「僕が泣くのは痛みのためでなく / たった一人で生まれたため / 今まさに  その意味を理解したため」

「僕」は観念として世界に対峙する。孤独から滲む透明な抒情──。「僕」とは切り取られた世界そのものでもある。画像によって喚起されたペルソナ手法による、小原眞紀子の連作詩篇。 

by 小原眞紀子

 

 

 

 

 

東京行きの列車をみると

僕は走っていた

追いつくことも

追い越すこともできなかったけれど

足が速くても

役には立たないと思い知ったけれど

田舎の町で

東京行きの列車をみるたび

やっぱり走っていた

鉄橋にさしかかる前に

息が切れて

土手の草原に倒れこむと

目の前がちかちかして

星が飛んだ

意識だけは宙に浮かび

山を越えていった

東京行きの列車に乗って

僕はここに着いたのだけれど

あのとき列車と一緒に

たどりつくはずだった場所は

どうやらずっと遠い

大学ノートの表紙に

僕は小さく絵を描いた

直線だけの列車なら

子供のときから上手く描ける

めくられたページの

白い罫線に沿って

列車は動きはじめ

僕も駆け出す

 

 

 

 

僕は下落する

桃色の雲とすれ違い

おしゃべりが遠くなってゆく

かたかたとアタッシェケースが

音をたてて上がってゆく

僕は振り向きもせず

地底へ

子供の頃に夢みた

迷宮のトンネルへ

そこは静かな

奇妙な明るさに満ちて

蟻に似た人びとが蠢く

言葉は意味をもたず

合図の音であり

光はとどかず

謎が照らしている

決して手放すことのない

謎にそれぞれが

固く結ばれて

幸福感に気が遠くなり

トンネルの出口がわからない

何度通っても思い出せない

案内嬢に訊けば

薔薇のように微笑み地図を指す

すべては無駄なこと

僕は出口にたどりつかない

成城石井とauショップに寄り

地上に出ても

迷宮をさまよう

 

 

 

 

読んでいる本の中にしか

森と泉はなかった

起伏のない

森の暗さは同じ密度で

どこまでも静かだ

木洩れ陽に心乱すことなく

歩みをすすめると

はじめて水音が

こんこんと泉が湧いている

そこにはたいてい美女が

髪か身体を洗っている

森とんかつ

泉にんにく

と、口ずさむ父のそばで

僕は欧州の木々に分け入り

湧き水を掬った

そして湖も

本の中にしかない

山に囲まれ

どこまでもひそやかに

巨人の心臓を隠している

だからあれは

目の前にあるのは

ずっと乾かない水たまりだ

子供らの声が響いて

近所のおじさんがボートを出す

もうすぐ昼だから

部屋へ呼びに来る

父が釣ってきた鱒を焼く匂いがする

写真 星隆弘

 

 

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* 連作詩篇『ここから月まで』は毎月05日に更新されます。

 

 

 

 

■ 小原眞紀子さんの本 ■

水の領分 メアリアンとマックイン

 

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