高嶋秋穂さんの詩誌時評『歌誌』『No.035 馬場あき子×俵万智「新春対談 百人一首のおもしろさ」(「角川短歌」 2017年01月号)』をアップしましたぁ。馬場さんは『「首」には「申し上げる」という意味がある』とおっしゃっています。この直観は正しいでしょうね。高嶋さんも書いておられますが、馬場さんは一度も大学で研究したことも教鞭をとったこともない。しかし古典文学の碩学です。そして歌壇の中心歌人でもある。歌壇は恵まれていると思います。

 

俵さんは百人一首に恋の歌が多いと指摘した上で、『本当は卑しい名誉欲だとか、何かいいものがこっち来ないかというのを待ち焦がれている気持ちも、恋だからということで言えちゃいますよね』とおっしゃっています。高嶋さんは『俵さんの代表歌は恋歌です。その遠い源は百人一首にあるでしょうね。俵さんの恋歌が誰に向けて発せられたのかを気にする人はいません。それは一種のダルマ歌のように完結している』と論じておられます。

 

作家は当たり前ですが自分の作品を評価されたい、もっと言えば作品で有名になりたいという欲望(野望)を抱いているはずです。ただそのいわゆる〝出世〟の構造が変化し始めていることを意識しなければなりません。歌壇・俳壇・詩壇・文壇が強いヒエラルキーを維持していた間は、一種のサラリーマンのように努力することで出世できた。組織の一員として一所懸命働けば、少なくとも組織内で一定の地位を与えられた。今もそういう面はありますが、一般読者の支持を得られるかどうかが現代では最も重要になりつつあります。

 

芥川賞を受賞しても食えない。それが今の文学界を象徴しているでしょうね。壇の〝内側〟ばかりに視線を注いでいたのではダメなのです。世界はどう変わっていて、それに応じて読者は何を求めているのかを把握して、短歌や俳句や詩や小説でそれを表現しなければなりません。つまり昔ほど〝壇の内部での評価〟は信頼できない。むしろ新しい作品の衝撃が既存のルールに沿った壇の評価基準を変えてゆく可能性がある。今の状況は先が見通しにくく大変ですが、作家にとってはチャンスに溢れた時代でもあります。

 

 

高嶋秋穂 詩誌時評『歌誌』『No.036 馬場あき子×俵万智「新春対談 百人一首のおもしろさ」(角川短歌 2017年01月号)』 ■

 

 

第05金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項

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