おとうさんがいなくなった。あたしにはその理由がわからない。おかあさんは仕事で疲れて不機嫌で、おにいちゃんは毎日テレビばかり見て過ごしている。あたしがおとうさんに会えるのは夢の中でだけ。でも夢の中には〝やみ〟がひそんでいる。あたしは今日も夢の中でおとうさんを探し求める。

純文学エンターテイメント作家遠藤徹による、全編ひらがなの幻想的リアリズム小説!。

by 遠藤徹

 

 

 

かごのとりこ、とりこのかご(後編)

 

 「ひどいですわぁ。おおさまぁ」

 きふじんはうらみごとをいいはじめました。

 「あなたのぉ、あたしへのおもいなんてぇ、そのていどのものだったのですねぇ。おもいがつよいといいながらぁ、それはぁ、おもいにもつにはまけるというぅていどのぉものだったのですねぇ」

 「なにをいうておるのやら」

 おうさまには、とんとりかいできないようでした。もちろん、あたしにもとーんとりかいできませんでした。

 「あいはぁ、すべてをぉこくふくするのではないのですかぁ?」

 きふじんは、じょうねつてきにといかけました。

 「あなたにほんとうのあいがあればぁ、どんなにおもいものでもぉ、そくざにぃここにもってこれるのではぁないのですかぁ?」

 りふじんです。わけがわかりません。もうりふじんをとおりこして、むちゃくちゃです。でも、おうさまのかおがきゅうにへこみました。

 「おお、なんたることじゃ」

 おおさまはじだんだをふみました。

 「すべてをしはいするとしたことが。このよのなにもかもをおもいどおりにできるけんりょくのもちぬしであるはずの、としたことが」

 こぶしで、じぶんのあたまをなぐりました。

 「ゆるしておくれわがマドンナよ。なぜはぞうになどたよったのだ? なぜのこのつよきあいをもってして、あのみずをはこばなかったのだ」

 って、どういうことかもうぜんぜんわかりません。でも、きふじんはそれをきくとにっこりしました。

 「ありがとうぅ、おうさまぁ。そのきもちでじゅうぶんですわぁ。わたくしぃ、すぐにでもぉ、あなただけのためにぃ、わかがえりたいきもちをぉ、それでおさえられますぅ。どんちょうなぞうどもがぁ、のろのろぉのろのろぉはこんでくるそのみずをぉ、あとしばらくはまてるきがいたしますぅ」

 「ほんとうかい、わがマドンナ」

 「ええぇん、おうさまぁん」

 ふたりはみつめあいました。

 「ばからし」

 あたしは、あいそがつきて、つぎのとりかごへとむかいました。それにきづいたきふじんは、あわててあたしのあとをおいます。

 「それではぁん、アデュー、オルヴォワール、アオフヴィーダーゼーエン、ごきげんよう、おうさまぁぁぁん」

 「もういってしまうのかい」

 おうさまは、なんとかひきとめようとしました。わがままほうだいだったはずのおうさまを、ここまでてなずけているのは、たいしたものだとはおもいました。

 「ええ、しかたありませんのぉ」

 「どうしてだい」

 「あたくしぃ、はずかしいのですぅ」

 「なにが」

 「このようにぃ、としをとってしまうじぶんがぁ。まだわかがえらないわたしをぉ、あなたのめにさらすことがぁ」

 「いや、そのようなことは」

 「あるのぇです」

 かってにきめつける、きふじんでした。

 「あなたにだけはぁ、さいこうのぉわたしをぉいつもぉみてほしいのですぅ」

 「おお、おお、おお、わがマドンナよ」

 おうさまは、すっかりかんどうして、なみだをながしてよろこびました。そして、いつまでもわかれをおしんで、てをふりつづけるのでした。

 

 「ばからし」

 あたしがいうと、

 「ほぉんと、ばぁからし」

 きふじんもおなじことをいいました。

 「あんたがいうせりふじゃないわよ」

 ってあたしいってやりたかったのですけど、もうつぎのとりかごのなかにいるひとに、がくぎづけになっていました。

 「おや、きたね、マイ・ダーリン」

 ぴかぴかのラメをぜんたいにはいしたとりかご。なかにいるのは、とりかごのぴかぴかにまったくひけをとらない、とてもとてもとーってもうつくしいせいねんでした。おうじさまや、おうさまのようなこうきなうまれではないようでしたが、そのびぼうは、だれのをもうばうにじゅうぶんなものでした。こどものあたしにだって、このせいねんが、テレビでみたことのあるどんなアイドルやはいゆうたちでも、あしもとにもおよばないほどのびぼうのもちぬしであることはあきらかでした。

 「ああ、あなたね」

 いつわりのまじょは、いまはどこかのじょゆうさんのようなすがたになっていました。

 「ぼくのしんさくえいが、みてくれたかい?」

 「ええ、みましてよ。ていうか、ねましたわ。とっても、たいくつだったから」

 じょゆうのようなまじょは、すげなくこたえました。

 「そうかい。それはしかたがないよ。ぼくいがいのはいゆうはみんなイモだったからね。それに、つけくわえれば、きゃくほんも、かんとくもイモだった」

 「そうね」

 「でも、ぼくだけはかがやいていたはずだ。ちょうぜんとして、せかいをてらすあのたいようのように。そうだろ」

 「そうね」

 なげやりなへんじでした。どうも、いつわりのまじょは、さっきからこのうつくしいだんせいにたいしては、みょうにつめたいのでした。

 「あれでしょ。こうぎょうせいせきがわるくて、しゅうえきもあがってないんでしょ」

 「だから、それはぼくのせいじゃなくて」

 「そうね」

 また、てきとうなあいづちです。

 「でも、あれだよ。つぎのぶたいには、きたいしてほしいな。なにせ、きょうえんしゃが、あのだいじょゆうなんだよ。かんとくだって、あのめいかんとくだ。そこにぼくがくわわれば、もう、それだけでめいさくのでんどういりってなもんだろ」

 「そうね」

 ほとんどきいていないかんじでした。

 「でも、このところ、ちっともあたしへのプレゼントがとどかないわよ」

 「うん、もうしわけない。いや、しかたがない」

 うつくしいせいねんは、よほどじぶんがすきなようでした。

 「きみにばらのいちまんぼんでもおくりたいところだけど、まずぼくのいしょうをしんちょうしないとね。いふくをしんちょうしたら、くつだって、ぼうしだって、しんちょうするひつようがある。くるまだって、いえだってかいかえるひつようがでてくる。そんなちょうしで、なかなかあまるものがないんだよ」

 「そうね。そうみたいね」

 じょゆうのようなよそおいの、いつわりのまじょは、かごのよこにたれているながいひもにてをかけました。

 「おいおい、じょうだんだろ」

 「いいえ、ほんきよ」

 「どうしてだい。ぼくはこんなにうつくしいっていうのに」

 「そうね」

 たしかに、それはだれにもひていできません。あたしうまれてからろくねんたつけど、こんなにうつくしいひと、みたことないですもの。でも、まじょのほうは、もうみあきたってかおをしていました。

 「でも、あなた、ちっともつかえない」

 「そんなことはない」

 うつくしすぎるはいゆうは、けんめいにひていしました。そのひっしなかんじすら、うつくしくみえるのでした。

 「おかねはたしかにあまっていない。でも、ぼくをみなよ。このびぼうを。じゅうまんねんにひとりのいつざいっていわれてるんだぜ。そんなびせいねんをこいびとにできて、きみはさいこうのしあわせものじゃないか。ね、そうだろ」

 「そうね」

 すげなくこたえて、じょゆうのようなまじょは、ひもをぐいとひきました。

 「さよなら」

 たいじゅうをかけて、おもいっきりひっぱったのです。

 「ああ、だめだ。それは、だめだ」

 さけびがあがりました。せいねんのしたのゆかが、ぱっくりとひらきました。つぎのしゅんかん、せいねんのすがたは、きえていました。いちどひらいたゆかのあなが、ぱったんととじました。

 とりかごは、からっぽになりました。

 「なあに、いまの」

 「すてたのよ。つかえないゴミを」

 「どこに?」

 「さあねえ」

 じょゆうのようなまじょは、すっとぼけました。

 「たしか、したは、うみだったとおもおうわ。サメとか、フカとかうじゃうじゃしてるかいいきなんじゃなかったかしらね。それとも、もうじゅうたちであふれたサファリだったかしら。あるいはあるいは、いまだにきょうりゅうがかっぽするこだいせかいだったかも。うん、わすれちゃったわねえ」

 「って、それ、いずれにしても」

 「ええ、そうね。たすかるみこみはゼロね」

 「まあ」

 あたしはあきれてしまいました。なんというひどいまじょでしょう。じぶんにとってりようかちがなくなってしまえば、そくざにポイというのは、どうやらほんとうのようなのでした。

 「あんなに、きれいなひとだったのに」

 「そうね」

 まじょもみとめました。

 「でも、つまらないおとこだった」

 「そうね」

 こんどは、あたしがそうこたえざるをえませんでした。

 

 そんなふうにして、あたしたちは、いくつものとりかごのまえをとおりすぎました。あるとりかごには、せかいてきにゆうめいなはつめいかがはいっていました。かごぜんたいが、おかねでつつまれていました。おかねもようのとりかごだったのです。かれは、とてもすばらしいはつめいをして、おおがねもちになったのだそうです。でも、そのはつめいひんのしょうたいをきいて、あたしは、すごくがっかりしました。だって、それはみんなのためになるはつめいじゃなくって、みんなをころすためのはつめいだったからです。

 「『ちいきげんてい、みなごろしばくだん』って、いってな」

 はつめいかはとくいげにかたりました。

 「にんげんだけじゃない、あたりにいるものは、ウィルスまでふくめてなにもかもころしてしまうのだよ。それも、していしたちいきできっちりな。げんしばくだんみたいに、ふとくていたすうをころすんじゃない。ここからここまでのはんいにいるてき、ってちゃんとげんていできるんじゃ。むだ、むら、むりのない、きわめてこうりつてきなさつりくだろ。むろん、『ちきゅうぜんたい』って、していすれば、いっぺんにこのほしをほろぼすこともできる。いっぽうで、『あのびるのなかの、あのへやにせんぷくしているテロリスト』ってげんていして、ころすことだってできるわけだ。どうだ、すごいだろうが」

 「ええ、すてきですわ」

 ぱちぱちぱちとてをたたいてみせたのは、はくいにメガネというけんきゅうしゃっぽいいでたちのいつわりのまじょでした。

 「このかたはね、あたまのわるいひとがきらいなのよ」

 そんなふうに、あたしのみみもとでそっとささやく、まじょでした。

 「おおきみか。きみはすばらしい。きみこそ、わたしのけんきゅうの、いや、わたしのさいじょうのさいのうのさいこうのりかいしゃだよ。さあ、かまわないから、もっともっとほめてくれ。それから、そこに、こぎってちょうがあるから、いつでもすきなだけつかっていいからね。そう、このへいきのとっきょのおかげで、わたしにはむじんぞうのおかねがあるんだから」

 「ありがとう、せんせい。せんせいにくらべたら、エジソンも、アインシュタインもまるでプランクトンみたいなものですわ」

 「うん、うん、いいねいいね、それからそれから」

 「わたくし、せんせいに、ノーベルしょうがおくられないのは、どうしてもげせませんわ。こんなにじんるいのためになるおどうぐなのに。しんさいんが、せんせいのさいのうにしっとしているとしかおもえませんわ」

 「うん、おそらくそのとおりだろうな」

 「で、せんせい、いつになりますの」

 ? ってかんじで、せんせいのめがきょとんってなった。

 「なんのことかな?」

 「いやですわ、せんせい、おわすれになりましたの」

 ちてきなびじょをえんじるいつわりのまじょが、ちょっとタカビーなかんじでいいました。

 「わすれるだと? このわたしがわすれたりするものか? わたしのずのうはな」

 「でしょう。ですわよね。じゃあ、とうぜんおぼえておいでですわね。あのくすりを」

 「ああ、ああ、もちろんだとも」

 はかせは、やっとおもいだしたようでした。

 「あれだろ。ひとをみにくくするくすりだ」

 「そうですとも。みもこころも、くさったどうしようもないにんげんにかえてしまうくすりですわ」

 「できるとも、できるとも、じきだ。もうじきだよ。だって、わたしは」

 「しじょうさいこうのかがくしゃ、ですものね」

 「ですものさ」

 すっかり、おだてられ、のせられ、そしてあやつられているはかせなのでした。

 「どういうつもり?」

 つぎのかごにいどうしながら、あたしはまじょにといかけました。

 「そんなくすり、なんにつかうつもりなの?」

 「すいどうすいにまぜるのよ」

 あたりまえでしょ、というかんじで、まじょはこたえました。

 「なんのためによ」

 「なんのためって、そんなのわかるでしょ。みんながみにくくなれば、うつくしいのはわたしだけになる、それだけのことよ」

 まあ、なんてことでしょう。

 「あんたのこころが、いちばんみにくいわよ」

 あたし、こころのなかでおもいっきりどくづいてやりました。

 

 ほかのとりかごには、きんメダルをほしのかずほどかくとくしたスポーツせんしゅとか、かみさまよりもかねもちとうわさされるビジネスリーダーとか、あくめいたかいせいじかとか、うぬぼれのつよいげいじゅつかなどがいました。そのたびに、まじょは、スポーツけいじょしになったり、ビジネスウーマンになったり、せいじかひしょになったり、げいじゅつさくひんのブローカーになったりして、みごとにそのおろかものたちをあやつってみせてくれました。にんげんがいかにかんたんにあやつれるかを、まのあたりにして、あたしはちょっとばかりショックでした。

(第17回 了)

 

* 『ゆめのかよひじ』は毎月03日に更新されます。

 

 

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■ 遠藤徹さんの本 ■

贄の王 姉飼 角川ホラー文庫

 

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■