©Bogdan Banarescu
毎年7月後半になると、国の友達から連絡が来る。「島に来ないか?」という連絡。「島」はルーマニアの南東にあるチェルナヴォダという町から20キロくらい離れた、ドナウ川の真ん中にぽつんと現れる小島のことだ。ドナウ川沿いにカピダーヴァ村があり、島はそのすぐ近くにあるから、カピダーヴァ島として知られる。面積が約200平方メートルに及ぶこの島はふだんは無人島だが、毎年8月上旬から10日間にわたって、そこでAtlantykronというサマースクールが開催される。
このサマースクールが始まったのは1990年の夏である。最初はSF文学を愛し、自分たちでも小説を書く若者たちが集まる合宿先だった。しばらく日常から離れて大自然の中で同じ趣味の人と会い、アイディアを交換し、感想をぶつけ合いながら新しい作品を作ることが、この創造キャンプを企画した人たちの目的だった。ルーマニアのSFを代表する小説家がみんなカピダーヴァ島と縁があるためか、その環境が創造的な活動に特に相応しいという噂が生まれたのだった。
おかげで幻の島アトランティスに因んでAtlantykronと名づけられたキャンプは年々規模が大きくなった。文学作品の制作にとどまらず、自然科学、天文学、人類学、スポーツ、造形美術などの講義を含むようになり、今年で26回目の開催を迎えたAtlantykronは現在、参加者が約150人に及ぶ国際的なサマースクールの形式で行われる。様々な分野で活躍する著名な先生たちや色々な国からのゲスト講師を迎え、ルーマニアのあらゆる場所からこの島に集る若者たちは、大自然の中で新しく珍しいことを学ぶことができる。
無人島だからもちろん建物はない。授業は全て野外で行われる。参加者たちは草の上に敷いたブルーシートの上に座って、周りの木々の葉っぱを通る風を感じながら、それぞれが興味を抱く分野の講義を聴く。また体を動かしながら活発にワークショップやスポーツ大会などに参加する。いわゆる「壁のない、完全にオープンな学校」を提供するのがこのサマースクールの中心的なコンセプトである。
Atlantykronの開催期間中、参加者はテント暮らしをする。島に到着した日にみんなが一番最初にする作業は、持参のテントを指定された場所に張ることだ。食事は仮設の食堂で提供される。発電機も設置されているので電気が使える。講義やワークショップで使われるパソコンや機械もあるし、開催者が参加者に色々な情報をアナウンスするマイクやラジオ放送設備もある。安全のため、夜は電気によるイルミネーションが付いている場所だけを通るのがルールである。いつもラジオ番組や音楽が流れているので、島は朝7時ごろから深夜までとてもにぎやかな場所だ。
毎年8月の初めにこの島に集る人の、半分以上は常連である。彼らにとってはAtlantykronに参加せずに夏を過ごすのは考えられない。この島で出会って、その後は離れ離れの所で生活する友達同士はサマースクールの期間中に一年ぶりに再会する。一度この島に足を踏んだ人は、不思議な力に惹かれるように、毎年ここへ来るようになる。その引力の理由は学校で教わらないことが学びたい、また日常生活の中で普段手に入れられない情報で視野を広げたいというものだけではない。島自体に魅力があるのだ。
ドナウ川の静かな流れを無数の色に染める夕日や、人間の全ての作業の背景に聞える風や流れる水の音などは別世界のもののように素晴らしい。特に8月初めの夜に、川辺からはっきり見えるペルセウス座流星群の美しさは簡単には忘れられない光景である。目で追いつかないほど早く、頻繁に空のあちこちから現れる流れ星を目撃した人は、心の奥底に秘めた願い事が、きっと叶うと信じる勇気をもらうだろう。
また向こう岸に見える、2000年近く前にローマ帝国の一つの要塞都市として建てられたカピダーヴァ遺跡が放つ壮大な時間の流れのオーラも、この場所を特別な雰囲気で包み込んでいる。永遠なる何かと縁がある旧跡を見渡せる場所で、大自然のあらゆる顔に力づけられながら、人間は宇宙の中での自分の立場を再確認できる。もちろん人間を興奮させてやまないSF愛好者がよく見る夢――例えば宇宙の旅、異星人との出会い、地球の未来を司る文明などに関する夢を、他の人々と共有できる喜びもAtlantykronという島の掛け替えのない魅力の一つである。
観光ガイドでは、ルーマニアはとても穏やかな国として描写されることが多い。しかしあそこに実際に住んでいる人は、そんな穏やかさをめったに実感できない。時の流れにある種の濃さがあって、人々はなんとなく余裕がない。バタバタと日々の暮らしを送っている。だからAtlantykronのような島に来ると、日常生活の慌しさによって失ってしまいそうな精神の自由を改めて意識できる。サマースクールを知る人にとってドナウ川の真ん中に立つあの島は、帰りたい場所、自分を大自然のリズムと同期させることができる場所なのである。
高校3年の時から大学の卒業まで、当時取り組んでいた部活の友達と一緒に毎年Atlantykronに行くのが恒例になっていた。私たちが入っていたのは複雑系科学に関する基礎的知識を教わるサークルだった。ハードコア理系の分野にもかかわらず、どう見ても文系だった私も受け入れられ、「お抱え記者」の役割を任せられた。大学卒業後、あのサークルの人たちはそれぞれの道へと旅立ったわけだが、年に一回、あの島で再会する約束が無言のままみんなの間で交わされたのだった。
私だけは残念ながらその約束が守れず、数年前から島に行けていないが、友達が未だに声をかけてくれるのが嬉しい。心の中で何回も何回も、自分の目を疑うほど美しいあの流星群が見える川辺に戻って、毎日の慌しさに失くしてしまいそうな夢を取り戻すようにしている。
ラモーナ ツァラヌ
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■