偏った態度なのか、はたまた単なる変態か(笑)。男と女の性別も、恋愛も、セックスも、人間が排出するアノ匂いと音と光景で語られ、ひしめき合い、混じり合うアレに人間の存在は分解され、混沌の中からパズルのように何かが生み出されるまったく新しいタイプの物語。
論理学者にして気鋭の小説家、三浦俊彦による待望の連載小説!。
by 三浦俊彦
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■ ……
……ああM・Tだったらなあ。そのあとすっかりショボ屁の彼女にゃ興味失って、ショボ屁ゆえに半端にきったなく感じられて、それっきりです。物足りなそうな彼女の遠い視線がしばらくうっとうしかったんですが……」
三谷恒明の対印南懺悔はいつもこのレベルのたらたら系体験談に過ぎなかったが、であればこそ印南哲治を掻き毟った。いつも二点において印南的嫉妬心を毟り裂いたのである。
一つは、三谷の凡庸ぶり、冴えなさが、「……こんなふやけ話を出涸らしのような声と口調でしみじみ述べくだす馬鹿男っぽっちに俺は嫉妬せざるをえないのだ……」的逆説風敗北感を募らせ、自己認識がますます引き下げられていったこと。(ただ、つまらぬ話とはいえ高木美保が印南の母親と同じ女子高の出身というデータも関与してか、印南自身も高木美保の隠れファンであったため三谷の懺悔を聞きながら生勃ちついで本勃ちがてらカウパー我慢汁たらたらもんであったことは切ない事実である)。
もう一つは、三谷がいつも懺悔の最後に己れの低レベルぶりを嘆きつつ「それに引き換え袖村のやつはなあ……」(……)「いっしょにOLローントイレやってた頃はあいつのおかげで大収穫でしたがやっぱ『プスッ』系ショボ屁だけってな場面も続いたりするんですよ、しかし袖村が現場にいると、やつのパワーが漂ってるとそんなショボ屁がショボ屁のままなぜか股間を直撃でしたもんねえ……。そん時だけモノが違うんですよモノが。あいつにゃオーディオビジュアル触媒力がやっぱあるっていうか、霊も念力も信じたくなるっていうか……」といったような袖村礼賛(ときには蔦崎礼賛)を付け加えていたがゆえに、(や……)
(やめろおやめてくれえ……、言われなくてもわかってるんだあ……)
叫びだしたい錯乱のあまり印南は必ず動悸、息切れ、不整脈を覚えたのである。
蔦崎公一が中高時代に、男子連中からは崇められながら女子グループから食わされ処遇を持続的に蒙るという二重生活を強いられていたこと( 第15回他参照)を想起されたい。金妙塾における印南哲治の状況がまさにそれだった。尊崇の対象でありながら、蔦崎・袖村・三谷の三角錐にじわじわと圧し閉じ込め潰されつつあったのである。この葛藤はすべて表向きの超越席において孤高の心中でのみ演じられなければならなかったがゆえに中高時の蔦崎以上であったといえるだろう。蔦崎経歴が蔦崎本人に付随した形でエーテル状に引きずられてきたものが、金妙塾内において最も「気」の濃厚な達人体質印南哲治に感応して二重生活性が印南に感染、窮地に陥れているという解釈も成り立つ。蔦崎は印南の嫉妬の意味的対象であるばかりでなく、因果的源でもあったというわけで、この因業メカニズムに気づかず無心に嫉妬しつづけていた印南の無垢なる悲劇性がこの解釈によりさらに強調されるだろう。
(重要な注:印南哲治が正面から一度でも語らっていれば、おろち史が無駄に悲劇的なスタートを切らずに済んだと高確率で言えそうな初期人物には事欠かない。たとえば橘菜緒海という名を思い浮かべよう。印南が橘菜緒海と出会っていれば、そして脊椎動物共通の生殖行為を凌ぐ知的霊長類的スカトロプレイの純粋価値を論じ合っておれば、印南の運命も違っていたかもしれない。嫉妬などに煩わされることなく、自分の後継者を橘菜緒海に託して悟りを開いていたかもしれない。実際は、橘菜緒海はこの頃はまだ橘印レーベル設立の構想すら抱いておらず、盗撮アルバイトで熟年関節音と放屁を追いかけながらそれ以上にメインは依然として「うかれメ」のカメラマンを地道に務めていたのであるから、ほとんど毎日のように印南と顔を合わせていたはずでありながら、橘菜緒海の方は自らは撮影役を盾にパフォーマンス参加をパスしつづけているコンプレクスも手伝って雲上人印南御大とは事務的な指示を仰ぐ二三の機会以外には会話らしい会話を遂げておらず、印南に至ってはパフォーマーの方に気を奪われていてカメラマンはそのつど臨時のアルバイトくらいだろう程度に、そもそも毎回同一人物がカメラを担当しているということすら認識していなかった有様だったらしい。印南哲治と橘菜緒海とは心理・生理的合致度が千パーセントを超える最高値に達していることが近年のおろち骨相学研究の結果判明していることに鑑みても、これはおろち史三大皮肉の一つとも評されえよう。相性抜群のこの二人が空間的に接近しておりながらまともに接触しそこねていた大皮肉こそ返す返すも惜しまれるとともに、達人体質が真の重要人物、隠れた変数を身近に看破できなかった不可解がまさしく、
印南の生活眼を曇らせた蔦崎・袖村・三谷戦線の非作為的威力……!
を余すところなく物語っており、印南哲治特有の心身悲劇をいっそう際立たせる要因となっている)。
■42 :オチめぐりのオチ…… :←/10/18 14:59
見える子に(?)
除霊してもらった方がいいと朝っぱらから言われたりして(ああ、見えるのね)
オーラがどうのとも(静電気でしょ……)
それが関係あるのかどうか(なさそうな予感)
お店のトイレ調子悪くて水流れない、と言われ、(また言われましたか……)
「故障中」の札をボール紙とかで作ってたら、(張り紙ではなくてね。気合重要)
その間に見える子の隣の営業のOLが入ってしまった。(入っちまってはねぇ……)
あちゃ~って思って、出てくるの待ってたけど、(けどって、待つしかないよね?)
10分以上出てこない。(まさかノックしてませんよね……)
やがて、そーーーーっとドアあけてきょろきょろしながら出てきた。(そーきょろでしたか)
恥かしいだろうから、と、目を合わせないようにしてあげようと思ったが、(目は合わせずに手と手をターッチ!)
なかなか美人さんだったので(盛ってるっぽい……)
つい目が合ってしまった。(芸能人でたとえてくれないと)
あっ!てな感じでこっち見たけど、すぐそそそ……と席にもどってしまった。(席近いのかい……)
で、そのあと中に入ったら、むちゃ臭充満状態。(めちゃ臭の一字手前ですね)
紙で覆ってあったけど、どかしてみると出したてのウンコ。(どかしますか、ふつう……)
ムワッと湯気。ちっちゃいハエの群れが飛び立ったかとひるんだくらいの灰色蒸気。(素直にすごい……)
にゅるっとU字型、あれって60センチは軽く超えてたんじゃないかな。途切れナシ一本残ってました。(なぜか動体視力よさそう)
とりあえず堪能して、ドアに故障中のふだ下げときました。(満喫じゃなくて堪能ですね、確かですね)
そのOL、俺の一部始終を見ていたようで、なんか急に会計の方へ来たので、(どういう間取りですか、あんたとこのオフィス)
俺がいなくなるのを待ってたんでしょうね。けど会計がちょうど俺の番だったんで、(読めました。逆モーションを突かれたわけね)
会計に俺が入ったら、今さら戻るわけにもいかず椅子に座ったまま(うーん普通に同情する。なんて悲しい話……)
そわそわしだしたよ。(ども。マイ萌えパターンに「そわそわ」を登録しときます!)
(萌えパターンに「そわそわ」を登録しました!)
(あ、「きょろきょろ」も登録しときます!)
(あ、「そーーーーっと」も登録しときます!)
(あ、「そそそ……と」も登録しときます!)
(あ、「ムワッと」も登録しときます!)
(あ、「にゅるっと」も登録しときます!)
(あ、「なんか急に」も登録しときます!)
(あ、「つい あっ!」も登録忘れません!)
(あ、マイ萌えパターンであってマイ抜きパターンじゃないのがポイントです!)
(マイ勃ちパターンでもないのもポイントです!)
(です!)
(ちなみに「ムワッと」はマイ萎えパターンから反転しました!)
(しました!)
(マイ萌えパターンかマイ萌えフレーズかでちょっと迷いました!)
(迷ったというより悩みました!)
(ました!)
(…………)
(オチは? オチ!)
(…………)
(静電気は?)
(あ)
(読めましたとかすでに言ってるじゃないですか自分!)
(つまり逆モーション……?)
(…………)
(逆モーション?)
(ってオチ自体)
(完璧逆モーションでしたから!)
■ 生来の学者臭および貫禄が金妙塾内でのゆえなき達人認定――
ならびに付随する過大評価を呼び寄せてしまった「印南哲治の」悲喜劇が、独特の醜貌ゆえに老若男女とりわけ若男若女からの過大評価を浴び続けてきた「蔦崎公一の」喜悲劇と双対を成した――のとはまた対照的に、いわばメタ対照的に、
「袖村茂明には」
印南哲治との双対もしくは対照を成すべき過大評価はつきまとっていなかった。盟友三谷からの讃嘆を含め袖村の被ってきた体質的評価は相対的に私秘的レベルにとどまっていたからである。
であるがゆえにこそ、印南哲治の対袖村スタンスは単純な嫉妬とか羨望とか脅威とかの枠組みでとらえきることはできず、かといって対蔦崎スタンスとのあいだに明瞭な差異もしくはコントラストをつけようにもつけるだけの精神的余裕も自覚的余地も印南哲治に備わっていようはずがなかったのである。
なので袖村茂明も蔦崎公一同様、表面上の冷徹な印南的指示に従い、古参塾生をしのぐ模範的忠実さで修業に励んだのだった。
すなわち蔦崎修業と同時並行的に袖村は後半身系風俗店でさまざまな情緒的体験をしつつあったわけだが、そう――
二者は、どれほど印南哲治の境地に達しうるかという通常考えられる正統ライバル関係にあった以上に、暗黙のうちに、
シンクロニシティ包囲網……
と呼びうる裏オーラによって印南御大に逆襲しようという素朴なリビドー交流を増幅させあっていたのではないだろうか。
というのもそもそも、印南がとりわけ蔦崎・袖村の二人にスカトロランクアップのための殊更なる修業を課したのも、印南領域での洗礼によって二人本来の資質「非作為的天然調教食ワサレ体質」ならびに「愛と羞恥天然ビジュアル受容体質」(印南は二人の体質への呼称を心中ときおり変更していた)を正統スカトロ体質の醸成によって殺そうという意図があったからなのである。
平易に言い直そう。
「おろちの神に呼ばれる」体質たる蔦崎・袖村二者の稀有体質を、そう、呼ばれるのではなくひたすら求める努力家、呼ばれもせぬままひたすら求め務め続けた印南哲治には永遠に至りようのない天賦を、脅威の二大天賦を「おろちの精を求める」行為によって希釈もしくは相殺もしくは封殺させてやろうという無意識の魂胆だったのである。
「呼ばれ体質」を「求め気合」によって、「むこうから体質」を「こちらから体位」によって神を精に格下げするのみならず、外から自発的に押し寄せてきかねないおろち圧の脅威を俗情と努力的学風の醸成によって金妙塾ごと非おろち化してしまおうというのが印南的密かな策謀だったのではないかとも疑われてくる。
そう、おろち前史のエピソード数々を深層量産した蔦崎体質と袖村体質が合流した金妙塾であってみれば、努力も修業を超えた真空的隙間へ本物おろち圧が押し寄せて――
群小の塾生らを巻き込んで軒並み体質化し、なまじ作為的研鑽に頼った非体質者を孤立化させ、張り子の達人をたちまち丸裸にしてしまうだろうことくらい印南哲治の潜在意識は悟りまくっていたのである。とその程度の察しを伴うほどには印南的「達人体質」はそれなりの体質ではあったと確認できる。
むしろ正統的体質とすら言ってよい。
来たるべきおろち圧にさぞこんがり染まったことだろう。印南哲治が生きて正統づらを貫いておろち紀元境界をまたぐことができなかったのは必然とはいえ、確かに異端的には惜しまれるべきことなのである。
つまり印南の杞憂が杞憂を生んで悲喜劇はいよいよ飽和状態に達しつつあった。
異端が正統を羨む以上に正統が異端を妬むというのはどの時代どの文化にも当てはまる法則であり印南もその例外ではなかった。これを二大体質者が、意識ではともかく無意識層にて勘づかったはずはあるまい。
とはいえ体質者二者がこれまた長期的無意識に巷に散布しつづけていた二次的おろち現象の深層量産ぶり、にわか見者点滅の表層多彩ぶりは相まって――
――とくに袖村茂明と街中ですれ違った老若男女の大半が一週間以内に身近な友人知人の脱糞もしくは失禁もしくは残し物を至近目撃し、蔦崎公一と目を合わせた老若男女の相当数が便槽に踏み込んだり鳩の糞を浴びたりしていたごとく――
――体質者二者のオーラはもはやいかなる短期or中期研鑽によって矯正しうる圧をも超えた心身圧の塾内外膨らむに任せていたのであり、印南的相殺戦術たるや二大体質をいたずらに突ついて至近未来の大悲劇到来を加速する役にしか立たなかった次第の明白さはもはや、後知恵的説明の微労にすら値しまい……。
(第88回 了)
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■ 予測できない天災に備えておきませうね ■