大野露井さんの第1回 辻原登奨励小説賞受賞作『故郷-エル・ポアル-』(第01回)をアップしましたぁ。大野さんはもちろん日本人なのですが、『故郷-エル・ポアル-』はそのインターナショナルな生育環境が反映された独特の文体で書かれています。『僕はしばしば正午まで眠った。夏休みなのに八時に起きるというのは、ほとんど異常事態だった。だが朝食の小さなマドレーヌの向うに現れた祖父はすでに畑の見回りを終えていたので、僕には文句を言う資格などない』という出だしは翻訳文体を想起させますね。日本語を相対化して捉えている日本人の文体だと思います。
ただ相対化されているのは日本語だけではないようです。大野さんは『カタルーニャの家族は、日本から来た僕や母にはスペイン語のほうがわかりやすいと判断したのだろう、ふだんの会話はおろか、自分たちの名さえも、スペイン語風の偽名を使うのだった。・・・家族が偽名の奥にもっと軽妙な、舌と咽喉をくすぐるような名前を隠しているなどという事実を知ったのはずっと後・・・のことで、そのときにはもう第一公用語による呼称がしみついてしまっていた』と書いておられます。外国語も大野さんの中ではある距離を持つ言語として相対化されているやうです。
このどの文化(言語)も相対化してしまうような独自の意識は、大野文学の大きな特徴になっていると思います。ただそれは、明確な帰属先(基盤)を求めるような指向には決してならない。『故郷-エル・ポアル-』の冒頭でシエスタのことが記述されているのはとても象徴的に思えます。『村は眠っていた。商店も眠っていた。教会の鐘楼も眠っていた。おそらく村の外も、都会も眠っていた。役所もいつも以上に眠っているだろう。スペインが眠っていたのだ。それなのに・・・エル・ポアルの子供であるはずの僕は完全に目覚めていた』とある。すべてが眠りについた明るい夏の昼に、大野少年だけが目覚めているのです。『故郷-エル・ポアル-』連載は、来月から6日にアップします。
■ 大野露井 連載小説『故郷-エル・ポアル-』(第01回) pdf 版 ■
■ 大野露井 連載小説『故郷-エル・ポアル-』(第01回) テキスト版 ■