大野露井さんの第1回 辻原登奨励小説賞受賞作『故郷-エル・ポアル-』(第09回)をアップしましたぁ。ちょいと思い立ってGoogle Mapでエル・ポアルの位置を確認してみました。
上の画像がスペインの中でのエル・ポアルの位置です。2番目の画像はエル・ポアルの町です。よく知られているようにスペインは西暦711にイスラームによって制圧されました。全土が制服されたわけでなく、キリスト教徒はスペイン北部に王国として残ったのです。このキリスト教王国がレコンキスタ(国土回復運動)を始め、1492年にイベリア半島からムスリムを追い出しました(ユダヤ人も追放しています)。資料を見ると1040年頃にはエル・ポアルはイスラーム王国領で、1150年頃にはキリスト教王国領に奪還されています。『故郷-エル・ポアル-』を読む際の参考にしてくださいませぇ。
だが結局、父は大物にはならなかった。父が体得したのは大物の風格を真似る技術だけだった。父の半世紀の人生には肉体労働という選択肢はなかった。父はよく、睡眠とうたた寝と食事と排泄とを二日かけて行うことを周期的に繰り返していたが、その作業ですっかり疲弊してしまった。それはうたた寝と食事と排泄のあいだ、そしてことによっては睡眠の最中にも、考えることをやめなかったからだ。ところがこの知的労働は、商売に関してはほとんど成果を生むことがなかった。文芸誌を読んでいた父、機嫌のよいときには手の込んだ冗談を言った父のほうが、僕にはずっと自然に見えた。
露井さんのお父さんは、日本語の文芸誌を読んでおられたんでせうかね。確かに語学に関しては天才的な能力をお持ちだったのかもしれません。誰にとっても故郷や肉親は、とっても単純なようで果てしない謎をはらんでいるものです。特にそこに国境や人種・文化的な差違が絡んでくると、なおさら表面的な複雑さは増します。
ただま、それは表現されなければ消え去ってゆくものに過ぎません。人間の記憶が次々に失われてゆくのと同じですね。文学作品はその襟を掴んで引き留める芸術です。もちろん時には秘密であり、他者にとってはなんてことなくても、身内にとっては隠しておきたい恥などを明らかにする際には、それなりの理由が必要とされるわけです。
■ 大野露井 連載小説『故郷-エル・ポアル-』(第09回) pdf版 ■
■ 大野露井 連載小説『故郷-エル・ポアル-』(第09回) テキスト版 ■