池田浩さんの文芸誌時評『No.024 三田文学 2017年春季号』をアップしましたぁ。池田さんは『文字は読むためにあると思うが、書くために書かれる文字もあるのだろう。「現代詩」と呼ばれていたある時期の詩作品、同様のことが「純文学」作品にも起こり、最近顕著なのは「文芸評論」がおよそ読まれるためのものではなく、ほとんど書くこと自体を目的とする「現代詩作品」化している』と書いておられますが、石川も同感です。小説も評論も、まず読者を獲得しなければ何も始まらない。文学業界はただでさえエゴイストと言わざるを得ない作家たちの集団です。外部の視線が届かなくなれば実に愚劣なことが起こる。

 

んでちょい前に触れた三田文學さんの騒動ですが、三田文學HPに掲載された吉増剛造さんの文章がよくわかんない。整理しておくと、三田文學は「発行所」、「発行人」、「編集人」という構造です。発行所はいわば株主、発行人は社長、編集人は編集長という位置付けです。具体名で言うと、2017年冬号まで発行所・三田文學会、発行人・吉増剛造、編集人・福田拓也さんで刊行されていました。2017年春号から編集人が関根謙さんに交代になりました。俗に言うと福田さんの首が飛んだわけですが、その経緯がちょいと問題のようです。

 

発端は三田文學会と編集長の福田さんとの間で意見の相違が生じたことにあるらしい。この場合仲裁に入るのは発行人の吉増さん以外にいませんが、どーも腰が据わっていない。三田文學HP掲載の吉増さんの『『三田文学』編集長交代の経緯について』を読むと、前編集長の福田さんに感謝しながら彼の言動に問題があったと指摘し、新編集長の関根さんの活躍に期待しているとあります。これでは問題がこじれるわなぁ。

 

三田文學会と福田さんの間で問題が生じた場合には、吉増さんが火消しに走るのが当たり前。基本、編集長を守る役回りです。どうしても編集長解任となれば、吉増さんが福田さんを解任することになる。実際解任手続きはそうなっていますが、吉増さんの文章のニュアンスは、問題は三田文學会と福田さんの間で生じたのであって、僕知らないよ的なものなんだなぁ。

 

また吉増さんは『編集長交代の経緯について』で『三田文学会と新編集体制に対して前編集長がツイッターなどを通して非難の記事を拡散しており』と書いておられますが、福田さんの当該ツイッターを読むと、新体制になってから福田さんが行った著者への原稿依頼を取り下げた等の出来事があったようです。本当だとすればこれも問題。内部体制が変化しても掲載が決まっている原稿や、既に依頼を出してる原稿を引き継ぐのは当然です。

 

もそっと余計なことを書くと、株主格の三田文學会は、吉増さんという詩人に社会的事務処理能力がないことを知っていて発行人に任命したはずです。石川だって知ってるんだから(爆)。要するにお飾り扱いだったはずです。一方のトラブル当事者である三田文學会が、こういう時だけ『あんた社長でしょ』と吉増さんに詰め腹を切らせるのは酷だな。以前は長く江藤淳さんが三田文學の社長格で、彼は実質的に編集長を更迭したことがあります。ただ編集長と話し合い、最後は握手して別れたと聞きました。

 

慶應大学ではちょい前に、塾長選で得票トップが落選し次点の方が塾長になったことがニュースになりましたね。アメリカではトランプ大統領がFBI長官を更迭するし。最近はルール無用でエゴを押し通すのが流行のようです。社員の時は目一杯社員の権利を主張し、社長になれば社員をこき使い、株主になれば現場が困っても配当の増額を求めるという感じかな。ただそれじゃあうまく世の中回らない。三田文學、歴史ある雑誌です。余計なお世話ですが、くっだらない権力争いと思われないように、ちゃんと話し合った方がいいですよ。

 

 

池田浩 文芸誌時評 『No.023 三田文学 2017冬季号』 ■

 

 

第05金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項

第0回 金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項です。詳細は以下のイラストをクリックしてご確認ください。

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■