金魚屋プレスより刊行予定の鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』を先行アップします。なお本書は近代文学批評『日本近代文学の言語像』三部作の中の一冊で、『日本近代文学の言語像Ⅰ 正岡子規論-日本文学の基層』、『日本近代文学の言語像Ⅲ 森鷗外論-日本文学の原像』といっしょに三冊同時刊行されます。(文・石川良策)

by 鶴山裕司

 

 

 

Ⅳ 写生文小説-『吾輩は猫である』(下編)

 

 

 『猫』で登場人物の言動や思想が相対化されていることは、この作品ではそれらを等価に描き出すのが目的だったことを示している。比喩的に言えば『猫』の主題は写生文小説の文体を確立することにある。

 

 

 【表1】は『猫』の主要登場人物を章別に分類したものである。『猫』の主要登場人物は美学者迷亭、理学者水島寒月、寒月の友人越智東風、哲学者(儒学者)八木独仙、苦沙弥の元書生の多々良三平の五人である。どの章でも共通しているのは、苦沙弥が銭湯に出かける第七章を除いて、苦沙弥の座敷に友人たちの誰かが現れることである。そして最終第十一章で主要登場人物全員が座敷に勢揃いする。苦沙弥、迷亭、寒月、東風、独仙、三平が揃わなければ『猫』は物語を終えることができない。これは写生文小説の要請である。

 

 

 【図3】は「『猫』の文体構造」を図化したものである。猫の存在格は世界よりも縮退している。猫は傍観者であり非情な観察者として世界の背後に存在格を縮退させて、現実のある場面を切り取るように言語化してゆく。吾輩は「名前はまだ無い」のではなく、正確に言えば名前があってはならない無名(アノニマス)な存在である。

 ただ写生文は基本的に現在形で目の前の現実を描写する(切り取る)文体であり、特定の時間と場所しか描写できないという制約がある。映画で言えばワンシーン・ワンカットの連続だ。猫が移動するか、猫のいる場所に入れ替わり立ち替わり違う人物たちが登場しない限り、小説の場面は変化しない。

 つまり写生文は客観描写によって世界の多様性を的確に表現できる文体だが、それは特定の時空間に限定された世界の断片でもある。そのため各章で描かれた世界の断片は、いずれ統合されて世界全体を構成しなければならない。それが最終章における主要登場人物の集合である。最終章ではそれまで部分として描かれていた世界の諸相が総合的に描写される。ただそこでなんらかの思想的帰結が表現されているわけではない。

 漱石は最終第十一章について、「彼等の()ふ所は皆真理に(そろ)(しか)(ただ)一面の真理に候。決して作者の人生観の全部に無之故(これなきゆえ)其辺(そのへん)御了知被下度候(ごりようちくだされたくそろ)。(中略)もし小生の個性論を論文としてかけば反対の方面と双方の働きかける所を議論(いた)(たし)存候(ぞんじそろ)」(畔柳芥舟(くろやなぎかいしゆう)宛書簡 明治三十九年[一九〇六年]八月七日)と書き送っている。

 漱石の言葉通り、第十一章で勢揃いした五人の主要登場人物たちは恋愛や美学について議論し、互いの思想を打ち消し合う。登場人物たちの存在格はその思想も含めて等価だ。猫は負の主人公であり人間では苦沙弥が中心人物だと言えるが、『猫』には特定の主人公は存在しない。登場人物全員が形作る世界そのものが『猫』の主人公である。

 漱石が処女作で、すべての思想を相対化する写生文の文体を援用したのは、漱石文学の本質的特徴の表れである。多くの読者が感じるように漱石文学には愛や自我意識を巡る思想がある。しかし漱石はそれらが多面的であることを知っていた。作品は短篇であろうと長篇であろうと一個の小さな器であり、特定のベクトルからしか思想を表現できない。思想の多面性を明らかにするためには文体を変える必要がある。その意味で漱石は思想的作家であると同時に文体の作家である。

 『猫』で確立した写生文の文体で漱石は小説を量産してゆくことになる。しかしその限界が露わになると文体を変える。そこには様々な方法(文体)を駆使して世界の多面性を総合的に表現するのだという、漱石の一貫した姿勢がある。ある文体を得ることで多面的な愛や自我意識といった思想を的確に表現できるのであって、その逆ではないからである。この漱石が追い求めた文体は〝世界認識構造〟だと言うことができる。そしてこの文体=世界認識構造こそが、文学にとって最重要の思想である。

 

 御存知の(ごと)く僕は卒業してから田舎へ行つて仕舞(しま)つた。(中略)当時僕をして東京を去らしめた理由のうちに下の事がある。――世の中は下等である。人を馬鹿にして()る。(中略)こんな所には()りたくない。だから田舎へ行つてもつと美しく生活しやう――(これ)が大なる目的であつた。(しか)るに田舎に行つて()れば東京同様(・ ・)の不愉快な事を同程度に(おい)て受ける。(中略)英国から帰つて余は君等の好意によつて東京に地位を得た。地位を得てから今日に至つて余の家庭に()ける(その)他に於ける歴史は(もつと)も不愉快な歴史である。十余年前の余であるならばとくに田舎へ行つて()る。(中略)然し(中略)僕は洋行から帰る時船中で一人心に誓つた。どんな事があらうとも十年前の事実は繰り返すまい。今迄は(おのれ)如何(いか)に偉大なるかを試す機会がなかつた。己を信頼した事が一度もなかつた。朋友の同情とか目上の御情(おなさけ)とか、近所近辺の好意とかを頼りにして生活しやうとのみ生活してゐた。是からはそんなものは決してあてにしない。妻子や、親族すらもあてにしない。余は余一人で行く所迄行つて、行き()いた所で(たお)れるのである。それでなくては真に生活の意味が分らない。手応がない。何だか生き[て]居るのか死んでゐるのか要領を得ない。余の生活は天より授けられたもので、其生活の意義を切実に(あじわ)はんでは勿体ない。

(狩野亨吉宛書簡 明治三十九年[一九〇六年]十月二十三日)

 

 『猫』を書くまでの漱石の人生は異和と遅延の連続だった。漱石は東京から松山、熊本、ロンドンへと赴任したが、どの土地も自分の居場所ではないという異和感を覚え続けていた。学問では漢学も英文学も極められなかったという思いに苛まれた。漢詩、俳句、新体詩といった創作に手を染めたがいずれも中途半端だった。しかし遊び半分で書いた『猫』が漱石を変えた。漱石は『猫』を書いたことで初めて「余は余一人で行く所迄行つて、行き()いた所で(たお)れる」のだと断言できるようになったのである。

 明治の第一世代の文学者たちの最大関心事は、日本文学はどうすればヨーロッパ文学を受容できるのかという点にあった。漱石は『猫』を書くことで、従来の日本文学を基盤としながら、ヨーロッパ文学と同等の表現を得ることができる可能性に気付いた。正確に言えば、『猫』を書き続けるうちにその可能性を見出した。

 同時代の文学者の誰もが認識していたように、強固な自我意識を持った登場人物たちが激しく交わり合うヨーロッパ的小説を書くためには、何らかの形で作品世界とは異なる位相に作家主体を置く必要があった。しかし江戸的な因果応報や勧善懲悪の循環的な世界観に慣れた当時の日本人にはそれが難しかった。作家主体が作品世界と同じ審級にあったからである。

 漱石は作家主体の位相の問題を、作品世界から語り手の自我意識を縮退させる写生理論で解決しようとした。それはヨーロッパ文学の摸倣ではない子規-漱石独自の方法論であり、画期的なものだった。技術的に言えば写生理論は恐ろしく単純で稚拙なものである。しかし漱石は写生理論を自らの文学的ヴィジョンを実現するための突破口としたのである。

 

 もうよさう。勝手にするがい()。がりがりはこれ限り御免蒙(ごめんこうむ)るよと、前足も、後ろ足も、頭も尾も自然の力に任せて抵抗しない事にした。

 次第に楽になつてくる。苦しいのだか難有(ありがた)いのだか見当がつかない。水の中に()るのだか、座敷の上に居るのだか判然しない。どこにどうして()ても差支(さしつかえ)はない。(ただ)楽である。否楽そのものすらも感じ得ない。日月を切り落し、天地を粉韲(ふんせい)して不可思議の太平に入る。吾輩は死ぬ。死んで(この)太平を得る。太平は死な()ければ得られぬ。南無阿弥陀仏、々々々々々々、難有い々々々。

(『吾輩は猫である』「十一」明治三十九年[一九〇六年]八月)

 

 『猫』の最後で吾輩はビールを舐めて酔っ払い、誤って水甕に落ちて溺死する。内容的にまとまりを欠いていても語り手の猫を殺してしまえば『猫』という小説は完結する。しかし猫はほんとうに死んだのだろうか。死の瞬間まで語り続けるこのおしゃべりな猫を殺すことなどできるのだろうか。

 

 

 【図4】からわかるように子規-漱石の写生文の文体構造はヨーロッパ文学のそれと逆である。ヨーロッパ文学では作家主体を神の審級に近い位相に置いている。これに対して写生文では世界から作家主体を縮退させている。どちらの文体でも世界を総体的に認識把握することができる。しかしヨーロッパ文学と子規-漱石の写生文には決定的な違いもある。

 神の存在格は特権的であり、世界を統御する全能の意志として作家主体を消し去る(読者に作家主体をほとんど意識させない)ことができる。神が世界を造ったのであり、神は人間世界とは異なる審級にいるからである。しかし写生文の作家主体は基本的に現実世界に属しており、いくら縮退させても消えることはない。漱石は後に現実世界で縮退した作家主体の心理を「非人情」(『草枕』)と呼ぶが、写生文ではそれが限界なのである。

 漱石はおおむね『虞美人草』まで写生文の文体を使って小説を書き、それ以降は違う文体で試行錯誤を繰り返していった。比喩的に言えばそれは、〝猫を完全に消し去るための闘い〟だったとも言えるのである。

鶴山裕司

 

 

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* 『夏目漱石論-現代文学の創出』(日本近代文学の言語像Ⅱ)は毎月15日と月末に掲載されます。

 

 

 

 

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