「僕が泣くのは痛みのためでなく / たった一人で生まれたため / 今まさに  その意味を理解したため」

「僕」は観念として世界に対峙する。孤独から滲む透明な抒情──。「僕」とは切り取られた世界そのものでもある。画像によって喚起されたペルソナ手法による、小原眞紀子の連作詩篇。 

by 小原眞紀子

 

 

 

 

 

日は落ちる

いつもかならず

心は鎮まる

しずむことなく

同じところにとどまっている

夜がくれば

慕わしさはつのる

日々がうしなわれるからでも

一日がおわるからでもなく

路地の軒先にひとつずつ

影がさがるから

灯がまねくから

僕は歩きまわる

店にはいれば

白い光に満ちて

ここじゃない

ここでもない

いわゆるハシゴをする

もう一度

同じ場所を見つけたくて

つのる想いの行先を

壁に貼ってある

募集中

をためつすがめつ眺め

息をついて

帰途につく

暗いだけの夜道を

また明日

日を暮らすために

 

 

 

 

昔という日々はなく

僕はいつでも今、生きている

生まれる前はなおのこと

昔という日々はなく

その頃、生きていなかった

今、生きてなくても

だから気にはしない

昔、生きてたことなんか

また生きはじめる

何かがそのうちに

川に魚がもどったという

魚は今までいなかったのだと

でも僕は見た

小さい時分にも

それはもどってから見たのだ、とか

それはいなくなる前の光景だ、とか

僕にはどうでもいい

僕は今、生きている

小さい時分にも

息をして

ただ生きている

魚をすくう手をとめ

空を見上げたら

昔、公害と呼ばれた

粉々の言葉が覆っていたか

僕にはわからない

ピンクの塵を散らせた

その風は

今もどこから吹いてくるのか

 

 

 

 

旅はつづいて

   つづられる

日本語で

海岸線をたどり

岬に句点を打つ

   先人の句碑にはふれず

じぐざくに丘を登る

あ行の地名を覚えこみ

か行の地名を書きつけて

早蕨さしづめ関守に

問われてついと立ちどまり

名をなんと呼びぬねの浜に

夜郎を切ってすてるなら

わんと犬吠え猫は寝る

ぐるぐる迷う道行に

草冠が落ちている

ばったり出逢う人偏が

向こうの島を指さして

あれが臍だとうす笑い

なら参らんと舟でゆく

ゆらりゆれて

ふらりおりたつ

この日の本のいづこにも

あまねくふる陽を浴びながら

旅はつづいて

   つづられる

紅い読点、海うかぶ

あらゆる旅が行き着く場所へ

(日本語)をくぐって

写真 星隆弘

 

 

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* 連作詩篇『ここから月まで』は毎月05日に更新されます。

 

 

 

 

■ 小原眞紀子さんの本 ■

水の領分 メアリアンとマックイン

 

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■ 予測できない天災に備えておきませうね ■