イケメンチンドン屋の、その名も池王子珍太郎がパラシュート使って空から俺の学校に転校してきた。クラスのアイドル兎実さんは秒殺でイケチンに夢中。俺の幼なじみの未来もイケチンに夢中、なのか? そんでイケチンの好みの女の子は? あ、俺は誰に恋してるんだっけ。そんでツルツルちゃんてだぁれ?。
早稲田文学新人賞受賞作家にして、趣味は女装の小説ジャンル越境作家、仙田学のラノベ小説!
by 仙田学
第八章 俺の妹が救助犬で幼馴染みが千手観音で超絶美白天使がセスナをハイジャックしててスキンヘッドの美少女が掌底の名手で全体的にカオスすぎる件(後編)
おれたちより少し小さな、ちょうど人間の子どもほどのサイズの獣が、
――しゃ―――――んっっ!!!!!
と鳴き、身震いをしたとたん、
白い雪が、天井や壁一帯に飛び散った。
そう、白い毛皮と見えたものは、獣を覆っていた雪だったのだ。
雪の下から現れたのは。
「つなちゃん!!」
猫耳パーカーの上に猫耳スキーウェアを着こんだ、つなだった。
「いーしゃん!!」
つなは四つん這いのまま駆け寄っていき、未来に飛びついた。
「どうやってここまで来たの? ひとりなの?」
「みんないなくなっちったから、追っかけてきたんだにょ」
「あの吊り橋をひとりで渡ってきたのか? ブラボー! 天才小学生!」
池王子が拍手をし始める。
「さすがつなちゃん。これも、日頃の特訓のおかげだね。プロレスに感謝だよ」
未来はつなを抱きしめ、頬ずりをする。
「そだ。映一はどうしたの? もちろん一緒なんだよね?」
「みんなまとめて遭難しちゃったって、ふらりゅんが嘘泣きしてた」
「みんな? みんなって誰のこと?」
嘘泣きの件には触れず、未来が素っ頓狂な声をあげた。
「いーしゃんと、いけちゅんと、お兄いしゃんと、しだしゃんらよ?」
「えっなに? 映一も遭難してんの?」
「なんだって? 羊歯も?」
ふたりは両側から、つなの体を引っぱって揺らす。
「痛たっ、痛いよいーしゃん。そんでね、ふらりゅんが、みんなを探してきて、見つけたらメールしろって」
首からぶらさげたキッズ携帯を振り、つなは満面の笑みを浮かべる。
「携帯の横についてるの、なんだよそれ」
池王子が、つなの首からぶらさがった小瓶を突つく。
「ウイスキーらよ? ふらりゅんがぶらさげてくれたんら」
救助犬かよ!!
ひとの妹を犬扱いし、修学旅行にウィスキーを持ちこんでいた兎実さん。
またひとつ、兎実さんの暗黒面を発見した。
「どうしよう。映一がいなくなったら、あたし、あたし……」
未来は顔をくしゃくしゃに歪め、大粒の涙をあふれさせる。
「毎日髪のお手入れできなくなるじゃん。宿題どーすんの? お弁当は?」
「円山はどうでもいーんだけど、羊歯もだろ? まじかよ……」
池王子も頭を抱えた。
何気におれ、ひどい扱いされてないか?
「大丈夫らよ。おにーしゃんも、しだしゃんも、このへんにいる」
つなは身をくねらせ、未来の腕から逃れると、床の上に四つん這いになり、鼻を鳴らした。
「おにーしゃんのにおいがするのら!! それを辿ってきたんだにょ!!」
ガッタ―――――――――ンッッッッ!!!!
「わ―――――――っっっ」
「落ち着けっ!」
泡をくって窓を開け、飛び降りようとした未来を、池王子が抱きかかえるようにして止めた。
「壁にかかってた写真が落ちたんだよ」
「へ? 写真?」
池王子は窓を閉めながらため息をついた。短時間のうちにも吹雪が舞いこみ、池王子の頭は雪にまみれていた。
おれはピアノの陰から首を伸ばしてみる。
額に入った大判の写真が床に落ちていた。
「これか。さっきから気になってたんだけど、いったい誰この子?」
「知らねえよ。あそこにもあるし、そこにも、ここにも。たぶんここんちの子じゃねえの」
「……小学生くらい? でもいま一緒に住んでる子の写真こんなに飾るかな」
「うーん、もしかすると、事故で亡くなったとか。さっきから気になってたけど、ノートとかランドセルとか、ついさっきまで使ってたみたいに、広げっぱなしなんだよな。下の食堂でも、ひとりぶんの食器だけがセッティングしてあっただろ」
「なにがいいたいの」
「この一家の最愛のひとり息子に、その、なんかがあってさ。で、その存在を忘れないために、時間の止まった部屋を作ってる、や、最近そんなドラマを見たんだけどさ」
「……なんかってなに」
「そりゃあもちろんヒグマ……」
「わ―――――――聞こえない聞こえないっ」
未来は両耳を押さえて転がった。
「いーしゃんどーしたにょ? ヒグマって誰?」
そうだった。未来のやつ、流血プロレスなんかは平気で観るくせに、スプラッターの類はまったく受けつけないんだった。
ってか池王子のやつ、わざとやってないか?
「イケチン! なんであんたなんかとこんなことになんのよ。髪ひとつ梳かせないわ、方向音痴だわ。あああ。映一がいればすぐ帰れるのに」
唐突に名前を呼ばれ、おれは少し腰を浮かせた。
「おまえほんとに、円山がいなけりゃなんもできねーんだな」
「なっ。もっかいいってご覧」
「わかったわかった。なんせ許婚だもんな。許婚って誰が決めんの? やっぱ親?」
「違うし! あんたさっきからなにわけわかんないことばっか!」
ピアノの陰越しに窺うと、未来は立ちあがり、顔を真っ赤にして肩を震わせている。
やばい。そもそもあのふたりは天敵どうしだ。
放置しておけば、それこそ血を見る争いになるかもしれない。
おれは飛びだしかけ、いちおう羊歯に頷いてみせた。もういいよな。いくらうまくいかせようとしたところで、あのふたりじゃ無理だよ。
だが羊歯はまたおれの腕を掴んで制し、
……立ちあがった。
「ひいっ!! だ、誰っっ?!」
「うわっ!!! びっくりした! ……って、ここの家のかたですよね? 助かった!」
ふたりとも、目の前にいるのが羊歯だとはわかっていないようだ。
そりゃそうだろう。
ぐるぐるメガネを外し、ポニーテールのヅラを装着している姿は、羊歯本人が見ても羊歯だと気づかないかもしれない。
「ひょんなとこで会ったな。はは」
したかなく、おれも立ちあがる。
「映一! あんたなにしてんのこんなとこで」
ポニーテール美少女の正体が羊歯だということをわからせるのに小一時間が費やされた。
さらに疲れの増したおれたちは、輪になって座った。
ふたりを探しにでたはいいが羊歯と一緒に迷ってしまったことも告げると、池王子は心底羨ましそうな目をおれに向けてきた。
「人数は増えたけどさ、状況はなんも変わってないよな」
池王子がため息をつく。
真正面に座った羊歯から逃げようとするように、体をわずかにひねっていた。
そりゃそうだろう。
ただでさえ気になっていた女がじつは隠れ美少女だったと知ったときの反応としては満点だ。
「変わってる」
羊歯が立ちあがり、窓ぎわへ歩いていった。
そのまま窓に手をかけ、一気に開く。
「おっおい! 雪が入ってくるぞ……ん?」
慌てて窓を閉めようと近づいたおれは、言葉を失った。
窓の外では、雪が止んでいた。
空では薄い色の雲が速いスピードで繋がったり離れたりを繰り返している。
その隙間から、満月が覗いていた。
月明かりに、いちめんの雪景色が照らしだされていた。
あたりに家らしきものは他にない。
手前に見える林も、その奥にある山も、ひたすら雪に覆われていた。
「お、おい、あれ、ゲレンデじゃ?!」
間違いない。おれたちがスキーの練習をしていたゲレンデだった。
「たぶん」
感動の薄そうな声で返事を返した羊歯の後ろから、池王子も乗りだしてきた。
「ホテルも見えるぞ!」
「うお――――」
おれたちはハイタッチを交わす。
すぐにでも小屋を飛びだそうとしたのだが、
「あ。未来……」
おれが膝にかけてやったスキーウェアの上着にくるまって、未来は床に寝そべっていた。
寝息をたてている。
揺さぶってみてもつねってみても、ピクリともしない。
「おまえの顔見て安心したんじゃねーの。さすが許婚」
「だから違うっつーの!」
「おぶっていけばいい」
無駄な論争をはじめかけるおれと池王子を、羊歯が遮った。
「そうだな、それしかないよな。まったく」
おれは腰を落とし、ぐったりと力の抜けた未来の体を背負う。
「う……重っ。なに食ってんだよふだん、って、だいたいおれと一緒のものなんだけど。はいよお待たせ。行こう行こう」
悲しそうに揺れている羊歯の黒い瞳と目があったとたん、おれは思いだした。
ここでおれが背負っちゃダメだよな。
未来と池王子をくっつける作戦が。ただ。おれは池王子の顔を窺う。
「やっぱお似合いだなおまえら。披露宴に呼ばれたら行ってやらねえこともねえよ」
いつものように毒づきながら、体を羊歯からそむけてはいるものの、その顔には抑えようのない喜びが浮かんでいる。
ぶじに、羊歯と再会できた喜び。
気がつかないふりをして、おれは知っていた。
おれの顔にも浮かんでいることを。
ぶじに、未来と再会できた喜びが。
「んん……映一……」
おれの耳もとで、未来がつぶやいた。
物心ついた頃から飽きるほど聞いてきた、未来の寝言だった。
「……映一。さみしいよ。あたしには、映一しかいないんだ。大事だよ」
…………えっ…………。
空耳か。
幻聴か。
山彦か。
ポルターガイストか。
あらゆる可能性がおれの頭のなかをよぎった。
いまなんてった?
ありえない。
羊歯がじつは宇宙人で、池王子が超能力者で、兎実さんが未来人だといわれたほうが、一億倍は納得できただろう。
だが、目の前のふたりの顔を見ればわかった。
未来の言葉を聞いたのは、おれだけじゃない。
――映一。さみしいよ。あたしには、映一しかいないんだ。大事だよ。
未来は、たしかにそういった。
おれの頭のなかで反響した未来の言葉は、だが突然の爆音に掻き消された。
満月に照らしだされた雪景色のなかを、それは近づいてきた。
轟音が空気を震わせる。
山小屋の窓ガラスにヒビが走りまくる。
空を横ぎっていくのは、銀色に輝く細長い物体だった。
不時着する飛行機?
ミサイル?
恐怖の大魔王?
いや。
池王子のセスナだった。
セスナの昇降口がぱかりと開き、黒い影が落下したかと思うと、空中で鮮やかな金色のパラシュートが花開く。
でかでかと、高級ブランドのロゴがついていた。
「ぃけく―――――んっっっ★」
パラシュートにぶらさがりながら、山小屋の窓へゆらゆらと降りてくるのは、
メイド服姿の兎実さんだった。
「兎実!!! なんだなんだいったい! なんでうちのセスナ乗りまわしてんだ!」
「ぃけくんの家来のぉぢさんが、ホテルの裏でタバコ吸ってたから、連れてきてもらったんだぁ★楽しいょこれ♪ふら、新婚旅行は気球で世界一周したぃんだぁ」
「頼むからそのままパラシュートで世界三周くらいしててくれ――!!」
セスナのエンジン音と、窓ガラスを軋ませる爆風に抗い、池王子は声を張りあげる。
宙に浮かぶクラスのアイドルの姿を、おれは未来を背負ったまま口を開けて見守っていた。
気がつくと、おれの前に羊歯が立っていた。
切れ長の目は、まっすぐにおれに向けられていた。
黒い瞳は、いまにも泣きだしそうに潤んでいた。
雪のように白い顔は上気し、薄い唇が何度も開いては閉じた。
ついに、羊歯がなにかをいいかけた瞬間、ひときわ大きな爆音が轟いた。
ありえないほどの爆風が押し寄せてきて、おれは未来を背負ったまま両脚を踏ん張った。
パァァァァァァァァァァンッッッッッッ!!!!
爆風でなにかが飛ばされ、天井にぶつかる音がした。
なにやら黒いものだった。
黒いものは天井に沿って部屋をひとまわりし、窓から外に飛ばされていった。
飛んでいく前に、おれの目に焼きつけられたのは、ポニーテールに結ばれた黒髪だった。
セスナの爆風で、羊歯のウィッグが吹き飛ばされていったのだ!!!
羊歯の頭はつるっつるのスキンヘッドになっていた。
「私は、私は……円山映一のことが好き」
爆風のなかから、羊歯の言葉を聞き取れたのは、おそらくおれだけだったに違いない。
おれの背中で、未来はいびきをかきはじめていたのだから。
(第21回 了)
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* 『ツルツルちゃん 2巻』は毎月04日と21日に更新されます。
■ 仙田学さんの本 ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■