大野露井さんの第1回 辻原登奨励小説賞受賞作『故郷-エル・ポアル-』(第02回)をアップしましたぁ。『故郷-エル・ポアル-』は大野さんの自伝的作品で、挿入した写真も大野さん提供のものです。ただわたしたちが通常の文脈で思い浮かべるやうな自伝小説とはちょっと質が異なります。実存的な傷を抉り出すような作品ではなく、エクリチュールの小説でせうね。
今回の章には大野少年が自転車で家の近所を走り回る描写があります。『家のまわりの区画をぐるぐる回るというのは、実は同じ距離の直線を進むのに負けないほど変化に富んだ旅程であり、ことによるとずっと幻惑的な体験になった。・・・ぐるぐる回っていると・・・ほんのわずかな変化が、拡大された印象をともなって何度も何度も姿を現す。・・・絶対にさっきと同じであることがない。それはまるで、毎日顔を合わせているはずの友達の身長が、毎日顔を合わせているのに、目に見えて伸びているのを発見するようなものだ』とあります。
このようなエクリチュールの流れが大野さんの作品の特徴だと思います。その意味でエル・ポアルといふ場所は、作家の思想や感情の核が宿る場所ではなく、そこからすべてのエクリチュールが溢れ出す空虚の中心なのかもしれません。こういった主題の設定方法もあるわけです。といふか文学ではあらゆる主題を作品化し得る。問題は作家個々が抱える主題に対して、小説や詩といったジャンルを的確に与え、それをいかに効果的に記述できるかです。
■ 大野露井 連載小説『故郷-エル・ポアル-』(第02回) pdf 版 ■
■ 大野露井 連載小説『故郷-エル・ポアル-』(第02回) テキスト版 ■