Interview:戦略コンサルタント 渡辺一誠『僕は勝たせる』
渡辺一誠:
1980年生まれ。戦略コンサルタント・ICO詐欺訴訟チームリーダー。ADHDにより中学二年で学校教育から離脱。ヤンキーを経て会社設立、不動産やIT関連などさまざまなビジネスを経験する。現在は大企業を中心に企画立案、マーケティングなどを行う戦略コンサルティングの依頼が引きも切らない。2018年の仮想通貨ICOによる詐欺被害者コミュニティを結成。全員を勝ち組にする戦略をとる。
「あなたも、人を家族のように思う人なんですね」。そんなふうに言われて返答に窮した。家族のように思うとは、どういうことだろうか。ナイーヴにも響くそんな言葉に動揺するのは、つまりは言葉の問題でなく、渡辺一誠さんのたたずまいからくる。底なしの孤独感から滲むような温かさ。そう、家族同士も代償を求めないわけではない。ただ求める代償は深く、遠いところにあってもよい。ものを売ってすぐ対価を得るのは単純なビジネスだ。戦略コンサルタントの描く絵はもっと深く、遠く、それだけに求めるものは大きいかもしれない。たとえば愛に似たものであるほどに。
by 小原眞紀子(インタビュアー・文学金魚編集委員)
■戦略コンサルタントとは■
小原 渡辺さんのご職業は「戦略コンサルタント」ですが、どんなことをなさっているんでしょうか。
渡辺 起業家の方からこんなことをやりたい、絶対うまくいくはずだというプランを見せていただくことがあります。しかし八割くらいのビジネスは穴だらけなんです。すでにビジネスを初めて三年四年経ったけど、きつくなってきたのでなんとかしたいという方もいらっしゃいます。中身を見せていただくと、同じように穴だらけというものが七、八割。一般的には、それはたいていテクニカルな問題です。ですからどうしたらその問題を解決して、起業家の思いを実現できるのか、あるいは利益を出しながら解決し続けてゆくことができるのか、その絵を描くのが僕の仕事です。
小原 日本はスタートアップ企業に対する手当が薄いと言われていましたが、最近になって起業を支援するコンサルティング業界が徐々に出来上がっています。ただ、わたしが見聞きした範囲は、まだお粗末な感じもします。渡辺さんがしておられるコンサルティングは、規模はもちろん、取り組む姿勢がそれとは違う気がするのですが。いわゆる同業の方と比べて、ご自身ではいかがでしょうか。
渡辺 最近、起業支援がすごく流行っていて、それ自体がコンサルティング業界の一つのビジネスになっています。しかし僕から見ると、数打ちゃ当たるという支援が多い。正確に統計をとったわけではないですが、スタートアップ企業が生き残る確率は一年で百分の一、十年で一万分の一くらいではないでしょうか。それではまったく起業支援になっていませんよね。僕が手がけるのはビックビジネス、グローバルビジネスで、クライアントがやりたいビジネスについて、もっと世界に拡がってゆくためにはどうしたらいいかというコンサルティングですが、スタートアップ企業でもそれは同じだと思います。それには自分の会社を他の資金力のある会社に買い取ってもらって、さらに拡大してゆくという方法も含まれます。やりたいことが山ほどあって、どうやって社会に、世界に革命を起こすのかという大枠で想像力を働かせることが僕のメインの仕事になります。まずスタートアップ、それを二桁の億まで資金調達できる企業に育て上げてゆくことが当面の目標になります。ただ僕には信頼できる起業家の仲間がいますが、そういった人たちと同じスケール、同じスピード感でものを考えられる人は非常に少ないですね。それは日本の教育が狭い範囲に押し込められているからかもしれません。
小原 コンサルタント業は型にはまった学歴や職歴を必要としないこともあって、良くも悪くも変わった経歴をお持ちの方が多いですね。それじゃ皆さんコンサルタントとして発想が型にはまっていないかというと、そうでもない。でも渡辺さんは、彼らとはちょっと違う。今おっしゃったようなスケール感、スピード感、とっちらかったような超人的なスケジュールでそれらを展開されますが、最後はまとまっていく(笑)。結局は、渡辺さんの思想の問題なのでしょうね。
渡辺 僕は現代的だと言われることが多いんですが、自分ではすごく昭和的なんじゃないかと思っています。僕に根源があるとすれば、人の役に立ちたい、ということです。クライアントが問題を抱えているときに、それをなんとか解決したい、ということにすべてが帰結する。この思いが恐らく人より強いと思います。また僕は一点集中型です。一見ばらけているような戦略でも、気持ちの強さで最終的にはまとまってゆきます。僕のコンサルタント業の動機は、ビジネスを始める人の動機とまったく同じだと思うんですね。最近はテクニカルな部分がすごく重視されていて、ビジネスモデルなんていう言葉もありますが、ビジネスモデルを経営者が考えるのはナンセンスです。経営者の仕事は最初に資金を用意すること、それからお客さんの心を捉える思想を持ち続けることだと思います。つまり経営上の理想です。この思いの強さがリーダーとして一番重要です。思いの強さがあれば、ちょっと極端な言い方ですが、あとはどうにでもなる。
小原 差し障りのない範囲で、文学金魚の読者が興味を持ちそうな案件を、なにか紹介していただけませんか。
渡辺 戦略コンサルトいう職業上、クライアントさんと機密保持契約を結んでいるんですよ。ですから言えないことがたくさんあります。でも皆さん、あの事業の裏側はホントはどんなふうだったのか、あの事業はどうやって普及していったのか、どんな問題を解決して事業が成功したのかに興味をお持ちですよね。大手企業さんの場合は、こういった事業について、企画を書いてくれませんかという依頼が人伝てに来ることが多いです。最近だと社長交代問題でT社さんから資金調達戦略についての依頼を受けました。僕が戦略コンサルタントとして描いた絵の上に、T社さんのかなえたい思いが乗っかってくるでしょうね。
小原 文学とビジネスはかけ離れているように思いますが、なにかを世の中で成し遂げたい思いがあって、それを具現化してゆくという意味では同じだと思います。どちらも世の中に新しいものを提供したい、紹介したいという強い思いがあってしかるべきでしょう。そういう思いはビジネスより文学の方が強いと考えられてきましたが、実際には同じですね。いつの時代でも既成の枠組みに乗っかることを成功だと考える人が多いわけですが、変化の時代には、それは業界全体を衰退させることにもなりかねない。文学でもビジネスでも柔軟な発想で新しいことを成し遂げていかなければならないわけですが、そのお手伝いをするコンサルタント業は、どういったきっかけでお仕事が始まるのでしょう。
渡辺 クライアントさんとは、お会いしていろいろお話する中で、こんな案件があって、困っている点がこうで、という形で相談を受けることが多いです。ただお酒や食事の場で、仕事上の相談があるんだけど、と言われた場合は、ここ数年は全部お断りしています。僕の知識と経験と時間を使うのであれば、対価を払っていただかなければなりません。それに対するプライドが僕にはありますし、相談を持ってこられるクライアントさんにもそれは理解していただきたい。そういう場合、クライアントさん自身の時間に対する考え方をおうかがいします。つまり相手の時間を奪うことをどうお考えになっているかということです。アンオフィシャルに仕事の相談をもちかけるということは、相手の時間をリスペクトしていないことになります。この間相談を持ちかけてきた人は二十三歳の人でしたが、「この場でサクッと話せてしまうようなビジネスなんですか?」ともお聞きしました。その人は、「こういう相談の断られ方をしたことが、僕には宝物です」と言っていました。僕はそういう若者をもっと増やしたいですね。僕自身、社会のことが何もわからないぜんぜんダメな若者でしたから。
■経歴について■
小原 渡辺さんは中学二年から学校に行っておられませんよね。
渡辺 ちょっと変わっているかもしれません。
小原 ちょっとどころじゃないかも(笑)。
渡辺 僕は多分、イヤな子供だったんじゃないかなと思います。成績はよかったのですが、教師や親に、気になることは何でも質問しました。僕はロジックで理解できないことは、自分の腹に落とし込めないんです。たとえば宿題を必ずやってきなさいと言われますね。そうすると「なんで宿題を必ずやらなきゃならないんですか?」と質問してしまうんです。面倒くさいですよね(笑)。僕も子供ながら直接聞くのはマズイと思って、勝手に自分の中で宿題をやるメリットとデメリットを比較しました。やらないデメリットは先生に怒られるという一点だけですね。ただ宿題をやるのがプラスかマイナスか、生産的か非生産的かを考えたときに、僕の中では生産的ではないな、という結論になったんです(笑)。だから夏休みの宿題をやったことは一度もないです。
小原 中学に行かなくなって、何をしていたんですか。
渡辺 基本的には自習で、本を読んでいました。あまり外に遊びに行くということはなくて、家にこもっていることが多かった。小説が好きでたくさん読んでいました。母親はすごく心配しましたが、これも変わった親だったせいか、僕が学校には行きたくない、行く必要がない、行かなくても大丈夫、と説得したら納得しましたね(笑)。父親はとても奔放で、中華料理屋を経営していたのですが、B級映画に出てきそうなメチャメチャな人でした。どこにいるのかわからないし、怖い人でもありましたから、父親が亡くなる二ヶ月くらい前からようやく親子の会話が始まった感じでした。余命宣告をされて、名古屋の方に入院していたので毎週会いに行きました。伝記でも書いたら面白いと思える父です。
小原 貴重な時間を得られましたね。皆が高校に通っていた頃はどうですか。
渡辺 小説を読んだりゲームをしたり、あとはヤンチャしていました。よくある地方の暴走族みたいな感じで、髪の毛は金髪ですから、親にはすごく心配をかけたと思います。そういうヤンチャしている人間って、一方で人の気持ちにすごく敏感なところがあるんです。親を悲しませたとか人に迷惑をかけたという思いが、あるときから逆転しはじめて、今度はなんとか人を助けたくなる。極端から極端に動くタイプの人間ですから、自分より人を助けたいという感じになります。ただ学校に行っていないので学がない。二十三、四歳くらいまで世の中の仕組み、ビジネスのロジック、株や出資・投資というお金の動きなどを学び、十代のうちに趣味で簿記二級の資格を取りました。会社勤めもしたことがないですから、センスと勘だけで世の中の仕組みを探っていたんです。それとゲームも好きで、もっといいやり方、面白い抜け道があるんじゃないかと。なにをやるにしても、自分でプログラムを作るような方法をいつも考えていました。そういう経験が今の戦略コンサルタントの仕事の基礎になっているんでしょうね。
小原 コンサルタントにはっきりとした資格はないですものね。なんとなくコンサルタントになった、ならざるを得なかったという方が多いわけですが、いろんなものを吸収しながらコンサルタント業に至った方は、独特のノウハウをお持ちですね。
渡辺 先ほども言いましたが、僕の根源にあるのは、人が抱えている問題を解決したいという思いです。独学でインターネットとマーケティングとSEOを勉強して、最初はウエブコンサルをやっていたんです。事業モデルを作って提供していたんですが、実際のクライアントを見ているとやはり問題が多い。簡単に言うと、利益を出したいのに経費がかかり過ぎているとか。そういったいろんな問題を相談され、解決してゆくうちに「ああ、なんでもできるぞ」というふうになっていったんです。実地と経験の中でノウハウが蓄積されていった。あと僕を育ててくれたのは、マンガや小説かなと思います。
小原 小説にそんな力があるとは(笑)。衰退ばかり目にしていますので。
■影響を受けた作家について■
渡辺 僕がすごく影響を受けた作者が二人います。一人はビジネスマンでもあるデール・カーネギーです。彼の本を十八歳の時に読んだことがすごく衝撃的でした。それまでロジックを説明してくれる人がいなかったんですが、カーネギーは問題解決の方法を本の中で語ってくれたんです。問題があったらどうするか、やるべきことをまず十項目ノートに書き出しなさいといった形です。単純ですがすごくロジカルです。そして書き出した項目通りに進むことがロジックになります。それをやることによって前に進むことができる。ビジネスマンはみな数字から考えますね。でもなかなかうまくいかないことが多い。もちろんAIなんかを活用して統計の数字をとっていけば、マーケティングとしては成功することが多いんですが、あくまでもマーケティングの話なので、ビジネスの全体像を見た場合にはいわゆる文学的な要素が必要になります。二人目は森博嗣先生です。森先生の本が大好きなんです。直接お話したことはないですが、あんなにロジカルに会話ができそうな方はいらっしゃいませんね。『すべてがFになる』という小説を読んだ時に衝撃を受けました。あの小説の中の登場人物たちの会話がすごく心地いいんです。ドラマでいうと『ガリレオ』とか『相棒』の主人公の考え方にも似ています。事件がロジックで解けるなら、ビジネスもロジカルな思考で解けるんじゃないかと思います。もちろんロジックを生み出すには強い思想が必要ですが、文学なんかからロジカルな思想の必要性を学んだことが、僕が戦略コンサルとして徐々に評価をいただけるようになった大きな要因だと思います。
小原 文学こそがロジカルでなくてはならない、ロジックを生むのは強い思想だ、というのはまったく同感です。渡辺さんは学校に行っておられないわけですから、そもそも学歴社会での理系・文系の区分とは無縁ですよね(笑)。もしかすると、理系・文系と分けることで人間の可能性が狭められたり、文学における理系的なロジックの重要性が見落とされたりしているのではないか、とも。
■文系・理系について■
渡辺 それはあると思います。文系・理系を選択しなきゃならないとしたら、僕なんかはその時点で、なんで両方選んじゃいけないの、と思うでしょうね。
小原 わたしも数学科を出ましたが、興味はずっと文学にありました。文学における諸問題は数学の方法論、ロジカルな思考で解けるんじゃないかと。文学とロジックを切り離すと、問題解決の上ではうまくいかないことが多い。
渡辺 文学の上にきっちり数字が乗って、初めて完璧なものができあがるんじゃないかと思います。
小原 ビジネスの現場はそもそも理系も文系もなく、全方位ですものね。その方向性はさまざまですが、渡辺さんの「人の役に立ちたい」という思想は、キレイ事だと言われてしまうことも多かったのではないでしょうか。でも、人の役に立つということは、自分を犠牲にすることとは違いますね。そうでないと継続的に人の役に立つように動けませんから。
渡辺 「損して得とれ」という諺がありますが、多くのビジネスマンは一回もやったことがないんじゃないかと思います。まず一回やってみなさいと、あるところで言ったことがあります。それに対してすぐ何かが返ってくるわけではありません。でも一回やってみれば、何かを返してくれる人と返してくれない人はわかります。そうすると、返ってくるときはどんな場合だろう、どんな人なんだろうと考えますね。自分はこんな手法を取ったから返ってくるものがあった、などと気づくわけです。もっと考えると、あそこで何を言うべきだったのかということが、統計的にわかってきます。そういうノウハウはとても大事ですから、先に損をすることだって大事なんです。いつだって答えは自分で作り出していかなければなりません。普段からそれをやっていると、いっときは損をしても、相手によってはその先にとても良好な関係を築けることがあるんです。こういうことは戦略コンサルタントの仕事に通じていて、僕はリスクヘッジがすごく好きなんです。例えばAという、かなり固いビジネスがあったとします。まず潰れないだろうというビジネスです。でも僕は潰れたときにどうするかを考えるんですね。企画を依頼された時は、ホテルにこもって一メートルくらいの方眼紙を拡げて、リスクヘッジの方法まで書いて提案します。
小原 細かくて集中力が必要な仕事ですね。渡辺さんはADHDだと公言されていますが、ADHDは子供の疾患の一つにされています。渡辺さんから、ぜひADHDのよい面を教えてください(笑)。
■ADHDについて■
渡辺 僕が自分はADHDだなとはっきり自覚したのは、ここ数年のことなんです。もちろん子供の頃から落ち着きがないし、こうと思ったら、後先なしに踏み出してしまう、踏み出せてしまう子供でした。僕はそれを自分の才能だと思っていたので、それが日本では障害と言われているとは気づいていませんでした(笑)。ビジネスを始めると、それがプラスになる面とマイナスになる面があります。マイナスから言いますと、落ち着きがないから継続性という面で難があります。ですから僕は人と仕事をするようになりました。「継続性は大事だよ」と言ってくれる人が身近にいたり、アイディアを継続して実現してくれるスタッフを集めたりしたんです。そういう仕組みができてから、相当に強くなったと思います。そもそも一人で全部こなす必要はないんです。ADHDのプラス面を言いますと、それは一歩踏み込む才能ですから、間違いなくなにかを成し遂げる革命家、経営者に必要な能力だと思います。そういう人がいないと世の中変わりませんよね。ですからADHD的な人には、自信をもって踏み出し続けてくださいと言いたい。踏み出した後にプロジェクトを維持して成功させるためのチームを作れれば無敵なのかなと思います。
小原 東大生の八割はADHDだと言われますし、経営者にもADHD的な方が多いと聞きます。意味のない協調性を欠落させていて、同世代の輪から孤立していることが東大なり経営者なりに導くのではないでしょうか。
渡辺 僕も子供の頃からおじいさんみたいだよねと言われていました(笑)。話せば落ち着いてもいるし、物事をきっちり伝えようとするのに、よく泣く。中学一年生の時に、三年生の卒業式で一番泣いていたのは僕ですから(笑)。でもそういう感性はビジネスに必要です。優秀なビジネスマンと話しているときに、その方が泣きそうになることはよくあります。感極まるくらい自分のビジネスに思い入れがあるんですね。ビジネスマンでは、上に行けば行くほど感性が豊かなのは確かだと思います。
小原 会社には総務部があって、営業成績を上げるわけではないけれど、トラブルがあると出てきて解決しますね。そういうゼネラリストのトラブルシューターが、社会の不都合を解決する起業家になるわけですが、現代的なシステムに見えて、けっこう昭和的な光景でもありますよね。町内に必ずそういう人がいて、ビジネスを手広くやっていたり、議員さんになっていたり。渡辺さんも確かに、お話していると、あれ、何歳の方だっけと思ってしまうところがあります(笑)。
■昭和的な感性について■
渡辺 そうですね、昭和的なところが僕にはありますね。小学生の頃、ずっと聞いていたカセットテープが吉幾三だったんです。吉幾三さんが大好きで、カラオケでも真っ先に歌いますが、彼の曲に『おじさんサンバ』というのがあります。赤胴鈴之助が好きだったとか、彼の子供時代を歌った曲です。その曲の中に出て来るアニメやマンガが気になって、調べて全部見たり聞いたりしていました。僕は子供の頃から昔のものが好きだったんです。
小原 いつの時代でも人間は古いものを更新して新しいものを作り出してきたわけですが、科学技術は別として、文化面ではその速度が遅くなっている傾向があります。必ずしも悪いことではなくて、新しいものを追い求めながら、一方で豊かな過去のコンテンツを享受する社会になっています。じゃあ古いコンテンツには何が含まれているのか。人のために動くのは損して得とれのロジックによる論理的な考え方ではありますが、昭和的な倫理にもどこかで繋がっていますね。
渡辺 人の本質はそんなに変わらないと思います。ビジネスも難しく考える人が多いですが、本質は江戸時代の商店街からあまり変わっていない。薪が必要だから薪を切ってくる人がいる、忙しくて魚を釣る時間がない人の代わりに漁師とか魚屋がいるわけです。こういう物々交換がビジネスでは一番理にかなっていると思います。ずっとお肉を食べていて、魚が食べたいなと思っている人に、より上等なお肉を売りにいっても仕方がないでしょう。これと同じようなズレが、現代の日本のビジネスで起きている気配がありますね。何をしたいのかわからない、誰に届けたいのかもわからないようなビジネスです。そうなるとビジネスではなくて自己満足です。現代的になることによって、昔のビジネスの基本が失われているようなところもあります。
小原 若い人は特にそうですが、全体が見えていないから、とりあえず利益が多ければ多いほどいいや、と考える。人と利益を奪い合うことになるわけですが、ビジネスを継続的に続けてゆく場合には、どこかで他者とギブアンドテイクの関係を結ぶ必要があります。それが意外と大変で、効率的に利益を求めようとしても、他人との関係を結ぶには無駄と思えるような時間がたくさん必要でしょう。
渡辺 たくさん時間のロスをした方が、あとあと利益になる場合も多いです。僕も十五年くらいは時間をロスしていたなぁと思うことがあります。でも必要な無駄もあります。ただビジネスはどこまで行っても人と人との関係なので、自分の時間を失うのは自分の実になることがありますが、他人の時間を奪うことはちょっと気をつけた方がいいかもしれない。
■仮想通貨について■
小原 今、世の中の多くの人が、新しいことが始まっていると気づきながら、今ひとつよく理解できていない。仮想通貨には大成功しているプロジェクトもあれば、詐欺同然のプロジェクトもあります。渡辺さんは詐欺案件とおぼしき仮想通貨ICOの被害者コミュニティにも関わっておられますが、訴訟等に差し支えのない範囲で、その経緯をお話いただけますか。
渡辺 戦略コンサルタントとしては、どんなプロジェクトでも最終着地点は最初からある程度見えています。そこから逆算していくんです。今回の被害の検証は、逆算を今度は逆から読んでいくような仕事ですね。潰れてしまうパターン、そして自分が起業家としてやられたら嫌なこと、それらをまず頭の中で思い浮かべ、ある着地点に導きます。これを最初に描くことができたのは、僕の職業上の特質なのかなと思います。
小原 今おっしゃった被害というのは、仮想通貨の新しい取引所がICOを行ったんですが、当初は誰が見ても素晴らしいプロジェクトでした。参考価格で元の価格の四、五倍までいって、しかし上場直前にビックリすることが起こって、それが悪意があるのかないのか、もしその絵を描いた者がいるなら誰なのか、どういう状況になっているのか、そういうことを今、渡辺さんを中心に非常に素早く調査が進んでいます。
渡辺 この案件に関わった人のほぼ全員が、いつか誰かがこの問題を解決するだろうと思っていたと思います。お金がすごく流れ込んだのに、何ひとつとして成果が出たものがないわけですから。これがICOでなくてIPOならもちろん大問題になって、お金を集めた人の責任が問われる。だけどICOだから法律が及ばないんじゃないかと、放置されすぎていたなと思います。このICOは僕の勧めで購入した友人もいて、今回のことを機に本気で調べてみようと思ったんです。取引所は倒産したわけですが、これが計画倒産なんじゃないかと思って、ある一箇所だけに責任を負わせる方向で考えたんですが、問題が実は二つ三つに分かれるんじゃないかと。倒産したことはもちろん問題なんですが、お金の集め方に問題はなかったのか、橋渡しをしていたときの契約上の問題とか、いくつもある。僕らが思っていたのと、ぜんぜん違うことが起きていたんじゃないか、ということがだんだんわかってきた。でも運営側の内実を知るためにはそこに入り込まなければなりません。そこで取引所を購入したいという会社があるので、そんな話をして、今では財務書類からなにからすべて開示してもらって話を進めています。もちろん僕に対する牽制もしますが、それはすぐわかりますからね。僕は少しでもお金を取り返したい。それで僕といっしょにお金を取り返したい人がいれば、いっしょにやりませんか、と呼び掛けて集まったのが今の団体のメンバーです。
小原 この業界では、訴訟団体自体が詐欺だった、ということもあり得るわけですが、しかし何もかも詐欺だと思ったら投資は成り立ちません。一方で投資家はSNSなどで緩く繋がっているだけですから、そういう人たちに実際に会って信頼関係を築くのも大変な労力です。渡辺さんは疑われるリスクと労力リスク、その両方を負って始められたわけですね。
渡辺 一番大事なのはまず自分で動くことだと思います。自分の思いが強いこと、それが僕のリーダー論です。僕は昔から巻き込み力だけはすごく強いんです。人たらしとも言われます(笑)。人脈を作ろうとしたことは実はあんまりないんです。なんとなく誰かのためになろうとして動いて、なんとなく信頼関係ができたことが多い。話が合うのは五十代から七十代くらいの歳上のビジネスマンですね。年配の方は気軽に人を紹介したりしてくださるんですが、それは返していかなければならないと思っています。その人に返すのかどうかは別として、世の中に還元していかなければならない。どこまで行ってもビジネスは人と人の付き合いで、まず強い思いがあり、その思いを支える裏付けが必要です。今回の活動を始めた理由は、単純に納得がいかないからです。理想から言うと、メンバー皆でスケジュール管理してくれたり、弁護士と交渉してくれたりするのがいいわけですが、ほぼ一人でやっています。
小原 渡辺さんのリーダー論は、俺についてこい、ではなくて、一人でやっていて、見かねた人が手伝うというような形ですよね。こういうリーダーだと、離反する人が少ないのではないかと思います。
渡辺 僕には理念があって、ちょっと宗教的になってしまいますが、物事を損得ではなくて善悪で判断します。利益を求めないわけではないですが、そこに善があるのか悪があるのかは明確にしたい。それはプロジェクトなどに関わる人にも明確に伝わるようにしています。そういうのが安心感を生むのではないかと思います。
小原 非難を受けるようなことは、そんなに長続きしないですね。トータルで見るとプラスになることはあまりない。ただ抽象的な理念や思い込みで善であれと言っても、みんな忙しいので、そんなのキレイ事だよ、になってしまう。でも善であれという理念が、結局は現世利益にも繋がるんだという戦略を持っていれば、変わってきますね。
渡辺 みなさんそれは思っているでしょう。ですから、それを世の中に喧伝してくれる人を求めていると思います。
小原 あるいは証明してくれる人を、ですね。しかし被害者集団であるはずのチームの雰囲気はやたら明るいですねえ。
渡辺 暗いのはイヤですから。
小原 それは理由があって、戦略コンサルタントである渡辺さんがリーダーですから、抗議行動だけではなくて、実益をもたらすような絵も描いておられる。
渡辺 チームとしては、僕は今の形である程度ゴールだと思っています。これをやることによって、今後の日本人、あるいは海外にも、もうこういう手法は通じないよと知らしめることができたら未来に繋がるのかなと思います。
小原 チームはコンパクトですが、広く署名を集める活動も展開しておられますね。順調ですか。
渡辺 順調に集まっています。今三百人くらいで、マックスで五百人くらいでしょうか。これは今回の案件に関してだけです。ほかの案件も含めてゆくと、二千人とか三千人の規模になっていくんじゃないかと思います。どんなゴールを見せることができるかはまだわかりませんが、誰かがゴールラインまで走り抜けなくてはならない。それはADHDである僕がやるのが一番いいんでしょうね(笑)。
■ADHDに光を■
小原 今回のインタビューはADHDの子どもたちや親御さんに大きな希望を与える内容だと思います。当事者である渡辺さんのADHDの捉え方は、社会一般のものとは違いますね。
渡辺 注意欠如・多動性症候群という疾病だと言われているわけですが、僕は一点集中突破型だと捉えています。誰にもできないことを誰にもできない速度でやることができる人ということです。あるいはそうしようと進めてみることができる人で、類いまれなる才能だなと思っています(笑)。
小原 今回のICOの問題に関わられたのも、ADHD特有の(笑)即断でした。そしてまた渡辺さんのお仕事も、ここから思わぬ方向に展開するかもしれない。
渡辺 世の中の流れが一つ変わったり、金融庁もわからないことに対して闘う手段の基礎が出来たりればいいと思います。人間の世界、不正が行われるのは仕方がないことです。ただ相談を受けた人の中に破産しました、離婚しました、命の危険がありますという人がいると、やはり裏で笑っている人がいるのは許せない。できるだけ被害者を減らしたい。僕も今は笑っていますが、まあ痛い目にあいましたから。とにかく不正がまかり通らず、僕には子供はいませんが、子どもたちが笑って過ごせるような世の中がいいですね。
小原 そんなピュアなラディカリズムはやはり多少、浮世離れした資質がないと保てないかもしれません(笑)。しかし文学の価値観も本来、そうだったと思います。ある時期から、文学は最先端の社会問題を追い切れなくなってしまった。社会事象を新聞ネタのような形でしか使えなくなってしまった。でも社会的な倫理と個人的な倫理は底で繋がっているわけで、ビジネスの世界でも、案件を構成している人たちの倫理観は色濃く反映されるべきだと思います。そういう核の部分を最初に掴んでしまうと、一つ一つの状況に振り回されなくなるかもしれません。
渡辺 僕は、普通の人がやめた方がいいよと言うような敷居がほぼ、まったくないんです。もっと言えば失敗を怖がってないんじゃなくて、失敗してもいいやと思っています。失敗しても生きていけるんです。今日五千円しかありません、千円しかありませんとなってもどこで働いてでも食べていけますし、何にでも幸せを感じられます。ある意味社会人としては狂っているのかもしれませんが、人間として考えた時には一番シンプルな生き方ができます。これもADHDのメリットですね(笑)。
小原 もし誰かがADHDだとしても、社会と折り合うことにエネルギーを使うべきではないですね。
渡辺 ADHDのサポート協会を作ると面白いと思います。枠にはめてしまわない方がいいです。たとえば僕は、甥っ子が「学校に行きたくない」と言えば、「行かなくていいんじゃないの」と答えます。宿題もやりたくなければやらなくてもいい。だけど決まっていることをやるのはある意味があります。僕の教え方はちょっと変わっていると思いますが、子供に損益計算書を見せて、「ここの数字を間違えると、最後の数字がいくら変わるかわかる?」と聞きます。「これを大人になってやってしまうと、皆が大きな責任を背負わされてしまうことになっちゃうかもしれない。それでもいいの?」と聞くと、「わかった、宿題やるよ」という方向に行ったりします(笑)。
小原 ADHDと非-ADHDの感性の違いを精査してマトリックスにすべきですね。
渡辺 僕はADHDの感性の方が真理ですし、正しいと思っています。
小原 物事の根本的なことに興味がある人は、たとえば先の例の、文系とか理系とか関係ないと思うんです。わたしは文学の世界では少数派のラディカリストすなわちテキスト原理主義者ですが(笑)、文学の各ジャンルの掟を突き詰めていけば、根源的な原理に突き当たるはずだと思います。それを把握できた人が、各ジャンルで歴史に残っているはずです。逆算して考えますと、そうなります(笑)。
渡辺 文系・理系を分けるのが理系的な考え方で、そんなものはないんだよと考えるのが文系的な考え方だと思います。そもそも分けるべきものではない。
小原 渡辺さんは中学から学校に行かなくなったわけですが、高校二年生になると無理矢理に文系・理系に分けられますよ。
渡辺 その前で学校に行かなくなって幸いでした(笑)。
小原 でも今、大学では文系・理系の中間的な学科が増えています。わたしが今、教えているのは文芸創作科ですが、ものを創るということは、起業することに近い。根本的な考え方をせざるを得なくなる。その大学の就職率はさほどよくないんですが、文芸創作学科の就職率にかぎっては、わりとよいそうです。文学なんかやっていると敬遠されると思われがちですが、それ以前の思考力がたくましくて、意外と評価されています。
渡辺 ADHDの人は、とにかく得意分野を伸ばすのが一番いいです。高校で文系・理系に分けられるとすると、必ずどちらにも行かないとんがった人が出てきますが、そういう人を識別することも必要なわけで、逆の考え方をすると、文系・理系で分けることも無駄ではないのかなとも思います(笑)。
小原 わたし自身もADHDではないと言い切る自信がなくなりました(笑)。今日のお話は、特にADHDの人には勇気を与えます。
渡辺 それは嬉しいです。僕自身、自分がADHDであることで長い間悩んできましたから。ただADHDの人は、そういう悩みから一刻も早く解放されるべきだと思います。一人では難しくて周りのサポートも必要でしょうが、早い段階で自分はADHDだと認識して、自分の力を活かせる場所を探した方がいい。ただすぐに活かし方はわからないので、それを教えてあげられるような場所は必要でしょうね。そいう場所を、戦略コンサルタントとして今後作っていけたらなと思います。もちろん社会に迷惑をかけちゃいけないわけですが、達観的に言いますと、迷惑をかけたりかけられたりして、ある一定の割合でいろんなことが起きているのが社会だと思います。ですから失敗してもそれをいつか取り返すつもりで、本当に思うがままに生きてゆくのがいいと思います。自分の能力を活かす場所は、絶対に社会のどこかにあるはずですから。
(2019 / 11 / 21)
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