訊かれ、教えられるのがちょっと嬉しい。
生活に密着する不動産は、学んだことが全部経験になる、という利点がある。ちょうど明日から自宅マンションのフルリノベーションを始めるのだが、コストダウンのプロのノウハウは、持ってもいない賃貸アパートの修繕セミナーで得た。古い浴室の、節水シャワーヘッドを使うのも今夜が最後だ。これも大家さんからのFB投稿で知り、どうやら価格の付け間違いでAmazonで激安2000円だった。
小原眞紀子
* 『詩人のための投資術』は毎月月末に更新されます。
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