偏った態度なのか、はたまた単なる変態か(笑)。男と女の性別も、恋愛も、セックスも、人間が排出するアノ匂いと音と光景で語られ、ひしめき合い、混じり合うアレに人間の存在は分解され、混沌の中からパズルのように何かが生み出されるまったく新しいタイプの物語。
論理学者にして気鋭の小説家、三浦俊彦による待望の新連載小説!。
by 三浦俊彦
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■ 戦争中に軍が関与しなかった分野なんて皆無に近いのにさ。
ほんとアホっすね。日本政府が「軍の関与」を否定していたところへ関与を示す証拠が出てきて前言撤回って。あれの余勢で「やっぱり強制連行があったに違いない」方面が加速したんだよな。ひとつ崩れるとどんどん崩れる。安易な否定は命取りになるって見本ですね。
吉田清治の虚言もそれ系でした、正反対の方向で。誤報だったとかなると「やっぱり強制連行は一切なかったに違いない」と。
否定材料として利用されちゃうのね。
杜撰な勇み足が真相を踏み荒らしてますます藪の中になっちゃいますね。
朝鮮人元慰安婦の中には、売春婦と言われたくないあまり給料などもらってなかったと主張する人もいるけど、ああいう否定もヤバいんじゃないかな。ほんとに金もらってなかったなら、ただのレイプ被害であって慰安所システムとは無関係だろって言われかねないんで。個々の戦争犯罪じゃなくて日本軍慰安婦制度そのものを叩きたい活動家にとって役に立つ証言じゃなくなっちゃう……。
小さな嘘や思い違いが仇になるんよ。大きな嘘ほど大衆は信じる、ってヒトラーの名言がほんとの名言になっちゃうね。
ヒトラーが勝ってたらノーベル文学賞ものだったかもよ。楽勝だったら少なくともホロコーストはなかっただろうから、マジ史上有数の偉人として君臨していただろうし。
楽勝? ありえましたかね? てか、最初のポーランド侵攻の時点で多分アウトでは。
バルバロッサ作戦と対米宣戦布告こそヒトラーの犯した致命的二大ミスだったとか言われますが、あの二つがなかったらドイツが勝ってたって意味じゃないですよね。
枢軸国が勝つ確率ってゼロ以外でありえたんですかね? ソ連とアメリカがずっと蚊帳の外って設定でも、勝ち筋が見えないんですが。
ドイツ軍って機械化されて強いイメージあるけど、飛行機の生産機数ひとつ見ても実はイギリス一国にも負けてるんだよね。
イギリスは意外とねえ……。ドヒャ~と思ったのは、あれ知ったときね、ほらフランス降伏の直後フランス艦隊が枢軸側に接収されるのを防ぐためにイギリス海軍、停泊中のフランス艦隊を撃沈してフランス兵千三百人くらい殺してるんだよね。ついさっきまで同盟国だったフランスをだよ。
それ戦争らしくていいねぇ。そういやノルマンディー上陸前後の連合軍の空爆で、罪のないフランスの民間人が万の単位で死んでるしね。
後半のアメリカの活躍が派手すぎたんでイギリスってわりと印象薄かったりするけど、WW2で一番えげつないのはチャーチルだったりするんだよね。ヒトラーとムッソリーニと東欧の独裁者たちが束になっても引き分けがせいぜいじゃなかったか? 孤高のアメリカを武器庫としてこき使ったのも実力のうちだし。
勝てないよなあ、イギリス一国にも。大日本帝国が中国相手にいつまでも勝てなかったのと同じだね。真珠湾攻撃は「蒋介石に負けましたはメンツが許さん。アメリカになら負けても格好がつく」ってマスキング戦法だったんだし。ヒトラーも似たようなもんでしょ。
まあヒトラーの戦争目的がはじめっから東だったことは確かなんだけど。フランスはともかくイギリスと戦いたいと思ったことは一度もなかったわけで。そもそも大英帝国をヒトラーは熱烈に称賛してたんだよ。白人の世界制覇の砦・大英帝国が潰れちゃ困ると本気で連帯感持ってたりしたんで。
しみじみするね。チャーチルの方はドイツをひたすら憎んでたから、ヒトラーの片思いだったわけですな……
ロンドン対ベルリンの都市爆撃合戦もあれ、まともな反撃手段が爆撃機しかなかった時点でチャーチルがやり始めたことだしな。ドイツ機がロンドン市街地をちょびっと誤爆したのを口実にね。
あれはヒトラーの癇癪が裏目に出たね。痛恨だね。ドゥーリトル空襲で頭に血が上った山本五十六が焦ってミッドウェーに出撃して自爆したのといい勝負だ。
ドイツ空軍の精密爆撃が都市爆撃に切り替わってイギリス市民がどしどし死に始めたとき安堵のため息をついたチャーチルだしな。「やれやれこれで飛行場は安泰だ」ってさ。
チャーチルって砂漠戦を視察した時に「撃たせてくれよ」とか言って機関砲嬉しそうにぶっぱなしてたってさ。ワシントンで作戦室を覗き見たエレノア・ルーズベルト、夫が戦場マップを前にチャーチル相手にはしゃいでる様子にショックを受けたらしい。戦争ごっこですかと。アメリカ大統領ともあろうものがチャーチルには乗せられてしまったんだなあ。
近衛も東条も見習うべきでしたね。「チャーチルが握った寿司をあなたは食えますか」って検閲官が問い詰める場面が三谷幸喜の劇にあるけど、寿司はともかくチャーチルの爪の垢は煎じて飲むべきでしたね、大日本帝国の首脳ら一人残らず。ついでに21世紀の日本国の首脳もね。
しかしよく付き合ったものだよあのルーズベルトが。しょせんよその戦争なのにさ。アフリカで地中海で大英帝国の植民地防衛戦。よくやったよ、あれを極東に当てはめりゃ、中国と東南アジアと無数の島々から日本兵をしらみつぶしに追い出してゆくようなもんでしょ。冗談じゃないよね。
アメリカ単独でやらせればあの通り、飛び石作戦ですから。効率いいっすよ。
ほんと勢力圏にうるさかったらしいねチャーチルは。終戦間際にスターリンがポーランドやチェコやルーマニアでやったことを、イギリスもギリシャとかでやってるんだよね。機関銃で共産主義をぶっ潰して。
ホントまじめだったのはアメリカだけですか、あの戦争では。連合国の中で一刻も早い勝利のために全力を尽くしたのはアメリカだけでしょ、余計な政治にかまけることなく。
チャーチルにスターリンに蒋介石にドゴールに、戦後の戦略ばっか考えて利敵行為にも走りかねない厄介な同盟者相手に、ホントご苦労なことでしたよ、早死にするわけだよルーズベルト。
今より人命が大切なくらいだったからねえあの頃のアメリカでは。カミカゼが殺到し始めたとき何だこいつらはと呆れただろうね、アメリカ兵たち。
ああいうことされると無駄に戦争が延びるからねえ。不愉快だっただろうねえ。神風ってどうなの、かっこいいの? 俺はあれ、日本の恥だと思うんだけど。
正直私も。「私たち弱いです。怖いので早く死なせてください」って懇願してるみたいで。
人命軽視の教育されると殺されるのが逆に怖くなるんだよね。民間人もずいぶん自決したよねえ、殺されたくないあまりに。
なんせパットン将軍だっけか、戦争神経症の兵士を臆病者めとビンタしただけで進退問題になるお国柄でしたから、アメリカは。兵士の命が砲弾より軽いだなんて、そんなイカレた国相手なら原爆投下くらい当たり前だろってのも無理ないよ。
そうね。責任範囲を考えるなら、アメリカの若者一人を救うためにジャップの老若男女百万人を攻撃する作戦は正当化されるでしょうよ。戦争やめない以上あんたら日本政府はよほど自国民を守る自信あるんでしょ、だったらこっちも本気でぶつけるよって。
人命軽視ぶりをカミカゼで世界にアピールしちまった以上、原爆投下に文句は言えませんね。日本は。
一億玉砕を一瞬で撤回させた原爆投下って、稀に見る大成功だったんですね、無差別爆撃としては。
まあ二年短縮かな。日本陸軍のメンツを救ったことと、天皇の介入を促したことと、ソ連参戦の功績を掻き消してドイツの二の舞を防いでくれたこと、この三つが大きかったねえ。
しかも日本人に心地よい被害者意識を与えてくれましたし。
だからそれかもしれんね、原爆投下の最大の悪影響って。人種差別のせいで原爆落とされたとか思ってるアホな日本人もうようよいるし。実際はドイツ人に比べりゃちゃんちゃら軽い傷で済んだわけだが。
人種差別って呪文は油断大敵ですよね。ドイツが降伏したから原爆はもう必要なくなったのにあえて広島長崎に落としたのはひどい、人体実験だ、とか。
謙遜の表われでもあるんだけどね。わが国はドイツほどの脅威じゃなかったはずだとかいう。
実際は始めっから原爆の標的は日本だったんだけどね。B29だってヨーロッパじゃ一機も使われてないし。
たしかにアメリカは最強の兵器は太平洋に回してるっぽいね。それこそ人種差別の証拠だ、って言う奴いそうだが。
なるほど。戦後にホロコーストを非難されたヘルマン・ゲーリングがアメリカ人に「お前らだって人種差別したじゃないか。ドイツ人相手には原爆落とせなかっただろう」とか言ってる。『ニュルンベルク裁判』て映画の中でだけど。アメリカ人やドイツ人にもそう思ってる人多いかもな。ほんとは原爆のおかげで日本国民はドイツ国民ほどみじめな目に遭わずに済んだんだけど。原爆のイメージ力絶大だな。
人種差別はまあお互い様ですから。東南アジアで日本兵は現地の女や中国人の女をやたらレイプしていながら白人女はあまり被害受けなかったって話があって。それってどういう差別? 本音は白人じゃ勃ちにくかったってのがあるんじゃないかと思ったり。
日本人の目にはなんか大味すぎる感じはするからなあ。それって根本的な差別かな。
差別されてるがゆえに被害が少なくて済むこともあったり。
戦争では例外なく女は男より死亡率圧倒的に低いし。
ふむ、日本では内地人より朝鮮人の方が断然死亡率少なかったし、アメリカ軍では黒人の方が死亡率が少ない。信用されてないから重要な前線任務があまり回ってこなかったのね。
黒人っていえば「白豚・黒豚」って知ってる?
あああれ、ほんとは捕虜の白人黒人より、白人と現地住民を区別する呼び方の場合が多かったようだね。黒人兵ってもともと少なかったから。
人肉食の話ですか(惑)……
戦争終盤の日本軍の人肉食って、秘密でもなんでもなくて組織的だったんでしょ。食っていい人肉いけない人肉に関する指令まで発せられて。禁を犯して日本兵同士でけっこう食い合ってたらしいけどね。
そう。戦艦武蔵の生き残りが、フィリピンじゃ敵よりも日本陸軍の兵隊の待ち伏せが一番怖かったってインタビューで言ってたっけ。
あれって、生きた捕虜がいるのに日本兵の方を狙ったりしてたってね。やっぱり白人や黒人より同胞を食いたかったのかな?
白豚黒豚ってのはまああれだけど、ほんとに頻繁に食われてた肉は名前がないんだよね。
終盤、人命が軽視されればされるほど、人肉が尊重されるは必然……
まあ俺もああなったら、チャーチルの握った寿司はまだ御免だけど、チャーチルのバラ肉だったら喜んで食うよな……
チャーチルの爪の垢は餓死寸前でも効き目ありそうだわ。
言っとくけどチャーチルのウンコはパスですから。
ああそうか、ああいうとこでは人糞食も……
ほんとに切羽詰まると……
人肉の方が切羽詰まり度大ではないかってのはこないだ……
人糞……XY糞……
戦場見渡す限りXY糞ばかり……
XX糞はひとかけらも降ってこない……
……はっ……! あ、ああ、すいませんさっき言いかけた昔のトイレ覗き談に戻りますが……
というふうに――「XX糞」という言葉が出たところで――みな夢から覚めたように我に返って、金妙塾勉強会の最中だったと思い出して、背筋を伸ばして本筋のおろち談議に戻るのだった。
おろち談議がこのように長大なわき道にそれるとき、テーマは必ず戦争、とくに第二次世界大戦だった。
必ずこのテーマというのは、印南哲治の達人波動が作用した結果だと今日では解釈されている。ちかぢか何が起ころうが、君たち、戦争に比べれば、並みの戦争ではないあの戦争に比べれば……
という「布石」であったのだと。
なるほど内臓や肉片が飛び散る戦場の修羅場に比べれば、何事も免罪されうるのかもしれないが……。
(第77回 了)
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